Special Feature
クラウドファースト時代のハードウェアビジネス(上) 大手メーカーの“ハイブリッド”戦略
2021/06/17 09:00
週刊BCN 2021年06月14日vol.1878掲載

新型コロナ禍はパブリッククラウドのニーズを従来以上に急拡大させた。サーバーをはじめとするハードウェアベンダーのビジネスに逆風となり得る市場環境だが、これに立ち向かううえで鍵となるのが、クラウドとオンプレミスをシームレスに使えるハイブリッドクラウド環境の実現だろう。大手サーバーベンダーはITインフラの今後をどのようにとらえ、どんな生き残り策を描くのか。各社の戦略を2号にわたって追う。
(取材・文/谷川耕一 編集/本多和幸・日高 彰)
時間や場所に縛られないニューノーマルな働き方が求められており、それに対応するために企業はよりいっそうパブリッククラウドの利用を加速している。対して、オンプレミスのハードウェアビジネスの環境は厳しさを増している。IDC Japanが今年3月に発表した調査結果によれば、2020年の国内サーバー市場は金額ベースで前年比4.1%減、台数ベースで前年比13.5%減となっており、特に台数はダウントレンドが続いている。
このような市場の変化は、ハードウェアベンダーにビジネスの変革を迫っている。今後はサーバーなどの機器を販売するだけのビジネスから急ぎ脱皮し、新たに目指すこととなるのが、パブリッククラウドとオンプレミスにまたがった環境を境目なく利用できる、ハイブリッドクラウド環境の提供だろう。
ハイブリッドクラウドはクラウドとオンプレミスのいいところ取りで、理想的なITインフラ運用形態にも見える。現状でも、オンプレミスに加えてパブリッククラウドを利用しているという企業は多い。しかし、ハイブリッドクラウドという一つの柔軟なITインフラ環境を構築し、それを十分に活用しメリットを享受できている企業は少ない。オンプレミスとクラウドをシームレスに連携させ、ITリソースを柔軟に活用できるようにするのは容易ではないのだ。そのための方法としてコンテナ技術も注目されているが、ハイブリッドクラウドの本番環境でこれを使いこなしている例はさらに少ない。
一方、最近になってパブリッククラウドベンダーがハイブリッドクラウド戦略を打ち出し始めた。クラウドサービスの一部を切り出し、それを顧客のオンプレミスでも動かせるようにするものだ。パブリッククラウドベンダーにとっての中心は、自社クラウドサービスであり、ハイブリッドはそれを補完するものとして位置づけられている。
実際Amazon Web Services(AWS)は、ハイブリッドクラウドは最終的なクラウド化、つまりはAWS化のための途中の過程だとし、今後はAWSのクラウドサービスがさまざまなところで動くようにするとも言う。
ハードウェアベンダーは、オンプレミスを核とする独自のハイブリッドクラウド戦略を打ち出す必要がある。そのためにはサーバーやストレージの提供を従量課金制でクラウドのように使えるようにする、“as a Service”化が一つの鍵となるだろう。そしてこのas a Service化は、ハードウェアベンダーが継続的に顧客企業とつながりを持つこととなり、顧客との関係強化は図りやすくなる。
一方で、かつてベンダーはコストパフォーマンスの良い製品を提供すれば評価されていたが、これからはITインフラを最大限に活用し課題解決をサポートするところまで求められるようにもなるはずだ。さらに日本においては、これまで顧客の課題解決を直接担ってきたSI企業などのパートナーとの関係性も、as a Service化とともに改革する必要がある。これら変化を顧客やパートナーにいかに示せるか。それが、ハードウェアベンダーのハイブリッドクラウド戦略では重要となりそうだ。
デル・テクノロジーズ
ワークロードに合わせた“パーパスビルド”の製品を提供
エッジ to クラウドで一貫した環境を提供するデル・テクノロジーズの2022会計年度の第1四半期(21年2月~4月)業績は、営業利益が前年同期比96%増の14億ドル、非GAAP営業利益も26%増の27億ドルで、いずれも第1四半期としては過去最高を記録した。コロナ禍の厳しい経済環境にあっても、同社はビジネスを大きく伸ばしている。
直近のビジネスは順調だが、同社は今後パブリッククラウドの利用が加速すると捉えている。その一方で、コロナ禍以前から5Gネットワークなどが話題となり、エッジコンピューティングにも注目が集まっている。さらにAI技術の普及などもあり、クラウドかオンプレミスかに関わらず、どの産業でもITシステムに対する需要は拡大傾向にある。これらは、デル・テクノロジーズのビジネスには追い風となる。
この追い風の中ではパブリックかオンプレミスかの二択ではなく「どこでアプリケーションを動かすことがビジネスにとって最適か、その選択肢を示すことが重要だ」と言うのは、デル・テクノロジーズ日本法人でシステムズ エンジニアリング統括本部長を務める飯塚力哉・常務執行役員だ。柔軟な選択を可能にするには、パブリックでもオンプレミスでも、さらにはエッジであっても一貫性ある運用と開発環境を提供できることが重要だ。「それに対応するITインフラを提供できれば、デル・テクノロジーズのビジネスは減少しないでしょう」と言う。一貫した運用と開発を実現する取り組みの一つとしては、VMware Cloudの提供にも注力している。
とはいえ、顧客がパブリッククラウドを選べば、デル・テクノロジーズからは製品を買わなくなるように見える。これに対して、クラウドベンダーが同社の製品を採用すれば、間接的にデル・テクノロジーズの製品が利用されビジネスが拡大すると言うのは、同社製品本部長でデータセンターコンピュート&ソリューションズ事業を統括する上原宏・執行役員だ。ユーザー企業だけでなくクラウドベンダーも選びたくなる製品を用意する必要があり、そのために多様な目的に応じた製品ラインナップを揃える。実際、エッジやAIに最適化したラインナップを拡充しており、多様化するニーズに幅広く対応する。
スケールメリットは
調達コストだけではない
「AI、機械学習の要求は、底なし沼なところがある。それに応えるために、ハードウェアベンダーには“パーパスビルド”な製品提供が求められる」と上原執行役員。自分たちが行う技術開発の延長線上ではなく、ユーザーニーズに最適化し、それに特化した製品をいち早く市場に提供する。効率化を優先し縮小傾向にあるハードウェアベンダーもいる中、デル・テクノロジーズは幅広い製品ラインナップを取り揃え、市場の要求にいち早く応える。
これが実現できるのは、デル・テクノロジーズに「数の経済効果」があるからだ。この数の経済効果は「部品を安価に調達できることよりも、研究開発に大きく投資できるところで効いてくる。研究開発に大きな投資ができるからこそ、多様なハイブリッドクラウドのニーズにも対応できる」と上原執行役員は話す。
もう一つ、顧客から選ばれるためには、顧客の課題解決のための総合的な提案が必要だ。将来的なITインフラの姿を、描き切れていない企業は多い。そのため最近は「将来に向けIT環境はどうあるべきか、それを見極めるために知見のあるベンダーからアドバイスがほしい、安い・速いだけでなくITインフラの将来像を見せてほしい、との相談が増えている」と飯塚常務は説明する。
たとえば企業は、既存のIT環境の効率化に加えリモートワークを前提とした新しい働き方を実現したい。そのための安全、安心な環境をサーバーやストレージはもちろん、PCやネットワーク、セキュリティを含めどうすれば実現できるかを示してほしいと相談されるのだという。
これに対処するには、VDIはもちろんゼロトラストなどの高レベルなセキュリティも合わせ、柔軟なハイブリッドクラウド環境が求められる。この期待にこたえるには、ハードウェアと保守サービスを組み合わせてコストを最適化するだけではなく、ハードウェアを活用した顧客の課題解決のための提案が必要となる。デル・テクノロジーズには、こういった提案を実践するコンサルティングチームがあり、既に実績もノウハウも積み上がっていると、飯塚常務は自信を見せる。
グループ企業やパートナーと
タッグを組んだ課題解決提案
デル・テクノロジーズでは、ハイブリッドクラウドは多様な環境を有機的に連携させるものと捉えている。ハイブリッドクラウドの有機的な連携を実現する方法の一つとしては、Kubernetesをベースとしたアプリケーション開発・運用基盤である、VMwareのTanzuを活用する。Tanzuを使えばパブリッククラウドからプライベートクラウド、エッジに至る環境を共通して扱えるようになる。また、オンプレミスと複数のSaaSもシームレスに統合できるようにする。これにはAPIベースで連携するBoomiのiPaaS(Integration Platform as a Service)があり、ここも同社グループの優位性の一つだ(なお、米デル・テクノロジーズは年内にBoomiを投資会社へ売却することを発表している)。
そのうえで、ハードウェア製品の利用をas a Service化する「APEX」がある。これは従来のCAPEX(設備投資)をOPEX(従量課金の経費)として利用できるようにするものだ。APEXによるITインフラのOPEX化は、国内でも関心が高まっている。

デル・テクノロジーズでは、豊富なラインアップとそれを補完するソフトウェア、さらにはAPEXの柔軟な課金形態などで、柔軟なハイブリッドクラウドを実現できる。その上で「たとえば通信に強い、あるいはエッジに強い、またAIや機械学習に強いなど、それぞれが得意な領域を持つSI企業と協業して顧客に対応する。技のあるパートナーとは大いに協力していく」と上原執行役員は話す。SI企業がハイブリッドクラウドを顧客に提案する中で、同社の製品を確実に選んでもらい、一緒に提案する枠組みに力を入れる。特に国内大手SI企業を中心に、この動きを今後はかなり加速させるとしている。
さらに「国内には、ローカルクラウドベンダーがたくさんある。彼らが提供する機能の一部としてデル・テクノロジーズの製品を活用してもらいたい」と飯塚常務は語る。例えば、非構造化データを保護する同社のソフトウェアを採用してもらい、それを彼らのサービスの一部にしてもらう。そのサービスは、オンプレミスのデル・テクノロジーズのストレージとも容易に連携してハイブリッド構成で活用できるのだ。このような新たな同社製品の活用方法を、国内クラウドベンダーと一緒に考える。また、ほかにはISVのソリューションとデル・テクノロジーズのインフラとの組み合わせも増やす。これらを実現するためのパートナーとのエコシステム拡大の活動も、既に始まっている。
RFPでもSDGsが求められる時代に
デル・テクノロジーズがもう一つ重要視するのが、地球環境に優しい製品を出すことだ。上原執行役員によると「顧客の要望としても増えており、RFP(提案依頼書)の一部にSDGsを意識した項目が加わっている」という。今後企業は、SDGsへの配慮がある製品しか購入しなくなる可能性がある。それに備えて同社ではいち早く、製品の製造から流通、廃棄に至るライフサイクルで環境負荷を軽減し、その取り組みの結果データも公開している。「SDGsを意識した製品では、従来の製品ファクターにはないものが求められる。対処するには設計段階からしっかり取り組む必要がある」と上原執行役員。これに率先して取り組んできたのは、サーバーやストレージだけでなく、極めて多くのPCも扱ってきたからだ。製品出荷数が増えれば、それだけ破棄物の量も膨大になる。そういったことを早い段階から課題と認識し、対策に取り組んできたのだ。
今後は、よりエネルギー強度やカーボンフットプリントを設計段階から考慮した製品の開発、製造を行う。これに積極的に取り組むことが、企業の将来的なITインフラ像にも大きく影響を与えるはずだ。ここに率先して取り組める企業体力があることが、デル・テクノロジーズのベンダーとしての強みの根源と言えそうだ。

新型コロナ禍はパブリッククラウドのニーズを従来以上に急拡大させた。サーバーをはじめとするハードウェアベンダーのビジネスに逆風となり得る市場環境だが、これに立ち向かううえで鍵となるのが、クラウドとオンプレミスをシームレスに使えるハイブリッドクラウド環境の実現だろう。大手サーバーベンダーはITインフラの今後をどのようにとらえ、どんな生き残り策を描くのか。各社の戦略を2号にわたって追う。
(取材・文/谷川耕一 編集/本多和幸・日高 彰)
時間や場所に縛られないニューノーマルな働き方が求められており、それに対応するために企業はよりいっそうパブリッククラウドの利用を加速している。対して、オンプレミスのハードウェアビジネスの環境は厳しさを増している。IDC Japanが今年3月に発表した調査結果によれば、2020年の国内サーバー市場は金額ベースで前年比4.1%減、台数ベースで前年比13.5%減となっており、特に台数はダウントレンドが続いている。
このような市場の変化は、ハードウェアベンダーにビジネスの変革を迫っている。今後はサーバーなどの機器を販売するだけのビジネスから急ぎ脱皮し、新たに目指すこととなるのが、パブリッククラウドとオンプレミスにまたがった環境を境目なく利用できる、ハイブリッドクラウド環境の提供だろう。
ハイブリッドクラウドはクラウドとオンプレミスのいいところ取りで、理想的なITインフラ運用形態にも見える。現状でも、オンプレミスに加えてパブリッククラウドを利用しているという企業は多い。しかし、ハイブリッドクラウドという一つの柔軟なITインフラ環境を構築し、それを十分に活用しメリットを享受できている企業は少ない。オンプレミスとクラウドをシームレスに連携させ、ITリソースを柔軟に活用できるようにするのは容易ではないのだ。そのための方法としてコンテナ技術も注目されているが、ハイブリッドクラウドの本番環境でこれを使いこなしている例はさらに少ない。
一方、最近になってパブリッククラウドベンダーがハイブリッドクラウド戦略を打ち出し始めた。クラウドサービスの一部を切り出し、それを顧客のオンプレミスでも動かせるようにするものだ。パブリッククラウドベンダーにとっての中心は、自社クラウドサービスであり、ハイブリッドはそれを補完するものとして位置づけられている。
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