Special Feature
有望市場に変貌する中小向けSI(前編)SaaSとローコード開発で“放置”から一転
2021/09/30 09:00
週刊BCN 2021年09月27日vol.1892掲載

中小企業向けSIビジネスが地殻変動を起こしている。使い勝手のいいSaaSや、サイボウズの「kintone」など手軽なローコード開発基盤が充実してきたことから中小企業向けの個別SIビジネスが一気に活性化しているのだ。従業員数100人以下の中小企業はIT予算が限られている上、専任の情報システム部門も未整備なことが多いことから、本格的な個別SIは難しいとされてきた。大手SIerも採算性がよくないとして中小領域のSI市場には十分に進出できておらず、いわばこれまで“放置”されてきた市場が一転して“有望市場”となっている。
(取材・文/安藤章司)
週刊BCNは今年10月、創刊40周年を迎えます。本紙が長年取材してきたITビジネスの現在を分析し、未来を占う記念特集を連載形式でお届けします。
中小向けSIが急成長する船井総研
中小企業向けSIビジネスの活性化を支えるのは、国内外のベンダーが開発・提供しているSaaSや、kintoneのような手軽なローコード開発基盤である。これらのツールを活用した中小企業向けSIに力を入れるSIerが増えたことから、広くサービスの提供体制も整い始めている。独自性の高いビジネスを展開している中小企業は多く、既存のパッケージソフトの機能だけでは業務全体をカバーできないケースが少なからず存在した。規模の大きいユーザー企業であればSIerに個別発注し、自社のビジネスモデルや業務フローに最適化したシステムを組むことが可能だが、中小企業にとってはコストも対応する人員の負荷も許容範囲を超えるケースが多く、市販の表計算ソフトやデータベースソフトでの代替を強いられてきた側面がある。しかし、表計算ソフトでマクロを組むなどしてカスタマイズしてしまうと属人性が高まり、担当者が変わると継承が困難になるといった弊害が長年にわたって指摘されている。
中小企業向け経営コンサルティングに強い船井総合研究所は、中小企業のIT化にSaaSやローコード開発ツールが有用だとして、2018年頃からkintoneを活用したSIビジネス手法の研究を進めてきた。その後、インドの大手SaaSベンダーが開発するZohoを取り入れ、ローコード開発による個別開発と既存SaaSを組み合わせた独自の中小企業向けSI手法を構築してきた。
船井総合研究所では、ローコードやSaaSを活用したビジネスを「中小企業向けDXコンサルティング」事業と位置づけ推進したところ、ビジネスが急速に拡大。昨年度(20年12月期)は約10億円の売り上げにまで成長し、22年度には3倍の30億円規模に達する手応えを感じているという。
経営改善のメソッドがカギ握る
SIが本業ではない経営コンサルティング会社の船井総合研究所が中小企業向けのSIビジネスを伸ばしている最大の理由は、中小企業の実態を踏まえた的確な経営改善のメソッドが市場に評価されたことだ。例えば、下請け仕事が多く、粗利が増えない経営課題を抱えている町工場の経営者に向けては、「元請け比率を増やしましょう」とストレートに提案。自社の強みの分析、強みを生かした商品開発、マーケティング、顧客管理など、一連の収益モデル変革のコンサルティングを行う。デジタルマーケティングにより新規顧客の開拓施策への投資の費用対効果を最大化し、顧客管理や営業支援もSaaSの「Zoho CRM」でデータ活用型ビジネスに転換するための基盤を整える。中小企業向けDXコンサルティング事業を担う船井総合研究所の斉藤芳宜・DX支援本部デジタルイノベーションラボ マネージング・ディレクターは、「デジタルマーケティングの手法やSaaSをうまく使い新規で元請け顧客を1~2社獲得できれば、町工場の事業規模であればIT投資分を単年度で回収できてしまう」と話す。多額の初期費用がかからないSaaSならではの効果である。こうした活動を継続すれば、元請け顧客のデータベースが蓄積され、将来的には下請けと元請けの比率を逆転。当初課題だった粗利の低さを解消する道筋が見えてくる。
企業規模が大きい会社では、すでに稼働しているシステムがあり、情報システム部門が管理・運用する体制が整っているため、ITベンダーは「古くなったCRMを刷新しましょう」と商談のスタート時から“IT”の提案ができる。しかし中小企業の場合は「ITの話を最初にもってくるのは御法度」(斉藤マネージング・ディレクター)だ。売り上げや利益、人材獲得といった短期間で経営に直接的なメリットがある提案でないと商談が進まない。情報システム部門とのやりとりが中心だったSIerとは、根本的に違う形のビジネスだと言えよう。
顧客は投資の直接的効果を求める
船井総合研究所が手掛けた中小企業向けSIの事例をもう少し見ていこう。中小事業者が多い葬儀会社は、規模が小さいにもかかわらず24時間体制の勤務が強いられるため、「遺族との最初の接点から実際の葬儀まで一人の担当者が長時間張りつくケースが多く、業務的な負担が大きい」(斉藤マネージング・ディレクター)ことが課題になっていた。業務が属人的で、スキルをもった人材の確保が常に経営の課題になっている。
そこで、kintoneで業務フローを見える化するアプリをつくり、コンタクトセンターから進捗状況を一元的に管理。区切りのいいところで別の担当者へ引き継ぐ仕組みをつくったことで長時間労働を抑制し、人材の定着率を高めた。さらに一歩進めて、Zoho CRMで顧客を管理することで、年忌の適切なタイミングで法事の提案をして売り上げの取りこぼしがないよう努める事例も出てきている。
高齢化で葬儀の需要は増えている。デジタル活用を前提とした業務フローの最適化を図ることで、人手不足で対応できないケースを最小限に抑える発想はビジネスの成長に有効だろう。「ある葬儀会社ではkintoneとCRMを組み合わせ、分業体制の確立、葬儀後の年忌、法事を含めてこなせる案件が倍増した」という。まさに、IT導入が生産性の向上、売上増に直接的に役立っている構図だ。経営リソースに余裕が出てきたことで相続の助言サービスなど関連ビジネスに事業領域を広げるケースも出てきている。
斉藤マネージング・ディレクターは、過去にソフト開発業の経営コンサルティングを担当したとき、「中小企業向けの個別SI市場が手薄であることに気づいた」と振り返る。中小規模のソフトハウスは数多く存在するが、その多くが大手SIerの下請けだったり、中小企業向けには一部の定番パッケージソフトしか提供していなかったりという状況があり、中小企業のデジタル化が進む市場環境ではなかった。
しかし近年、良質なSaaSが増え、ローコード開発の手法と基盤製品の市場が確立されつつあるのを見て、船井総合研究所がもともと強みとしている中小企業向け経営コンサルティングと組み合わせれば、“ビジネスとして成立する”と直感的に感じ取った。主力の経営コンサルにSaaSとローコード開発を組み合わせ、経営変革のための課題抽出、計画策定から業務フローの最適化やデジタル活用、日々のオペレーションまで、一気通貫で伴走できるサービスを現実的なコストで構築できたことが、今回の中小企業向けSI事業の急成長につながった。
金沢のSIer、売り上げ2.5倍に
金沢市に本社を置くsmooth(スムーズ)は、17年に起業した当初から中小企業に向けてSaaSやkintoneを使ったSIビジネスを主軸に据えているSIerである。会計・人事はfreeeの製品、営業支援はセールスフォース・ドットコムの製品、販売管理系アプリの個別SIはkintoneを活用した提案をするケースが多い。直近では、ワークスモバイルジャパンが提供するビジネスチャットの「LINE WORKS」とfreeeの人事労務をAPI接続する勤怠登録アプリ「LINE WORKS ×freee勤怠bot」を独自に開発した。smoothの中野祐希CEOは「例えば、中小企業ユーザーのやりたいことがSaaSの標準機能から少し外れると、カスタマイズや個別SIが高額なものに跳ね上がる」ことが、中小企業向けのSIビジネスで大きな課題だったと指摘。SaaSアプリの標準機能でカバーできない部分は、ローコード開発で素早く安く開発する。SaaSアプリに顧客の業務を合わせるという選択肢しかないと、そのユーザーが蓄積してきた業務ノウハウが失われ、ユーザーのビジネスにプラスにならないこともあり得ると中野CEOは考えている。
コロナ禍で顧客と対面での商談が難しくなり、ほぼ全ての案件でリモートで課題を聞き取って、コンサルティングを行い、システム化する方式に切り替えたところ、移動時間が大幅に節約され、「対面では1日3件の商談が限界だったが、リモートで5~6件の商談が可能になった」(中野CEO)。結果として対応可能な商談件数が増えて、昨年度(21年7月期)の売上高は前年度比2.5倍ほど増えた。
リモート駆使で県外比率9割超
リモートで商談、開発を行う方式を主軸に据えたことで、地元石川県以外の遠隔地の案件をより多く受けられるようになり、昨年度の売り上げに占める県外比率は9割を超えている。会計・人事、営業支援、kintoneによる個別SIを中小企業向けに総合的に手がけられる点が評価され、SaaSベンダーからの送客も案件増を後押しした。拡大する需要に応えるための人員は、リモートワーク前提で採用を拡大し、福岡、広島、長野、埼玉、東京など全国からsmoothのビジネスモデルに共感する人材を獲得している。創業5期目の地方SIerが中小企業の業務知識を持つ人材や最新のSaaS、ローコード開発に長けた技術者を集めるのは容易なことではない。中野CEOは「リモートワークを前提とした全国採用のノウハウや知見は、優れた人材獲得を目指す地元北陸の中小企業にも参考になる」と話す。現場作業が必要な業務は難しいが、例えば製造業でもCAD設計であればCADに精通した技術者を全国で採用し、リモートで働いてもらうことは可能だ。
また、中小企業のIT化は「地方銀行と会計事務所との連携が非常に重要」(中野CEO)だと考える。石川県の第一地銀である北國銀行出身の中野CEOが、まず最初にSaaS型の会計・人事に着目したのは「FinTechの文脈で銀行とAPIで積極的に連携する姿勢をSaaSベンダーが見せていたから」だという。オープンなデータ連携を志向するSaaSを積極的に活用することで、銀行と会計事務所、地元の中小企業の三者がAPIでつながり、「“三方よし”の業務効率化を実現する地方再生のロールモデルになり得る」と説く。
smoothは金沢を拠点に、SaaS、ローコード開発、リモートワークを切り口として全国の市場でビジネスを伸ばすことで、今年度(22年7月期)も前年度比で2倍以上の成長を目指す。
「週刊BCN 創刊40周年記念特集 有望市場に変貌する中小向けSI 後編」はこちら

中小企業向けSIビジネスが地殻変動を起こしている。使い勝手のいいSaaSや、サイボウズの「kintone」など手軽なローコード開発基盤が充実してきたことから中小企業向けの個別SIビジネスが一気に活性化しているのだ。従業員数100人以下の中小企業はIT予算が限られている上、専任の情報システム部門も未整備なことが多いことから、本格的な個別SIは難しいとされてきた。大手SIerも採算性がよくないとして中小領域のSI市場には十分に進出できておらず、いわばこれまで“放置”されてきた市場が一転して“有望市場”となっている。
(取材・文/安藤章司)
週刊BCNは今年10月、創刊40周年を迎えます。本紙が長年取材してきたITビジネスの現在を分析し、未来を占う記念特集を連載形式でお届けします。
中小向けSIが急成長する船井総研
中小企業向けSIビジネスの活性化を支えるのは、国内外のベンダーが開発・提供しているSaaSや、kintoneのような手軽なローコード開発基盤である。これらのツールを活用した中小企業向けSIに力を入れるSIerが増えたことから、広くサービスの提供体制も整い始めている。独自性の高いビジネスを展開している中小企業は多く、既存のパッケージソフトの機能だけでは業務全体をカバーできないケースが少なからず存在した。規模の大きいユーザー企業であればSIerに個別発注し、自社のビジネスモデルや業務フローに最適化したシステムを組むことが可能だが、中小企業にとってはコストも対応する人員の負荷も許容範囲を超えるケースが多く、市販の表計算ソフトやデータベースソフトでの代替を強いられてきた側面がある。しかし、表計算ソフトでマクロを組むなどしてカスタマイズしてしまうと属人性が高まり、担当者が変わると継承が困難になるといった弊害が長年にわたって指摘されている。
中小企業向け経営コンサルティングに強い船井総合研究所は、中小企業のIT化にSaaSやローコード開発ツールが有用だとして、2018年頃からkintoneを活用したSIビジネス手法の研究を進めてきた。その後、インドの大手SaaSベンダーが開発するZohoを取り入れ、ローコード開発による個別開発と既存SaaSを組み合わせた独自の中小企業向けSI手法を構築してきた。
船井総合研究所では、ローコードやSaaSを活用したビジネスを「中小企業向けDXコンサルティング」事業と位置づけ推進したところ、ビジネスが急速に拡大。昨年度(20年12月期)は約10億円の売り上げにまで成長し、22年度には3倍の30億円規模に達する手応えを感じているという。
経営改善のメソッドがカギ握る
SIが本業ではない経営コンサルティング会社の船井総合研究所が中小企業向けのSIビジネスを伸ばしている最大の理由は、中小企業の実態を踏まえた的確な経営改善のメソッドが市場に評価されたことだ。例えば、下請け仕事が多く、粗利が増えない経営課題を抱えている町工場の経営者に向けては、「元請け比率を増やしましょう」とストレートに提案。自社の強みの分析、強みを生かした商品開発、マーケティング、顧客管理など、一連の収益モデル変革のコンサルティングを行う。デジタルマーケティングにより新規顧客の開拓施策への投資の費用対効果を最大化し、顧客管理や営業支援もSaaSの「Zoho CRM」でデータ活用型ビジネスに転換するための基盤を整える。中小企業向けDXコンサルティング事業を担う船井総合研究所の斉藤芳宜・DX支援本部デジタルイノベーションラボ マネージング・ディレクターは、「デジタルマーケティングの手法やSaaSをうまく使い新規で元請け顧客を1~2社獲得できれば、町工場の事業規模であればIT投資分を単年度で回収できてしまう」と話す。多額の初期費用がかからないSaaSならではの効果である。こうした活動を継続すれば、元請け顧客のデータベースが蓄積され、将来的には下請けと元請けの比率を逆転。当初課題だった粗利の低さを解消する道筋が見えてくる。
企業規模が大きい会社では、すでに稼働しているシステムがあり、情報システム部門が管理・運用する体制が整っているため、ITベンダーは「古くなったCRMを刷新しましょう」と商談のスタート時から“IT”の提案ができる。しかし中小企業の場合は「ITの話を最初にもってくるのは御法度」(斉藤マネージング・ディレクター)だ。売り上げや利益、人材獲得といった短期間で経営に直接的なメリットがある提案でないと商談が進まない。情報システム部門とのやりとりが中心だったSIerとは、根本的に違う形のビジネスだと言えよう。
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