Special Feature
計画業務をモダンに進化する「IBP」アプローチとその実践
2021/06/10 09:00
週刊BCN 2021年06月07日vol.1877掲載

「2025年の崖」という問題意識からERPのモダナイゼーションに取り組んでいる企業にとって、見過ごせないのが計画業務のデジタル化である。予算編成に代表される財務計画から在庫水準の最適化のための生産計画に至るまで、ほとんどの企業の計画業務はExcelとメールに依存している。これでは、ビジネス環境の変化に応じて計画を臨機応変に見直したくてもできない。どうすればこの課題を解決できるのか。コロナ禍で不確実性が増大する中、どんな支援が求められているのか。プランニングツールを提供する主要3社に聞いた。
(取材・文/冨永裕子 編集/日高 彰)
S&OPからIBPへの発展
経済環境の不確実性が高い状況下では、期初に立てた年間経営計画の着地点を見通すことは難しい。世界がコロナ禍に見舞われた後はなおさらだ。ビジネス環境の変化の兆候を迅速にとらえ、リスクを最小に抑えつつ、売り上げや利益、キャッシュフローを最大化する計画プロセスの確立が重要性を増している。
通常、日本の上場会社は決算発表時に「次期の業績予想」を開示するが、発表済みの数値を修正する必要が生じた場合は、次の発表を待たず、即時に開示しなくてはならない。5月は3月期決算の企業の本決算の発表がピークを迎える。2020年のこの時期は、ちょうど最初の緊急事態宣言下にあったため、大混乱が発生した。この業績予想を正確かつ迅速に開示できるようにする仕組みとして注目を集めるのが、「IBP(Integrated Business Planning:統合ビジネス計画)」ソリューションである。
IBPは、会計、人事、マーケティング、営業、調達、生産、物流など、組織のあらゆる業務機能が連携し、信頼性の高い一つのデータソースを参照しながら、組織リーダーの継続的な意思決定と対策の実行を支援するアプローチである。このIBPのルーツは、需要と生産のバランス調整のための「S&OP(Sales and Operations Planning)」にさかのぼる。
SCMが数量ベースで在庫の最適化と納期の順守でオペレーションの最適化を行うのに対し、S&OPは数量ベースの供給計画と金額ベースの財務計画の整合性を保ちつつ、事業計画の達成を目指すアプローチとして1980年代に登場した。この考え方を基に、現代の企業が求めるものに発展させたものがIBPである。
今のIBPには、S&OPに欠けていた、戦略との整合性や「ヒト」というリソースの最適化の視点が加わっている。エンタープライズソリューションとしてのIBPは、財務計画や業績予想のためのEPM(Enterprise Performance Management)、部門を越えたデータを可視化するBI、シミュレーション機能を融合したものに進化した。
予算編成を出発点に
スケールアウトする
IBPのゴールは全社の計画業務を統合することであるが、導入の入り口となりやすいのが予算編成業務である。これはどんな企業でも行う計画業務であり、上場会社であれば定期的な報告も必要になるためとみられる。特に、その担当者は数値の収集と調整の負担の大きさに悩まされてきた。日本企業の典型的な予算編成プロセスは、簡単に言えば次のようなものだ。
・経営企画部がExcelで入力フォーマットを作り、各部門への入力をメールで依頼する。
・送り返してもらったものを経営企画部で集計する。
・戦略に則して、営業、生産、人事などの関係部門と数値の調整を繰り返し、最終化する。
複数の事業を展開し、海外を含めて事業拠点の多い大企業ほど、このプロセスは複雑性を増す。可能であれば、事業リスクに備えて複数のシナリオに即した計画を作っておきたいところだが、その余力がない場合がほとんどだ。コロナ禍で業績予想を修正する必要が生じてもすぐに開示できないのは、それができないプロセスに問題があるためだ。
IBPの採用が進んでいるのは、計画担当者の悩みを解決するソリューションとして期待されているためであるが、2010年代に進歩したクラウドテクノロジーの貢献も大きい。オンプレミス環境では自部門のサーバーの中にあるデータを他の部門が見ることはできず、部門同士の連携が難しい。 しかし、クラウドであればリアルタイムに同じ数値を見ながらコラボレーティブな意思決定ができる。IBPはどのように企業の意思決定の質を向上させ、ビジネス計画の達成に貢献できるのか。SaaSとしてソリューションを提供するリーディングベンダーのAnaplan、日本オラクル、ワークデイのビジネス戦略を取り上げ、今後の企業支援の方向性を探る。
Anaplan 各部門が連携する「コネクテッドプランニング」
統合プラットフォームで実現する計画の連動
2006年に英国で創業したAnaplanは、計画業務のためのプラットフォームをSaaSで提供している。Anaplanジャパンの中田淳社長が「Anaplanはプラットフォーム」と強調するのは、競合他社のように会計や人事、サプライチェーンのためのアプリケーション製品を提供しておらず、単一のプラットフォームで統合的に計画業務を支援する製品を提供しているためだ。
同社が提唱するビジョンは「コネクテッドプランニング」というものだ。具体的には、クラウド上に計画に関するあらゆるデータを集約し、各部門の計画同士を連携させながら、関係者全員に意思決定の材料を提供する。見方を変えると、各部門のERPを始めとする基幹業務を統合するプラットフォームを提供しているとも言えるだろう。
そもそもERPはトランザクションを記録するために用いるものであり、システム要件では堅牢性が重視される。「実行系」を担うERPに対して、柔軟性を必要とするのが計画業務である。計画業務では、週末の商品在庫はいくつになるか。来年度に何人を採用するか。年度末の売上はどのぐらいになるかといった、将来の仮定の数値のように曖昧なデータを扱う必要があるが、ERPはそのような設計にはなっていない。
そのため、ERPとは別に計画系のシステムを持つ必要がある。Anaplanが掲げる「コネクテッドプランニング」というビジョンは、計画にかかわるデータをクラウド上で一元管理する。中田社長は「計画というプロセスは、関係する人たちの意思を集めて調整する『人間系のプロセス』。あらゆる人の思いを網羅しなければならない」と訴える。

このビジョンを実現するためにAnaplanが提供する製品は、創業者のマイケル・ゴールド氏が当時の最先端テクノロジー「クラウド」「64ビット」「インメモリ」を使ってゼロから開発したものである。その根幹を支えるのは、Hyperblock Technologyと呼ばれる特許取得済みの技術だ。計画とは、一度作ったら終わりではない。期初に立てた目標が順調に達成できるか、定期的なモニタリングを伴うプロセスである。
Hyperblock Technologyは、ブレビルドした多次元の分析軸を提供する「計算エンジン」、リアルタイムでのデータ集約や計算を実現する「インメモリデータストア」、計算式やセルの情報を含めた計画モデル全体をトラッキングする「Hyperblockコネクター」を備えている。誰かがどこかの数値を変えると、即座に関連するセルの数値を再計算してくれるなど、計画としての一貫性を維持した検証が可能だという。「多次元データベースの特徴を持ちながらも、Excel的な使い方ができる特別なデータベース」と中田社長は解説した。
計画遂行で重要なコラボレーション
クラウドを採用したことで、部門間コラボレーションを促進する効果も生まれた。オンプレミス時代には、せっかくの計画が部門サーバーの中で閉じてしまい、共有できないという問題に直面した企業が多い。Anaplanの場合、IT部門がデータを準備して提供せずとも、IDを発行すればすぐに状況を確認できる。かつ、同じ数値を見ながら、離れているところにいる人たちとの会話もできる。 スモールスタートで、全社的な計画にスケールアウトできることもクラウドのメリットだ。これは企業がAnaplanを導入する際のパートナーにとってもビジネス機会になる。Anaplanでは、「財務」「営業」「サプライチェーン」「人事」「IT」という機能別ソリューションを用意しているが、最も多いのは財務計画からスタートするケースだ。導入パートナーは、経理が導入したら、次は生産部門と徐々に展開範囲を拡大し、エンドツーエンドの計画プラットフォームの整備を支援できる。
「コラボレーションという言葉はどこか軽い印象を与えるが、とても大事な考え方」と中田社長は語る。計画業務をうまく運用できている企業は、日本でも海外でも組織の壁を越えたコラボレーションを実現しているという共通点があるのだという。経理、営業、製造、人事とそれぞれの部門が計画を立てた後、全部をまとめて全社計画を作る。販売計画と生産計画は連携しているはずと考えるところだが、実態はそうなっていない。
自分たちが思っていることを数値にして見せ、相手の思いも数値から読み解きながら、リアルタイムにより良い計画に練り上げる。これが目指すべき姿だとすると、現状は「とりまとめという実を伴わない作業」に疲弊し、意思決定と対策を考える時間を捻出することができていない。優秀な人材の頭脳活用という観点で見ると、非常にもったいないことだ。どの企業にとっても、部門計画の統合と同時に、関係部門同士がコラボレーションできる環境を整備することが必要になる。
パートナーも募集中だ。計画プロセスの整備ではグローバルコンサルティングファームの役割が大きいが、製品導入に特化したパートナーが途中からプロジェクトに加わり、成果を出す例も出てきたという。今後も、パートナーと共に企業の計画プロセス全般の継続的な改善を支援していく計画だ。

「2025年の崖」という問題意識からERPのモダナイゼーションに取り組んでいる企業にとって、見過ごせないのが計画業務のデジタル化である。予算編成に代表される財務計画から在庫水準の最適化のための生産計画に至るまで、ほとんどの企業の計画業務はExcelとメールに依存している。これでは、ビジネス環境の変化に応じて計画を臨機応変に見直したくてもできない。どうすればこの課題を解決できるのか。コロナ禍で不確実性が増大する中、どんな支援が求められているのか。プランニングツールを提供する主要3社に聞いた。
(取材・文/冨永裕子 編集/日高 彰)
S&OPからIBPへの発展
経済環境の不確実性が高い状況下では、期初に立てた年間経営計画の着地点を見通すことは難しい。世界がコロナ禍に見舞われた後はなおさらだ。ビジネス環境の変化の兆候を迅速にとらえ、リスクを最小に抑えつつ、売り上げや利益、キャッシュフローを最大化する計画プロセスの確立が重要性を増している。
通常、日本の上場会社は決算発表時に「次期の業績予想」を開示するが、発表済みの数値を修正する必要が生じた場合は、次の発表を待たず、即時に開示しなくてはならない。5月は3月期決算の企業の本決算の発表がピークを迎える。2020年のこの時期は、ちょうど最初の緊急事態宣言下にあったため、大混乱が発生した。この業績予想を正確かつ迅速に開示できるようにする仕組みとして注目を集めるのが、「IBP(Integrated Business Planning:統合ビジネス計画)」ソリューションである。
IBPは、会計、人事、マーケティング、営業、調達、生産、物流など、組織のあらゆる業務機能が連携し、信頼性の高い一つのデータソースを参照しながら、組織リーダーの継続的な意思決定と対策の実行を支援するアプローチである。このIBPのルーツは、需要と生産のバランス調整のための「S&OP(Sales and Operations Planning)」にさかのぼる。
SCMが数量ベースで在庫の最適化と納期の順守でオペレーションの最適化を行うのに対し、S&OPは数量ベースの供給計画と金額ベースの財務計画の整合性を保ちつつ、事業計画の達成を目指すアプローチとして1980年代に登場した。この考え方を基に、現代の企業が求めるものに発展させたものがIBPである。
今のIBPには、S&OPに欠けていた、戦略との整合性や「ヒト」というリソースの最適化の視点が加わっている。エンタープライズソリューションとしてのIBPは、財務計画や業績予想のためのEPM(Enterprise Performance Management)、部門を越えたデータを可視化するBI、シミュレーション機能を融合したものに進化した。
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