NTT東日本とNTT西日本の社長が6月17日付で交代した。NTT東日本は直近までNTT本体の技術戦略担当の副社長を務めた澁谷直樹氏が、NTT西日本は、NTTグループの海外事業を一翼を担う英国のNTTリミテッドの社長を務めていた森林正彰氏が、それぞれトップに就いた。両社の社長は、主力の固定電話の収入が縮小傾向にあることを踏まえて、農業や健康、エネルギーといった地域産業の活性化を成長の柱に据えると口をそろえる。両社のトップは新しい領域でビジネスを手がける事業会社を積極的に立ち上げてきたこれまでの経緯を踏まえ、2025年度をめどに新領域のビジネスの売上高比率を5割程度まで高めていく方針を示す。
(取材・文/安藤章司)
分散型ネットワークを構築へ
NTT東日本の澁谷社長は、6月28日の事業説明会で地域に産業を根づかせ、成長させる「ソーシャルイノベーション型」ビジネスを目指すと表明した。具体的には、農業や漁業、酪農、伝統文化、エネルギーなど個々の課題を解決するこれまでの取り組みを継続しつつ、「産業や人材が再び地域に戻り、地域社会全体でイノベーションを起こす活動に力を入れる」と話す。
地域社会の人材が枯渇し衰退していく現象の裏返しとして、首都圏に人材が集中しすぎている現状がある。インターネットの通信トラフィックを見ても約75%が東京に集中しており、人、企業、モノ、交通だけでなくデータも一極集中している。澁谷社長は「効率性を最優先した集中モデルではなく、地域の多様性と効率性を両立させる分散モデルを目指す」とした上で、地域で完結するネットワークと地域同士を次世代の光通信技術IOWN(アイオン)で結んで超高速、超低遅延、低コストのネットワーク構築を推進していく方針だ(図1参照)。
NTTグループでは、7月1日からリモートワークを基本とする新しい働き方を始めており、NTT東日本も持ち前の通信ネットワークを活用した多様性と効率性を両立させる分散モデルを率先して実践していく。NTTグループが打ち出した新しい働き方は、「住む場所」の自由度を高めることが重要との認識のもとに、全国どこからでもリモートワークによって働くことを可能にするものだ。まずは自分たちが手本となって、地域に居住しながら、リモートで仕事をする分散型の働き方を定着させていく。
澁谷社長はNTTに入社したばかりの35年ほど前に、サテライトオフィスで勤務する働き方の推進担当に就くなど、「筋金入りの働き方改革論者で、働き方改革はデジタルトランスフォーメーション(DX)の重要な一要素」だと捉えている。今のような首都圏一極集中では、人が地域に移り住み、地域に産業が増えていく方向に持っていくのは困難として、今後、さまざまな業種・業態でリモートワークを前提とした、住む場所の制約を受けない働き方を普及させるとともに、そうした働き方を支える分散型ネットワークをIOWNなどの最新技術を駆使して実現していく。こうした取り組みが結果として「災害に強い国づくりにつながる」とも話す。
陸上養殖に自治体が強い関心
NTT東日本は、先進的なITを駆使した次世代農業支援を手がけるNTTアグリテクノロジーを19年7月に設立したのを足掛かりに、農業分野に本格的に進出。ビニールハウスを大型化し、データ起点で生産効率を高める大規模施設園芸を推進している。他にもネット上に仮想市場を構築し、農産物が市場に運び込まれる前に取引を行うことで、非効率な輸送や長時間の保管で農産物が傷むのを防ぎ、食品ロスを最小化する実証実験を青果卸事業者などと展開。農産物の仮想市場ではNTT西日本とも連携している。
また、岡山理科大学などと協業し、世界初となる「ベニザケ」の完全閉鎖循環式の陸上養殖ビジネス化に向けた実証実験を今年1月にスタート。国内漁業の高齢化、人手不足を受け従来方法では今後の水産業全体の活性化に限界がある。消費者に人気があり値崩れしにくいベニザケの陸上養殖に成功すれば、地域の新しい産業として根づく可能性がある。「ベニザケは病気に弱く、成長が遅いことなどの理由で陸上養殖が実現できておらず、挑戦する価値がある」(加藤成晴・執行役員ビジネス開発本部長)と判断した。
ベニザケの陸上養殖の実証実験を発表して以来、全国の自治体から「廃校になった小学校のプール設備の新しい活用先として陸上養殖ができないか」との問い合わせが増えているといい、地域の関心は非常に高い様子だ。
ほかにも畜産・酪農業の家畜の糞尿を原料として、液体肥料や可燃ガスによる発電、施設園芸施設の燃料を生み出す小型バイオガスプラントのビジネスを手がけるビオストックや、ドローンで農薬を散布するサービスを手がけるNTTイードローンテクノロジーなどの事業会社があり、農業、漁業、畜産の分野を重点領域に位置づける。これらに続いて今年7月には地域産業の情報セキュリティなどのリスク管理サービスを手がけるNTTリスクマネージャーを立ち上げている(図2参照)。
地域産業を振興する事業会社を先行して立ち上げ、経済活動によって発生した通信トラフィックをNTT東日本の分散型ネットワークで支え、ITやAIを駆使したデータ分析を起点に競争力を高めて産業を一段と発展させる。このアプローチが、澁谷社長が考える地域社会全体でイノベーションを起す「ソーシャルイノベーション」であり、NTT東日本の新しい収益の基盤となる。売上高全体のうち固定電話を中心とする既存事業の構成比を25年度までに半分以下にし、新規領域を過半数に持っていくことを目指す。
NTT東日本 澁谷直樹社長
西日本発で世界市場に進出
一方、NTT西日本の森林社長は、直近までNTTグループの海外事業の一翼を担うNTTリミテッドの社長を務めるなど欧州に長く滞在したキャリアを持つ。NTTリミテッドはNTTコミュニケーションズの海外事業と、南アフリカにルーツを持つ旧ディメンション・データを統合して発足した会社で、「NTTグループの現地法人とは異なる企業文化を持つことから、仕事の進め方などの勉強になった」と森林社長は話す。
NTT西日本 森林正彰社長
海外事業の担当が長いため、欧米のIT企業との交流経験も多く、国内外の企業との連携を通じて「新領域ビジネスの海外展開にも積極的に取り組んでいく」姿勢を示している。NTT西日本もNTT東日本と同様に、従来の固定電話ビジネス以外の新領域の事業に積極的に取り組んでおり、働き方や教育、スポーツ、健康、社会インフラ・エネルギーなど10項目の重点領域を掲げて事業会社を立ち上げている。こうした新領域を中心に「西日本発、世界へビジネスを広げる」活動に力を入れる。
新領域では、19年のドローンによるインフラ点検サービスを手がけるジャパン・インフラ・ウェイマークを足掛かりに、寝具に取り付けた睡眠センサーによって体調不良の早期発見や健康促進につなげるサービスを手がけるNTTパラヴィータを、パラマウントベッドと合弁で設立。また、学校向けの電子教科書の配信サービスなどを展開するNTTエディックスは21年10月に、大日本印刷やNTT東日本との合弁でスタートし、NTT東西連携による全国展開を進めている。
今年3月には西日本発のビジネス共創拠点をキャッチコピーに、オープンイノベーション施設「QUINTBRIDGE(クイントブリッジ)」を開設。新しく事業を起こす企業やスタートアップ企業、大学、自治体との共創を推進している。並行して西日本を中心とした30府県で、まちづくりや林業、観光、農業といった36分野で新しい事業の創出に向けたプロジェクトを手がけている。森林社長は「海外企業との連携も視野に、世界市場に出て行きたい」と抱負を語る。
NTT西日本グループのNTTソルマーレが05年から手がけている国内最大級の電子コミック配信サービス「コミックシーモア」(月間利用者数3500万人)や、前述のNTTパラヴィータは、「海外展開しやすい事業」(森林社長)と位置づける。コミックシーモアについては海外のパートナー企業との協業など「具体的な契約や成果を今年度中に出せるように努めたい」とスピード感をもって臨む構え。NTT西日本の昨年度(22年3月期)売上高に占める新領域の比率は2割余りだが、25年度には5割程度を目指す。