Special Feature
オラクル×アームが狙うSDGs時代のニーズ エンタープライズITの新たな選択肢として定着するか
2021/08/02 09:00
週刊BCN 2021年08月02日vol.1885掲載

米オラクルが自社のIaaSに英アームの「Armアーキテクチャー」を採用した新たなコンピューティング・サービスをラインアップした。クラウドではAWSやマイクロソフトといったトップベンダーを追う立場ながらミッションクリティカル領域を中心に独自の価値をアピールするオラクルと、インテルやAMDが定着したエンタープライズIT向けのCPU市場で普及拡大を狙うアーム。両社のタッグは市場に新たな選択肢を浸透させることができるか。
(取材・文/谷川耕一 編集/本多和幸)
価格性能比に優れ汎用サーバーでも選択肢に
オラクルは5月、同社IaaS「Oracle Cloud Infrastructure」の新サービスとして、Armベースのコンピューティング・サービス「OCI Ampere A1 Compute」をリリースした。サーバー向けのArmプロセッサー「Ampere Altra」を搭載し、さまざまなワークロードに対して高いコストパフォーマンスを発揮するとしている。提供当初からArm版のMySQLやJava、GraalVMなどの主要ソフトウェアをサポートし、オラクルはArm環境での開発エコシステムを支援していくことも表明している。Ampere A1 Computeは最大で160コアのOCPU(Oracle Compute Unit:1OCPUは2vCPU相当)、1024GBのメモリ、二つの50Gbpsのネットワークという構成で、1コアあたり1時間1.2円、1GBメモリあたり1時間0.18円と安価な価格設定になっている。他社製CPUベースのIaaSに比べてその安さは際立っている。さらに、1コア1スレッドの構成でほかのユーザーとコアを共有せず、セキュリティ面でも優位性があるとオラクルは主張する。そのため、さまざまな用途で利用可能だという。
Androidベースのスマートフォン用アプリケーション開発などでの利用はもちろんのこと、多くのコア数が使えることからハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)での利用にも向くとしている。ディープラーニングの推論エンジンを提供するOnSpectaが自社技術の性能向上などを目的に利用しているほか、英国ブリストル大学HPC学部やドイツのフリードリヒ・シラー大学といった学術機関がHPC環境構築や高負荷なワークロードを処理するシステムに採用する事例も出てきている。
さらにオラクルが強調するのが、Ampere A1 Computeの汎用サーバーとしてのポテンシャルだ。インテル製やAMD製CPUベースの既存サービスと比較しても、「価格優位性を考えれば汎用サーバー用途でも十分に選択肢になる。オープンソースのWebサーバー『nginx』の性能などもかなり高い」と、日本オラクルの近藤暁太・事業戦略統括事業開発本部第二事業開発部シニアマネージャーは説明する。
性能の高さをアプリケーション開発などで生かすには、アプリケーションサーバーやデータベースなど各種ミドルウェアのサポートが欠かせない。オラクルは自社でさまざまなミドルウェアを提供しているため、それらを積極的にAmpere A1 Computeで動かせるようにしていく方針だ。加えてアプリケーションの開発、テスト環境も充実させる。「開発者がすぐに試せるように、“Always Free”で四つのA1コアと24GBのメモリの環境も提供する」(近藤シニアマネージャー)という。
さらにAmpere A1 Computeは顧客が自社データセンターでOracle Cloudのサービスを利用する「Oracle Dedicated Region Cloud@Customer」でも利用できる。これにより、ハイブリッドクラウド構成での利用も可能となる。
ただし、オラクルはインテルやAMDとの協業関係を継続しており、標準的なサーバー用途で両社のCPUをベースとしたIaaSを提案する機会が減少するかというと、そうとは言えないようだ。現状ではArmの環境では動かないアプリケーションも多いことから、価格性能比が高いからといって、Ampere A1 Computeへの移行が一気に加速するという状況にはないのだ。それでもCPUコアの数が多いことが有利に働くHPC領域では独自の価値を発揮できることから、積極的に提案することになりそうだ。
SDGsへの関心の高まりは両社の協業に追い風
アームにとっても「今回のオラクルとの協業への期待は大きい」と同社応用技術部の喜須海統雄氏は話す。エンタープライズIT領域でのオラクルの実績は大きく、今回の協業はアームが新たに力を入れるDC向け市場で存在感を高めることにつながるからだ。DC向けCPU IPの「Neoverse」(9面解説記事参照)もモバイル向けの「Cortex」も、アーキテクチャーには互換性があり、同じプログラムをエッジでもDCでも動かすことができる。IoTでエッジ、クラウドを適宜使い分ける時代になりつつあるが、こうしたニーズに合った環境を提供できることが評価されれば、市場の勢力図が変わる可能性もある。アームはモバイルやIoTのエッジデバイス用途で絶対的な存在感があるが、「低消費電力が評価されDCでも既にかなり使われており、評判もいい」と喜須海氏。コア当たりの性能が高く、多くのコアで利用でき、その上で消費電力が低いことが評価されているのだ。「現状は世界中でDC整備が拡大しており、5年で2倍に広がるとも言われている。低消費電力で高性能なArmアーキテクチャーには大きなメリットがあると自負している。DCの拡大には設置する土地の制限もある。ボード当たりのコア数で優位性があり、少ない土地でDCを設置できることにもなる」と強調する。安価で性能が高いのはユーザーにとって大きなメリットだが、それ以上に低消費電力で省スペースに貢献できることがDCを運営するサービスベンダーにとっては魅力だという。
オラクルはサスティナビリティに対する取り組みを強化しており、25年までに全世界のオペレーションを100%再生可能エネルギーで実施すると表明している。既に「Oracle Cloud」の欧州内全リージョンと、世界中の51のオフィスで100%再生可能エネルギーを利用中だ。これらの取り組みの基盤としても、低消費電力のサーバーリソースは重要だろう。さらに昨今の企業におけるSDGsへの関心の高まりもあり、今後企業が機器やサービスなどを調達する際に、持続性や環境への配慮が採用要件となる可能性は高い。企業のSDGsへの関心も、アームや同社と組むオラクルには追い風と言えよう。
オラクルとアームの協業に対して「エンドユーザーからの関心は高い」と近藤シニアマネージャーは見ている。まずはエンドユーザーの開発者からのボトムアップで普及拡大を目指す。開発者コミュニティで盛り上がりをつくり、それを起点にパートナーエコシステムの活性化に力を入れる。DC向け開発者のエコシステムづくりにはアームも力を入れており、「モバイルの組み込み向けエコシステム並みのものにしていきたい」と喜須海氏は展望する。
取材後記
今後、ユーザー企業はもちろん、SI企業などもArmベースの環境の活用にアンテナを張っておく必要がありそうだ。取引先からの条件で、より環境負荷の小さいものを選ぶべきとの要望が増える可能性がある。その際に、現状のArmベースの環境で何ができ、何ができないか、それをしっかりと把握しておく必要があるだろう。たとえばAmpere A1 Computeでは「Oracle Database」がまだサポートされていない。Oracle Databaseが必要であれば、既存の環境と組み合わせて使うことになる。アームは3月に新しい「Armv9」というアーキテクチャー仕様を10年ぶりに発表した。機械学習のための進化などを盛り込んでおり、「今後も性能面の強化を続けるが、低消費電力でコンパクトとの設計思想は変わらない」と喜須海氏は自信を見せる。今後エンタープライズIT領域で、アームの存在感は着実に高まると想像できる。今からそのための準備をすることは、決して早すぎない。
いまさら聞けないArm
多くのスマートフォンでSoC(System on a Chip:CPUやGPU、DSPや通信モデムなどを一つの基盤上にまとめたシステム)のCPUに採用されている英アームの「Armアーキテクチャー」。アームはCPUのアーキテクチャーをライセンス提供するベンダーで、それを基に各メーカーが独自CPUやSoCを開発している。昨年は米アップルがArmベースの「M1チップ」を自社の「MacBook」や「Mac mini」に搭載し、一気にその知名度を上げることになった。Armアーキテクチャーの特徴は、インテル製品などと比べるとかなり低消費電力でコアが小さいこと。そのためスマートフォンなど、小型デバイスで数多く採用されている。一方で最近のアームは、多くのワークロードを処理するのに必要な高性能化に力を入れている。

2018年にはデータセンター向けCPU IP(Intellectual Property:回路設計データ)「Arm Neoverse」を発表。既にAWSがこれを採用して「AWS Graviton」プロセッサーを開発し、「Amazon EC2 A1 インスタンス」に活用している。Neoverseは性能重視の「Vシリーズ」、スケールアウト性能に最適化された「Nシリーズ」、電力消費を最小限に抑えつつ高スループットに対応する「Eシリーズ」をラインアップしており、クラウドデータセンター(DC)からエッジ、IoTデバイスなど幅広いワークロードニーズに対応しようとしている。

米オラクルが自社のIaaSに英アームの「Armアーキテクチャー」を採用した新たなコンピューティング・サービスをラインアップした。クラウドではAWSやマイクロソフトといったトップベンダーを追う立場ながらミッションクリティカル領域を中心に独自の価値をアピールするオラクルと、インテルやAMDが定着したエンタープライズIT向けのCPU市場で普及拡大を狙うアーム。両社のタッグは市場に新たな選択肢を浸透させることができるか。
(取材・文/谷川耕一 編集/本多和幸)
価格性能比に優れ汎用サーバーでも選択肢に
オラクルは5月、同社IaaS「Oracle Cloud Infrastructure」の新サービスとして、Armベースのコンピューティング・サービス「OCI Ampere A1 Compute」をリリースした。サーバー向けのArmプロセッサー「Ampere Altra」を搭載し、さまざまなワークロードに対して高いコストパフォーマンスを発揮するとしている。提供当初からArm版のMySQLやJava、GraalVMなどの主要ソフトウェアをサポートし、オラクルはArm環境での開発エコシステムを支援していくことも表明している。Ampere A1 Computeは最大で160コアのOCPU(Oracle Compute Unit:1OCPUは2vCPU相当)、1024GBのメモリ、二つの50Gbpsのネットワークという構成で、1コアあたり1時間1.2円、1GBメモリあたり1時間0.18円と安価な価格設定になっている。他社製CPUベースのIaaSに比べてその安さは際立っている。さらに、1コア1スレッドの構成でほかのユーザーとコアを共有せず、セキュリティ面でも優位性があるとオラクルは主張する。そのため、さまざまな用途で利用可能だという。
Androidベースのスマートフォン用アプリケーション開発などでの利用はもちろんのこと、多くのコア数が使えることからハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)での利用にも向くとしている。ディープラーニングの推論エンジンを提供するOnSpectaが自社技術の性能向上などを目的に利用しているほか、英国ブリストル大学HPC学部やドイツのフリードリヒ・シラー大学といった学術機関がHPC環境構築や高負荷なワークロードを処理するシステムに採用する事例も出てきている。
さらにオラクルが強調するのが、Ampere A1 Computeの汎用サーバーとしてのポテンシャルだ。インテル製やAMD製CPUベースの既存サービスと比較しても、「価格優位性を考えれば汎用サーバー用途でも十分に選択肢になる。オープンソースのWebサーバー『nginx』の性能などもかなり高い」と、日本オラクルの近藤暁太・事業戦略統括事業開発本部第二事業開発部シニアマネージャーは説明する。
性能の高さをアプリケーション開発などで生かすには、アプリケーションサーバーやデータベースなど各種ミドルウェアのサポートが欠かせない。オラクルは自社でさまざまなミドルウェアを提供しているため、それらを積極的にAmpere A1 Computeで動かせるようにしていく方針だ。加えてアプリケーションの開発、テスト環境も充実させる。「開発者がすぐに試せるように、“Always Free”で四つのA1コアと24GBのメモリの環境も提供する」(近藤シニアマネージャー)という。
さらにAmpere A1 Computeは顧客が自社データセンターでOracle Cloudのサービスを利用する「Oracle Dedicated Region Cloud@Customer」でも利用できる。これにより、ハイブリッドクラウド構成での利用も可能となる。
ただし、オラクルはインテルやAMDとの協業関係を継続しており、標準的なサーバー用途で両社のCPUをベースとしたIaaSを提案する機会が減少するかというと、そうとは言えないようだ。現状ではArmの環境では動かないアプリケーションも多いことから、価格性能比が高いからといって、Ampere A1 Computeへの移行が一気に加速するという状況にはないのだ。それでもCPUコアの数が多いことが有利に働くHPC領域では独自の価値を発揮できることから、積極的に提案することになりそうだ。
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