NTT東日本がITを駆使して地域経済の課題解決を本格化させてから今年7月で丸3年を迎える。この間、農業分野への進出、ドローン開発、クラウド移行支援、eスポーツ新興、文化財のデジタルアーカイブ(電子保存)などを手がける事業会社を相次いで設立。事業会社の企画立案を担ってきた同社の加藤成晴・執行役員経営企画部営業戦略推進室長は「地域に深く入れば入るほど見えてくる課題が増える」と、今後も地域の課題に焦点を当てた事業の拡大に取り組んでいくと話す。従来型の固定電話の事業が縮小均衡していく中、NTT東日本が生き残りをかけて取り組む地域ITビジネスとはどのようなものなのか。
(取材・文/安藤章司)
矢継ぎ早に事業会社を立ち上げ
NTT東日本がITを駆使して地域経済の課題解決を主軸とした事業会社の本格的な立ち上げの端緒になったのは、2019年7月の次世代農業支援のNTTアグリテクノロジーである。NTT東日本はITアウトソーシングや情報通信エンジニアリング、テレマーケティングなど多くの事業会社を傘下に持つが、NTTアグリテクノロジーは地域ITビジネスに明確な焦点を当てて興したという点で従来とは一線を画す。
加藤成晴 執行役員
その後、家畜の糞尿処理のビオストックを北海道帯広市に設立し、eスポーツやドローンなどに続いていく(表参照)。NTT東日本の地域ITビジネスの“はしり”としてNTTアグリテクノロジーが存在し、そこから「地域が抱える課題をITで解決する道筋が次から次へと見えてきた」と、加藤執行役員は話す。
地域ITビジネスに乗り出す背景には、NTT東日本の本業である電話事業の変容が挙げられる。音声通信の主流が携帯電話のNTTドコモに移り、固定電話はインターネット電話の比率が高まった。NTT東日本自身も既存の電話交換機からIP(インターネットプロトコル)網へと24年1月から順次切り替えていくことが決まっている。ビジネスの実態としては、従来の電話会社から通信ネットワーク会社へと変貌を遂げているのだ。
地域に密着したNTT東日本のビジネス形態と通信ネットワークの強みを存分に発揮していくには、「これまで以上に地域経済の振興や課題の解決に役立つアプリケーションやサービスを充実させていく必要がある」(加藤執行役員)との考えから、一連の地域ITビジネスの本格的な立ち上げにつながった。
農業を起点にITビジネスを拡大へ
NTTアグリテクノロジーのビジネスの一例として、農場に温度や湿度、照度を感知する各種のセンサーを取り付け、農家の自宅や出先から監視・記録する農業IoTが挙げられる。農場を巡回する回数を減らすことができるだけでなく、データの取得が生産品質の向上に大きく役立つ。農協などの栽培マニュアルや農業指導員から示された理想の数値と実際の数値をリアルタイムで照らし合わせながら栽培することで、失敗の少ない安定した作物の生産が可能になるというものだ。
ブドウの産地として有名な山梨県では、近年人気が急上昇している品種「シャインマスカット」の生産が盛んで、この品種をつくるための温・湿度、照度、二酸化炭素濃度などのマスターデータが存在する。NTTアグリテクノロジーの仕組みを使えば、栽培環境をマスターデータに効率よく近づけられ、理想的な糖度のシャインマスカットを生産しやすくなる。
データ分析を起点とした農業は、東京ドームの容積の何倍もあるような大規模なビニールハウスとの相性がよく、まるで果物や野菜の生産工場のように栽培し、理想的な収穫量、出荷時期を見極めながらの生産が可能になる。NTTアグリテクノロジーでは、これを「次世代の大規模施設園芸」と位置づけ、各種センサーを制御するIoT技術や通信ネットワークの強みを生かしたビジネスを展開していく。
NTTアグリテクノロジーの事業を通じてブドウや野菜農家と接点を持ったのと前後して「稲作でも農薬散布での課題をドローンで解決してほしい」との声に触れる機会が増えた。人手による農薬の散布は効率が悪く、農業用のラジコン・ヘリコプターは非常に高価でコストがかかる。
そこで安価なドローンの活用する需要が高まっているものの、ドローンは外国製が多くを占めていて部品供給に難がある。であるならば、自社でドローンを開発しようとなり、7年間の部品供給を可能にするため国産農薬散布ドローンの開発を担う事業会社NTT e-Drone Technology(NTTイードローンテクノロジー)を20年12月に立ち上げた。
農薬散布用途の主力ドローン機「AC101」外観
今は22年の田植えの時期に照準を定めて、農薬販売をしている会社やラジコン・ヘリコプターで農薬散布をしている会社などに販売店になってもらい、操縦や整備の技能習得支援も含めて全国の販売代理店網の整備に力を入れている。現行の農薬散布用途の主力機の「AC101」(写真参照)に加えて、設備点検用の「EC101」も製品化しており、「橋梁点検や災害時の損傷確認などの用途へとビジネス領域を広げていく」(加藤執行役員)方針だ。
月額課金で糞尿処理プラントを利用
野菜・果物、稲作と並んで農業ITビジネスの柱に位置づけるのが畜産分野だ。家畜の糞尿処理に課題を抱えていることを聞きつけたNTT東日本は、月額課金モデルでバイオガスプラントを利用できる事業会社ビオストックを20年7月に立ち上げた。畜産が盛んな帯広市に本社を置き、バイオガスプラントの専門的な知見を持つバイオマスリサーチとの合弁でスタートした。
バイオガスプラントとは、牛や豚の糞尿を処理し、燃料となるガスや余剰熱、牧草地や田畑に使う肥料を取り出すプラント設備。自社でプラントを持つことで糞尿処理を外部の業者に委託する費用を抑えることができる利点がある一方、プラントを建設する初期費用が高額で、維持・保守にも手間がかかるため、導入できる畜産農家は限られていた。
そこでビオストックは月額課金で利用できるようにするとともに、遠隔で運転管理と現地での維持と保守を組み合わせたサービスを始めている。月額課金でバイオガスプラントを利用できるモデルはほかに例がなく、同社はビジネスモデル特許を出願している。
ここでも根底にあるのはNTT東日本の本業である通信ネットワークを最大限活用する点だ。プラントに取り付けたセンサーで得たデータを通信ネットワーク経由で受け取り、遠隔地から集中的に監視することでプラントの運転管理を大幅に効率化した。
ビオストックでは、ガスを燃料とした発電によって生み出された電力や有機肥料を売却する新しい収益の道を探り、稼ぐ力を高めつつ、畜産農家の糞尿処理にかかるコスト負担の軽減を実現していく。
関連ビジネス含め250億円規模に
NTTアグリテクノロジー、ビオストック、NTT e-Drone Technologyの3社は農業に焦点を当てて事業を立ち上げたが、eスポーツのNTTe-Sportsと、クラウド移行支援のネクストモード、文化財のデジタルアーカイブのNTT ArtTechnologyの3社は、農業以外の地域ITビジネスに着目して事業を興したケースとなる。
eスポーツはトップアスリートやプロ、上級者を念頭に置いたものではなく、あまでも地域振興に主眼を置く。高齢者が気軽に参加できるゲーム大会であったり、障害者が社会参加するためのツールとして、地域イベントの一つとして街や地域企業の活性化に役立つビジネスを展開している。
ネクストモードは、クラウドインテグレーターのクラスメソッドと合弁で、AWSをはじめとするクラウド移行を支援する。大都市圏に比べて地域企業のクラウド移行の遅れが見られることから、AWS活用やクラウドに最適化したゼロトラストセキュリティ、各種の優れたSaaSアプリの導入支援などを手がける。クラウドネイティブ環境に移行したあと、NTT東日本が主体となって維持保守サービスを提供する。
地域ITビジネスを進めていく過程で、「傷みやすい文化財をどのようにして広く世の中の人に見てもらうかの課題があることに気付き、文化財のデジタルアーカイブ事業に進出した」(加藤執行役員)のがNTT ArtTechnologyだ。
NTTグループはデジタルアーカイブに強みを持っており、海外ではNTTデータがバチカン図書館やASEAN諸国の文化財のデジタルアーカイブで実績を持つ。建築物などの大型の文化財については、ドローンで立体データに不可欠な点群データを取得し仮想空間で正確に再現することも視野に入れる。
NTT東日本では、地域ITビジネスを担う事業会社すべてを早期に黒字化させるとともに、25年度をめどに関連ビジネスも含め250億円規模に拡大させていく方針だ。