この1年半、多くの企業が新型コロナ禍への対応を模索する中で経営や業務のデジタル化は着実に進んだ。こうした市場環境が追い風となり、SMB向けの基幹業務ソフトウェアを提供するベンダーのビジネスはおおむね堅調に推移した。特にクラウド化は新たなステージに入ったとの見方が多く、今後の成長に向けて期待感が高まっている。一方、新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中、今後の経済情勢を懸念する声も上がっており、先行きを楽観視できない面もある。
(取材・文/齋藤秀平)
週刊BCNは今年10月、創刊40周年を迎えます。本紙が長年取材してきたITビジネスの現在を分析し、未来を占う記念特集を連載形式でお届けします。
リモートワーク需要がビジネスを後押し
SMB向け基幹業務ソフトの主要ベンダーは2019年、消費税率改正などの特需でビジネスが大きく伸びた。20年は各社ともに反動減を見込んでおり、コロナ禍の影響は読みにくい状況だったといえる。
ただ、今のところ大きなマイナス影響は見られない。弥生の岡本浩一郎社長は「影響がないとは言わないが、大きなプラスも大きなマイナスもなく、安定的な成長のペースを維持できている」と語る。
弥生 岡本浩一郎 社長
各ベンダーのビジネスが堅調に推移している背景には、リモートワークの広がりがある。オフィスの外で業務を進める場合、企業にとってクラウドの活用は必須で、基幹業務ソフト市場もクラウドシフトが進んだ。
OBC 和田成史 社長
オービックビジネスコンサルタント(OBC)の和田成史社長は「オンプレミスからクラウドへの変化の流れが従来以上に加速し、今年に入ってからはクラウド一色になった」と見る。さらに「以前は関東圏だけが先行して新しいものを使い始めるということがよくあったが、クラウド需要は全国的に面的に広がっている」と説明する。
応研 岸川 剛 取締役
ほかのベンダーも、クラウド関連の施策を展開し、事業の柱にすることを目指している。応研の岸川剛・取締役営業部長は「当社は以前からクラウドシフトを仕掛けており、(コロナ禍で)オンプレからクラウドへの切り替えが促進されてきた」とし、ピー・シー・エー(PCA)の佐藤文昭社長も「これまで働き方改革に向けてデジタル化を推進することに取り組んでおり、コロナ禍でクラウドのビジネスが加速した」と見ている。
PCA 佐藤文昭 社長
OSKの橋倉浩社長は「パッケージの面から見ると、IaaSでの動作保証は従来からしていたが、SaaS化はしておらず、それほど積極的にクラウドビジネスを展開をしていなかったということもあり、コロナ禍の影響を受けた面もある」としつつ、「昨年7月に統合型グループウェア『eValue V』のSaaS版をサービスインし、それが少しずつ立ち上がってきている」と話す。
OSK 橋倉 浩 社長
存在感を高めるクラウドネイティブ勢
これまでオンプレミスのパッケージソフトを軸にビジネスを展開してきた各ベンダーにとってもクラウドはスタンダードになりつつあり、今後の成長を考える上で重要な要素になっている。こうした流れの中、存在感を高めているのが2010年代前半に市場参入したクラウドネイティブなベンダーだ。
マネーフォワードの辻庸介社長CEOは、直近のビジネスの状況について「数字で言うと、強烈に伸びている」と語る。とりわけ主力のバックオフィス向けSaaSの伸びが著しいという。さらに有料課金ユーザー数は右肩上がりを続けており、今年5月末で16万件を突破し、法人に限定しても8万社に届く勢いだ。SaaSベンダーにとって重要な指標となるARR(年間経常収益、ストック型ビジネスで見込める年間の売上高)は前年同期比40%増の97億円に到達し、うち法人向けのARRは50%増となった。
マネーフォワード 辻 庸介 社長CEO
辻社長は「昔はクラウドに情報を預けるのが怖いとか、オンプレのパッケージソフトでいいという意見があったと思うが、それが大きく変わった。ユーザーからは、すごく便利だとか、生産性が上がったとか、面倒な作業がなくなって、その分こんなことに時間を使えるようになったという声が聞こえるようになった」とし、「(さまざまなベンダーからバックオフィス業務向け以外にも)いろいろないいサービスが出てきており、当社サービスをそこに連携することで、クラウド上で全てが完結する世界にかなり近づいている」と実感している。
また、freeeもコロナ禍でビジネスを拡大しており、同社の渡邉俊・執行役員/アライアンス事業部長は「われわれにとって20年はプラスの面が多かった」と振り返る。特にコロナ禍以前からウェブ会議ベースの提案活動を展開していたことが功を奏し、「セールスの生産性はかなり上がった」(渡邉執行役員)という。
freee 渡邉 俊 執行役員
同社が8月13日に公表した21年6月期第4四半期の決算説明資料によると、ARRは前年同期比42.7%増の112億円となり、法人と個人事業主を合わせた有料課金ユーザー数は30.9%増の29万3000件を超えた。渡邉執行役員は「リモートワークのニーズに対し、われわれのクラウドERPがかなり使えるという認知が取れてきた。20年はクラウドがバックオフィスに定着し始める転換期となった」と分析する。
経済活動制約の影響はこれからか
国内では現在、大企業を中心に積極的なIT投資が目立つ。IT企業やユーザー企業などでつくる一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会がまとめた「企業IT動向調査2021」(2020年度調査)によると、IT予算を「増やす」割合から「減らす」割合を差し引いて求めた21年度予測のDI(ディフュージョン・インデックス)値は21.6ポイントで、20年度計画のDI値18.2ポイントより3.4ポイント高くなっている。
さらに調査は、コロナ禍でのIT投資のトレンドについて「新型コロナ禍が経済へ与える影響はリーマンショック時と同等かそれ以上と考えられているが、IT投資への影響では軽微な減少トレンドがみえるものの、リーマンショック時のような大きな落ち込みはない」としている。
しかし、中小企業や小規模事業者に目を向けると、業務ソフトベンダーからは先行きを不安視する声が出ている。弥生の岡本社長は「保守サポートを解約される要因として、事業を廃業するケースがあり若干気になっている。緊急事態宣言で経済活動が制約されており、顧客への影響はこれから出てくるのではないか」とみる。
また、既に影響が出ている部分としてfreeeの渡邉執行役員は「飲食や小売り、それらに紐づく卸売りなど、業種によっては打撃を受けている場合があり、IT投資に対してやや控えめになっている面は少なからずあった」と指摘する。
まだコロナ禍が収束する兆しは見えない状況ではあるが、各ベンダーは、クラウド化の流れは今後さらに加速するとみる。各ベンダーの市場の見立てや製品開発の方向性、販売戦略などについては後編で紹介する。
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