新型コロナウイルスの感染拡大を機に、多くの人の在宅時間が増えたことで、動画配信サービスやEコマースなどWebサービスの利用が大幅に拡大した。ビジネスにおいても、SaaSをはじめとしたクラウドサービスの利用が加速し、インターネット上のトラフィックは急増している。その中で重要性が見直されているのが、コンテンツを高速・低遅延で配信するCDN(コンテンツデリバリーネットワーク)だ。CDNベンダー各社は、コンテンツの配信に加え、セキュリティやエッジコンピューティングなどの機能の拡充にも注力し、顧客獲得を進めている。
(取材・文/大畑直悠、岩田晃久)
コロナ禍で需要が拡大
CDNは「オリジンサーバー」に格納した元のコンテンツを、地理的に分散させた「キャッシュサーバー」にコピーして一時保存し、エンドユーザーから一番近いキャッシュサーバーから配信することによって、大量のアクセスや大容量の転送が発生してもオリジンサーバーをダウンさせない技術だ。大手CDNベンダーは大規模なネットワークをグローバルに構築しており、エンドユーザーがどこにいても、高速・低遅延でコンテンツを配信できる仕組みを構築している。
コロナ禍における外出制限などの影響からゲームや動画配信サービス、EコマースといったWebサービスの利用が増えたことで、それらのサービスを提供する企業のビジネスは成長傾向にある。彼らは、競合サービスへの顧客流出を防ぐためにも安定した配信やサイトのレスポンスの高速化を求めており、結果として、CDNの利用も加速しているという。
CDN以外の機能で差別化
CDNは差別化が図りにくいサービスということもあり、CDNベンダーはセキュリティやエッジコンピューティングといった機能の拡充に注力し、競合他社との差別化を進めている。
セキュリティ機能としては、従来からWAF(Webアプリケーションファイアウォール)やDDoS攻撃対策サービスを提供してきたが、最近は、SASE(Secure Access Service Edge)などゼロトラストを実現するソリューションに力を入れるベンダーも出てきている。
加えて、もともとエンドユーザーに近い位置にキャッシュサーバーを持つCDN事業者は、その機能を強化させ、エッジコンピューティングにも力を入れており、アプリケーション開発プラットフォームなどを提供している。自社のインターネットインフラを中心に他社とのアライアンスを強化させ、開発プラットフォームとしての機能充実を図る動きも活発化している。
アカマイ・テクノロジーズ
豊富なセキュリティサービスを展開
老舗CDNベンダーの米Akamai Technologies(アカマイ)は、国内でも多くの企業に利用されており、CDN市場をけん引してきた存在だ。現在では豊富なセキュリティサービスを展開しており、グローバルの売上高では、セキュリティが約40%を占めるまで成長している。エッジコンピューティングなどを含むコンピューティング事業の強化も図っており、「デリバリー」「セキュリティ」「コンピュート」の3事業でインターネット上のさまざまな課題を解決する企業を目指している。
同社のCDNは大手企業が利用するケースが多いのが特徴として挙げられる。例えば、今月開幕するサッカーワールドカップでは、ネットテレビの「ABEMA(アベマ)」が全試合をライブ配信する。膨大な視聴が想定されるこの配信では、アカマイのCDNが活用されることが発表されている。
アカマイ・テクノロジーズ 中西一博 プロダクト・マーケティング・マネージャー
セキュリティサービスも同社の強みの一つだ。最近では、WAFを機能拡張し、DDoS防御、ボット管理、API保護の機能を追加した「WAAP(Web Application and API Protection)」という新たなソリューションを提案しており、WAAPサービスの「App&API Protector」の提供を開始した。APIサーバーへの攻撃が増加しており、Webアプリケーション全体を守るには、従来のWAFでは難しくなってきているため、WAAPの重要性を訴求している。同社マーケティング本部の中西一博・プロダクト・マーケティング・マネージャーは「今後は、WAFからWAAPへの流れが加速する」と展望する。
そのほかにも、マイクロセグメンテーションやセキュアWebゲートウェイなどゼロトラストを実現するためのサービスや、ボット対策など幅広いセキュリティ機能を提供している。中西プロダクト・マーケティング・マネージャーは「最近は、CDNからではなくセキュリティから当社のソリューションを利用するユーザーも増えている。これからもセキュリティは重要な競争軸となる」とみる。
コンピューティング事業には大きな成長を期待しているという。2022年2月に米Linode(リノード)を買収、クラウドコンピューティング開発者向けサービス「Linode」を製品ラインアップに追加。既に国内企業での活用事例も生まれているという。今後は、既存のサービスとLinodeを組み合わせた「分散型コンピューティングプラットフォーム」の開発も進めていくとしている。
CDNとセキュリティにおいては、既にパートナーと強固な関係を築いている。中西プロダクト・マーケティング・マネージャーは「戦略を大きく変更することはない。パートナーが必要とする部分を補充しながら顧客開拓を進める」。一方でコンピューティングでは、「エコシステムの構築をはじめ既存のパートナーシップとは違うリレーションシップを築いていく必要があるため、現在、米国本社を主導に検討を進めている」と話す。
ファストリー
設定の即時性・柔軟性を訴求
米Fastly(ファストリー)のCDNは、顧客がリアルタイムで設定を変更できる即時性と柔軟性を強みとする。日本法人の松田未央・チャンネルパートナーシップAPACディレクターは「CDN業界ではキャッシュサーバーに一度保存してしまうと、それをコントロールすることが難しいという課題があったが、ファストリーのCDNでは150ミリ秒でコンテンツを削除したり、迅速に設定を変更したりできる」と説明する。
ファストリー 松田未央 チャンネルパートナーシップAPACディレクター
アクセスログをリアルタイムで収集し、Webアプリケーションの利用状況を常に分析・把握できる機能も搭載する。松田ディレクターは「これまでもリクエストがどれくらいきているかなど、配信のスムーズさに関する情報は提供していたが、顧客がより欲しがっている情報をいつでも取れるようにし、オブザーバビリティ(可観測性)を高められるよう力を入れていく方針だ」と述べる。
販売チャネルについては、他のITサービスと組み合わせて提案するパートナーも多いという。松田ディレクターは「顧客に対し、CDNも含めたトータルソリューションを提供したいというベンダーと強固なパートナーシップを結んでいる」と自信を示す。
また、国産パブリッククラウドの場合、CDNを提供しているケースが少ないため、国産パブリッククラウドを導入する際に、同社のCDNを採用するケースも増えつつあるとしている。
パートナーに対する支援としては「ネットワークやセキュリティなど、分野ごとに得意としていることが違うパートナーがいるため、足りない技術を取得できるトレーニングを実施しているほか、商談に同席するなどしている」と語る。
セキュリティ面では、エッジにもデプロイ可能な「次世代WAF」や、今年7月にボット対策などを提供する米HUMAN Securityとのパートナーシップを締結し、ボット対策および詐欺・アカウント不正利用防止サービスなどを提供。松田ディレクターは「当社が持っていないソリューションを提供する企業との提携を積極的に進めている」と話す。
クラウドフレア・ジャパン
総合クラウドプロバイダーを目指す
20年7月に米Cloudflareの日本法人として設立したクラウドフレア・ジャパンでは、今年1月に佐藤知成氏が新社長に就任した。佐藤社長は「日本法人の設立によって、ユーザーやパートナーにフットワークの良い支援を提供できるようになった。これからより日本市場を盛り立てていく」と語る。米本社は、日本を重要なマーケットと位置づけているといい、「これまでマーケティングなどの戦略は本社が立てていたが、今後は、国内市場のマーケティングは日本法人が主体となって進める」とし、ブランディング強化やパートナー獲得に注力するとした。
クラウドフレア・ジャパン 佐藤知成 社長
同社のCDNは、世界275カ所にデータセンターを分散させた最大規模のインフラと、そのすべてのデータセンターに同じ機能を持たせることで、世界中どこにいても均一なサービスが提供できる点が特徴だ。加えて、無料プランのサービスも提供しており、顧客層は大手からスタートアップまで多岐にわたる。
エッジコンピューティングの分野では、開発者がインフラを設定・管理することなくアプリを構築・拡張できるサーバーレスコンピューティングプラットフォーム「Cloudflare Workers」などを提供する。今年9月にはCloudflare Workersと統合可能なオブジェクトストレージ「Cloudflare R2 Storage」を発売した。佐藤社長は「これによりすべての開発がクラウドフレア単体でできる環境が整った」と説明する。セキュリティ面でもWAFやSASEなどのラインアップを拡充。事業をCDN単体ではなく、プラットフォーマーとしての複合的なビジネスにつなげていく考えだ。佐藤社長は「これから総合クラウドプロバイダーとして位置づけられてくるだろう」と意気込む。
パートナー戦略については、「これまでリテラシーの高い顧客が独自にスキルを習得し(CDNを)導入していくケースが多かったが、大手企業の開拓には、パートナーの存在が不可欠になる。今後は大手SIerとの密な関係を構築する」(佐藤社長)。パートナーへの支援として、確実に収益を出せる仕組みや技術者を育成するプログラムを用意しているとした。
加えて、他社とのアライアンス構築についても「一丁目一番地の問題」と述べ、力を入れる考え。一例として「通信キャリア事業者は競合とも見られがちだが、インターネットでできないところは、通信キャリア事業者の設備を利用するなどして、新しい事業を立ち上げられるよう、現在、話を始めている」と紹介する。