ビジネスの基盤としてのITには、多くの場面で、安定的な運用が可能であることや導入効果がある程度実証されていることが求められる。その意味で、法人向けIT市場のメインストリームは“枯れた”技術に支えられている。他方、ビジネスとITの距離はどんどん近くなり、もはやテクノロジー活用の在り方がビジネスの優位性に直結するようになっている。先進技術を生かしたディスラプターが高頻度で現れ、テクノロジーの革新が市場そのものを大きく変える構図がこれまで以上にさまざまな産業分野で見られるようになるだろう。そう仮定すると、本格的な社会実装に至っていない新しい技術(エマージングテクノロジー)にも目配りしなければ、将来にわたってITベンダーが顧客に価値を提供し続けるのは難しい。注目すべきエマージングテクノロジーの現状を追った。
(取材・文/藤岡 堯)

週刊BCNは今年10月、創刊40周年を迎えます。本紙が長年取材してきたITビジネスの現在を分析し、未来を占う記念特集を連載形式でお届けします。

量子力学の原理で高速計算を実現

 まずは量子コンピューターの基礎をおさらいする。量子コンピューターは原子や分子などの肉眼で確認できない世界で起こる物理現象を扱う「量子力学」の原理を用いて計算を行う。具体的には、「量子重ね合わせ」や「量子もつれ」といった現象を利用するが、詳細を理解するのはなかなか難しい。まずは、量子力学的な現象を用いることで、従来のコンピューターを凌駕する高速計算が可能となることがつかめればよいだろう。

 量子コンピューターの計算手法には、大きく分けて「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」の二つがある。量子ゲート方式は計算回路を作って問いを解く手法で、従来型のコンピューターの上位互換として汎用性が高いとされている。量子アニーリング方式は、膨大な組み合わせから最適なものを抽出する問題に特化した計算方法で、問題を「イジングモデル」と呼ばれる数式に置き換えて解く。

 応用が見込まれる領域も量子ゲート方式は幅広い。ディープラーニングの高度化や金融商品のリスク評価、より広範なデータを取り込んだマーケティングなどが有望だとされる。量子アニーリング方式は前述の通り、組み合わせの最適化を専門としており、交通渋滞や混雑の解消、効率的な物流ルートの探索などでの利用が期待できる。

 量子コンピューターの基本を整理したところで、次はビジネスへの実用性や将来性を考えていこう。量子コンピューターのソフトウェア開発キット(SDK)やSDKをベースとしたクラウドシステムを展開するベンチャー企業であるblueqatの湊雄一郎社長に話を聞いた。

ビジネスの実用性現時点では「ゼロ」

 現時点において、量子コンピューターそのものがどれだけビジネスとしての価値を生み出せるのか。この質問に対し湊社長は「ゼロ」と断言する。つまり、今の段階では量子コンピューターはビジネス利用に耐えないということだ。

 湊社長によると、3~4年ほど前までは従来型のコンピューターと量子コンピューターを組み合わせて計算するハイブリッド型でビジネス展開を目指す企業が主流だった。当時は21年にも実用化できるとの見方が広がっていたが、20年ごろになって、ハイブリッド型の実用性が低いことが明らかになってきたという。各社は戦略の変更を余儀なくされ、現在は「仕切り直し」(湊社長)といった状況だ。
 
blueqat 湊雄一郎 社長

 ただ、今年に入り、米金融大手のゴールドマンサックスが、5~10年後の量子コンピューターで利用可能になるとみられる金融計算のアルゴリズムを発表し、グーグルも29年には実用的な量子コンピューターを完成させる目標を示している。ソフトウェアビジネスにおいては、ひとまずのメルクマールを29年前後に据える企業が増えてきているようだ。

 一方でハードウェア開発は投資が急拡大している。海外では数百億円規模のキャッシュを有するメガベンチャーも現れ、日進月歩の勢いで技術開発に取り組む。IBMやグーグルなどの大手も含め、どこがハードウェアの覇権を握るかは誰にも分かっていない。

 湊社長によると、世界的には量子ゲート方式が主流となりつつあるが、ゲート方式を支える技術については、超伝導やイオントラップ、光量子など多様な選択肢がある。これらもどれが優れているかは今の段階では見極めが難しい。また、まずはハードウェア開発で先行しているアニーリング方式を推す声も根強く、この点も今後の展望が難しい要因となっている。