IoTやロボット、AIなどを活用した「スマート農業」が注目を集めている。高齢化や人手不足といった課題の解決に向け、各ITベンダーは技術開発を進めており、新興ベンダーの参入も目立つ。製品やサービスが具現化し、拡大が続く市場の現状を追った。
(取材・文/佐相彰彦)
農業労働力の現状
農業従事者が45万人以上の減少 高齢化や人手不足が深刻化
農林水産省の統計によると、普段、仕事として主に自営農業に従事している「基幹的農業従事者」は減少の一途をたどっており、2021年は前年比6万1000人減の130万2000人となった。15年の175万7000人と比べると、落ち込みは深刻な状況だ。
担い手の高齢化も進んでいる。15年以降、基幹的農業従事者の平均年齢は66.6歳~67.8歳の間で推移。21年は基幹的農業従事者の約7割に当たる90万5000人が65歳以上で、平均年齢は67.9歳と最も高くなった。
農業を取り巻く環境が年々厳しくなる中、ITを活用する動きが徐々に広がっている。中でも、省力化やコストの削減などにつながるスマート農業は「社会実装の加速化がますます重要」(20年度版食料・農業・農村白書)とされている。
矢野経済研究所は昨年10月に発表した「スマート農業に関する調査」で、20年度のスマート農業の国内市場規模を前年度比45.6%増の262億1100万円と推計。今後も生産性の向上や人手不足の解消に向けた取り組みが継続し、27年度には606億1900万円まで拡大すると予測している。
将来の展望では、農業データ連携基盤(WAGRI)の運用が19年4月に始まり、スマート農業に関するあらゆるデータの共有化が始動したほか、昨年4月にメーカー間の垣根を越えたデータ連携を進める「農業API共通化コンソーシアム」が設立されたと説明。その上で、今後は「より一層のデータ共有化・連携が進むとみられる。また通信技術(5G、ローカル5G)の進展により、引き続きロボット農機・リモートセンシングなどの普及拡大に期待がかかる」としている。
オプティム
「スマートアグリフード」で稼げる農業へ スマート農業の機器や技術を無償で提供
「スマート農業」の普及に向け、オプティムは、プロジェクトの立ち上げやアライアンス強化を進めている。生産者に対して製品やサービスを無償で提供しているほか、生産者と消費者をつなぐビジネスモデルを構築して「稼げる農業」の実現を目指している。
同社が立ち上げたのは「スマートアグリフードプロジェクト」。「AI」「IoT」「Robotics」をテーマとした「OPTiM スマート農業ソリューション」を通じて「減農薬」を達成し、高付加価値農作物の生産、流通、販売を目指している。
プロジェクトで提供している製品や技術は、農薬の散布に活用できる「散布ドローン」や、水田の水深を可視化する「水位センサー」、ほ場全体の状況を把握できる「空撮画像」、気象データなどから必要な作業を推奨する「その他システム」の4種類。
具体的には、散布ドローンは、ドローン未経験者でも効率よく活用でき、労力削減や軽労化を実現することが可能。水位センサーは、スマートフォンで水位を確認でき、見回りの回数を削減できる。空撮画像は、散布と同様にドローンを活用し、画像を見ながら追肥などの必要性を判断できる。
その他システムでは、気象データなどの分析結果を基に、次のアクションにつなげられる「Agri Field Manager」や、生育予測に基づき、適切なタイミングでの作業が可能な「Agri Recommend」などを提供している。
既に現場での活用が進んでおり、稲作農家に対しては、OPTiM スマート農業ソリューションを活用して収穫した米の全量をオプティムが買い取る、取り組みを進めている。買い取った後は、デジタルマーケティングやECによる独自販路で消費者に提供し、卸売市場を通さずに産地から直接農作物を小売業者や製造業者などに納品することも行っている。21年度産の新米は「スマート米2022」と名づけ、全国で約750トンを栽培したという。
一方、同社が推進している「スマート農業アライアンス」には、パートナーとして約1700団体の申込実績がある。アライアンスでは、生産者と企業のマッチングや、自治体とのイベント開催による地域活性化のほか、大学と連携し、人材育成と次世代技術の開発に取り組んでいる。
inaho
AI搭載ロボットで労働力不足を解消 海外でのビジネス拡大も視野に
市場規模の拡大に伴い、ITベンダーにとって、農業はビジネスチャンスにつながる可能性がある。農業AIベンチャーのinahoは、AIを搭載したロボットを活用し、農作物の収穫作業を自動化することに取り組んでいる。
inaho 菱木 豊 代表取締役
菱木豊・代表取締役は「農業就業人口の減少が止まらない。今後、ますます労働力不足が予測される中、作業の省力化を進めるためにロボットの開発に着手した」と説明する。
収穫ロボット
同社は現在、AIロボット開発向けパッケージを提供している。AI搭載ロボットは、自社開発の台車モジュールをベースにしており、畑などの不整地や大規模温室のレールでの走行が可能。自動散布や搬送、収穫、監視に活用できるのが特徴だ。複数の実証実験を進めており、商用化を当面の目標として掲げている。
また、法人や個人が農業に参入するためのコンサルティング事業も手掛けている。法人に対しては、土地や資材の調達、ハウス施工、スマート化、補助金の獲得、事業計画書の作成支援など、事業開始までの各段階をワンストップでサポートする「農業参入支援サービス」を提供。事業承継などで引退する生産者とのマッチングによるM&A支援も行っている。
個人には、新規就農応援プログラム「inahoの穂」を提供。農業の研究や探求に熱心な全国の篤農家から直接、就農時に気をつけるポイントや作業のコツ、経営数字などを学ぶことができる実践的なプログラムとなっている。
本年度(22年12月期)は、売上高で2桁の成長を見込む。将来的に海外への進出も見据えており、菱木代表取締役は「国内でビジネスを定着させ、早期に海外に進出し、ビジネスのさらなる拡大を図っていく」と意気込む。
ミライ菜園
病害虫診断アプリで野菜栽培を革新 予報サービスの提供も計画
コロナ禍で在宅の機会が多くなり、趣味の一つとして家庭菜園を始めるケースが増えている。しかし、家庭菜園の初心者は、病害虫による失敗に頭を悩ませている。ミライ菜園は、野菜栽培SNSと病害虫診断AIのアプリ「SCIBAI(サイバイ)」を提供し、家庭菜園を成功に導こうとしている。
タキイ種苗が8月31日の「やさいの日」を前に、全国の20歳以上の男女600人を対象に実施した「2021年度 野菜と家庭菜園に関する調査」によると、約3割がコロナ禍2年目以降に家庭菜園を始めた。
ミライ菜園 畠山友史 代表取締役
だが、ミライ菜園の畠山友史・代表取締役は「約半数の家庭菜園ユーザーが病害虫による失敗を経験している」と指摘する。
SCIBAIは、スマートフォンで撮影した葉などの画像からAIが病害虫を自動で診断。トマトやキュウリをはじめ11種類の作物を対象に、133種類の病害虫を瞬時に自動診断する。現在の会員数は2万6000人。
SNSで日々の栽培の投稿や育て方のコツや悩みを相談することができるほか、家庭菜園で育てた野菜を使って作った料理レシピの投稿・共有も可能。料理レシピランキングや栽培カレンダー機能が使えるプレミアム会員サービスも有料で提供している。
設立から赤字が続いているが、畠山代表取締役は「今は会員を増やすことに力を注いでいる」と説明。会員を増やし、データがある程度集まった段階で、病害虫発生率の予測サービスを提供することを計画している。
サービスは、病害虫の発生履歴のデータから、将来の発生率を予測し、被害の未然防止に役立ててもらうことを目指す。将来的に自治体やJA、企業などを顧客として獲得したい考えだ。
畠山代表取締役は「25年に会員が100万人に達すればサービス化できると見込んでいる」とし、その後は「早い段階で会員数を1000万人まで増やし、売上高30億円を目指す」としている。