Special Feature
ベネッセホールディングスのデジタル変革、スタートアップ9社と協業を推進
2023/01/26 09:00
週刊BCN 2023年01月23日vol.1954掲載
ベネッセホールディングス(ベネッセHD)は、スタートアップ企業との資本業務提携を通じて最新のデジタル技術を導入し、自社の教育・介護サービスのデジタル変革を推し進めている。同社が運用する投資基金「Benesse Digital Innovation Fund(ベネッセデジタルイノベーションファンド=DIF)」を通じた提携先は、2022年末には計9社に増えた。DXに強みを持つSIerをはじめ、プログラマー育成サービス、SNSを活用したマーケティング、最先端の音声処理技術などデジタル変革に役立つスタートアップ企業を中心に、ベネッセHDが数%から15%程度を出資。スピード感をもって互いの事業で相乗効果を高めている。
(取材・文/安藤章司)
ショートムービー型SNSのなかにあって、TikTokはとくに10代の利用率が6割を超えるなど若年層に人気。多くのクリエーターの表現の場となっており、Nateeは、こうしたクリエーターとの共創型マーケティングに強みを持っている点にベネッセHDは着目した。今後は、Nateeのショートムービー・クリエーターの育成ノウハウとベネッセHDグループの教育事業を組み合わせることで、クリエータースクールの事業を展開することも視野に入れるという。
ベネッセHDのような伝統的な企業にとって、最新のデジタル技術を自社のビジネスに導入して、既存のビジネスを変革したり、新しいビジネスを立ち上げるには▽社内でデジタル人材を育成する▽自社に有用な技術やノウハウを持つ外部企業を買収する▽有望なスタートアップ企業と資本業務提携する──の主に三つが必要な要素だが、「資本業務提携によるスタートアップ企業との協業は、スピード感をもってデジタル変革を推進しやすい」と、DIF事業を担当するベネッセHDのDXコンサルティング部の中村潤平氏は話す。
ベネッセホールディングス DXコンサルティング部 中村潤平氏
外部企業を完全に買収するには先方企業との調整や資産査定などに時間がかかる可能性が高く、社内でデジタル人材を採用・育成するにはさらに多くの時間が必要となる。少数出資の資本業務提携であれば、資金調達を重視しつつ独立性を保ちたいスタートアップ企業側も受け入れやすく、スピーディーに協業を進めやすくなる。出資する側も身銭を切ることで、中途半端な協業で終わらせられないという緊張感が出てくる。
シリーズNは事業会社とスタートアップ企業のビジネスの相乗効果の実現を狙いにしている。シリーズNに参加できるのは、ベネッセHDのような資本力のある事業会社、あるいはコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)と呼ばれる自社の事業と関連性のある分野に投資するケースに限られる。シリーズNを始めてわずか数カ月で事業会社/CVCの参加社数はベネッセHDを含めて100社、スタートアップ企業の参加社数は200社余りとなった。
アルサーガパートナーズ 新規事業開発部 杉中勇輝 部長
シリーズNを運営するアルサーガパートナーズ自身、16年に設立された比較的新しいスタートアップ企業で、既存の大企業のDXに焦点を当てたコンサルティングやシステム構築を強みとするSIerだ。「スタートアップ企業の事情もよく分かるし、大企業のDX需要にも精通していることから、双方の強みをうまく組み合わせた支援ができる」(シリーズNを担当する杉中勇輝・新規事業開発部部長)ことが評価され、参加社数の増加につながった。
ベネッセHDとの関係で見ると、アルサーガパートナーズは、DXコンサルティングに強いSIerとしてベネッセHDに助言や提案をする立場であるとともに、ベネッセHDの経営戦略やDX戦略を熟知していることから、シリーズNに参加しているスタートアップ企業がベネッセHDとマッチングしやすいよう手助けをする立場でもある。ベネッセHDがどのようなデジタル技術を求めていて、新規性が高いがゆえに難解であることが多いスタートアップ企業が持つ技術をどのようにベネッセHDに提案すれば出資を引き出せるのか、的確な助言を行うことでスムーズなマッチングが可能になるという。
コロナ禍を経て、個人学習や企業研修などオンライン教育サービスの需要が高まっており、オンライン教育と親和性の高いスタートアップ企業との協業によって、新しいオンライン教育サービスの開発に弾みをつける。ベネッセHDは、米Udemy(ユーデミー)と提携してオンライン教育プラットフォーム日本版「Udemy」を展開するなどオンライン教育に力を入れており、国内スタートアップ企業が持つオンライン教育に関する技術やノウハウを活用するメリットは大きい。教育系スタートアップ企業にとってもベネッセHDの知名度や販売網は大きな魅力となる。
先進技術を持つHmcommについては、産総研発の音声認識やデータ活用技術を、「当社の教育や介護サービスに応用できる」と、ベネッセHDの中村氏は話す。例えば介護用のベッドにセンサーを取り付け、利用者の状態を把握するといったデータの取得までは自前でできるが、「先進的なデータ分析の手法やAIエンジンを駆使し、より高度な知見や洞察を得るにはHmcommが持つ技術を応用したほうが短期間で成果を出せる」と見ている。自社で培ってきた技術やノウハウに、スタートアップ企業ならではの視点や発想、技術力を加えて、スピード感をもって既存事業のデジタル変革を推進する。Conclusion
資金力に乏しいスタートアップ企業にとって、事業スピードは何よりも重要だ。資金的な余力があり、既存事業の強力な販売チャネルを持つ大企業との提携は魅力的だが、事業のスピードに対する捉え方の違いから、うまく噛み合わないケースが散見される。大企業の事業速度に合わせていては、スタートアップ企業は体力が持たず時間切れになってしまう。
ベネッセHDのDIFやアルサーガパートナーズのシリーズNは、大企業とスタートアップ企業のミスマッチやスピード感の差を埋める役割を果たしている。互いの事業戦略や先進技術、ノウハウ、販路、資金をうまく組み合わせており、スピード感をもってビジネスを変革する事例と言えそうだ。
(取材・文/安藤章司)

基金を立ち上げて提携を加速
ベネッセHDはスタートアップ企業向けの投資基金「DIF」を21年11月に立ち上げ、わずか1年余りで計9社と資本業務提携を結んでいる。直近の22年12月に資本業務提携を行ったのは、若者に人気のTikTokをはじめとしたショートムービーに特化したクリエイター共創型マーケティング事業を展開するNatee(ナティ)。ベネッセHDでは、とりわけ中高生との接点を拡大し、学習意欲を高めるにはショートムービーの人気クリエーターの存在が重要だと判断したことが提携の背景に挙げられる。ショートムービー型SNSのなかにあって、TikTokはとくに10代の利用率が6割を超えるなど若年層に人気。多くのクリエーターの表現の場となっており、Nateeは、こうしたクリエーターとの共創型マーケティングに強みを持っている点にベネッセHDは着目した。今後は、Nateeのショートムービー・クリエーターの育成ノウハウとベネッセHDグループの教育事業を組み合わせることで、クリエータースクールの事業を展開することも視野に入れるという。
ベネッセHDのような伝統的な企業にとって、最新のデジタル技術を自社のビジネスに導入して、既存のビジネスを変革したり、新しいビジネスを立ち上げるには▽社内でデジタル人材を育成する▽自社に有用な技術やノウハウを持つ外部企業を買収する▽有望なスタートアップ企業と資本業務提携する──の主に三つが必要な要素だが、「資本業務提携によるスタートアップ企業との協業は、スピード感をもってデジタル変革を推進しやすい」と、DIF事業を担当するベネッセHDのDXコンサルティング部の中村潤平氏は話す。
外部企業を完全に買収するには先方企業との調整や資産査定などに時間がかかる可能性が高く、社内でデジタル人材を採用・育成するにはさらに多くの時間が必要となる。少数出資の資本業務提携であれば、資金調達を重視しつつ独立性を保ちたいスタートアップ企業側も受け入れやすく、スピーディーに協業を進めやすくなる。出資する側も身銭を切ることで、中途半端な協業で終わらせられないという緊張感が出てくる。
マッチング支援に300社が集う
スタートアップ企業への出資を希望する事業会社は、自社のデジタル変革に見合ったスタートアップ企業と出会う機会をいかに増やすかがポイントとなる。また、スタートアップ側は出資企業の事業計画を深く理解し、出資を促すような提案をすることが求められる。DIFの出資先の1社であるSIerのアルサーガパートナーズは、出資を希望する事業会社とスタートアップ企業をマッチングする資本業務提携の支援サービス「シリーズN」を22年9月に立ち上げた。シリーズNは事業会社とスタートアップ企業のビジネスの相乗効果の実現を狙いにしている。シリーズNに参加できるのは、ベネッセHDのような資本力のある事業会社、あるいはコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)と呼ばれる自社の事業と関連性のある分野に投資するケースに限られる。シリーズNを始めてわずか数カ月で事業会社/CVCの参加社数はベネッセHDを含めて100社、スタートアップ企業の参加社数は200社余りとなった。
シリーズNを運営するアルサーガパートナーズ自身、16年に設立された比較的新しいスタートアップ企業で、既存の大企業のDXに焦点を当てたコンサルティングやシステム構築を強みとするSIerだ。「スタートアップ企業の事情もよく分かるし、大企業のDX需要にも精通していることから、双方の強みをうまく組み合わせた支援ができる」(シリーズNを担当する杉中勇輝・新規事業開発部部長)ことが評価され、参加社数の増加につながった。
ベネッセHDとの関係で見ると、アルサーガパートナーズは、DXコンサルティングに強いSIerとしてベネッセHDに助言や提案をする立場であるとともに、ベネッセHDの経営戦略やDX戦略を熟知していることから、シリーズNに参加しているスタートアップ企業がベネッセHDとマッチングしやすいよう手助けをする立場でもある。ベネッセHDがどのようなデジタル技術を求めていて、新規性が高いがゆえに難解であることが多いスタートアップ企業が持つ技術をどのようにベネッセHDに提案すれば出資を引き出せるのか、的確な助言を行うことでスムーズなマッチングが可能になるという。
教育や先進技術の領域を軸に
DIFの他の出資先を見ると、シリコンバレー式のエンジニア養成スクール「Code Chrysalis(コードクリサリス)」を運営するCode Chrysalis Japan、ITエンジニア向け就職/転職、学習支援プラットフォーム「paiza(パイザ)」を手掛けるpaiza、複業(副業)で先生をしたい多様な民間人材と学校をつなぐ教育特化型の複業案件プラットフォーム「複業先生」を運営するLX DESIGN(エルエックスデザイン)など、ベネッセHDの教育サービスと親和性が高い領域。産業技術総合研究所(産総研)発のスタートアップ企業として、独自の音声処理技術の研究開発を手掛けるHmcomm(エイチエムコム)など先進技術の領域が挙げられる(図参照)。
コロナ禍を経て、個人学習や企業研修などオンライン教育サービスの需要が高まっており、オンライン教育と親和性の高いスタートアップ企業との協業によって、新しいオンライン教育サービスの開発に弾みをつける。ベネッセHDは、米Udemy(ユーデミー)と提携してオンライン教育プラットフォーム日本版「Udemy」を展開するなどオンライン教育に力を入れており、国内スタートアップ企業が持つオンライン教育に関する技術やノウハウを活用するメリットは大きい。教育系スタートアップ企業にとってもベネッセHDの知名度や販売網は大きな魅力となる。
先進技術を持つHmcommについては、産総研発の音声認識やデータ活用技術を、「当社の教育や介護サービスに応用できる」と、ベネッセHDの中村氏は話す。例えば介護用のベッドにセンサーを取り付け、利用者の状態を把握するといったデータの取得までは自前でできるが、「先進的なデータ分析の手法やAIエンジンを駆使し、より高度な知見や洞察を得るにはHmcommが持つ技術を応用したほうが短期間で成果を出せる」と見ている。自社で培ってきた技術やノウハウに、スタートアップ企業ならではの視点や発想、技術力を加えて、スピード感をもって既存事業のデジタル変革を推進する。
Conclusion
スタートアップとの協業はスピードが何より重要
資金力に乏しいスタートアップ企業にとって、事業スピードは何よりも重要だ。資金的な余力があり、既存事業の強力な販売チャネルを持つ大企業との提携は魅力的だが、事業のスピードに対する捉え方の違いから、うまく噛み合わないケースが散見される。大企業の事業速度に合わせていては、スタートアップ企業は体力が持たず時間切れになってしまう。ベネッセHDのDIFやアルサーガパートナーズのシリーズNは、大企業とスタートアップ企業のミスマッチやスピード感の差を埋める役割を果たしている。互いの事業戦略や先進技術、ノウハウ、販路、資金をうまく組み合わせており、スピード感をもってビジネスを変革する事例と言えそうだ。
ベネッセホールディングス(ベネッセHD)は、スタートアップ企業との資本業務提携を通じて最新のデジタル技術を導入し、自社の教育・介護サービスのデジタル変革を推し進めている。同社が運用する投資基金「Benesse Digital Innovation Fund(ベネッセデジタルイノベーションファンド=DIF)」を通じた提携先は、2022年末には計9社に増えた。DXに強みを持つSIerをはじめ、プログラマー育成サービス、SNSを活用したマーケティング、最先端の音声処理技術などデジタル変革に役立つスタートアップ企業を中心に、ベネッセHDが数%から15%程度を出資。スピード感をもって互いの事業で相乗効果を高めている。
(取材・文/安藤章司)
ショートムービー型SNSのなかにあって、TikTokはとくに10代の利用率が6割を超えるなど若年層に人気。多くのクリエーターの表現の場となっており、Nateeは、こうしたクリエーターとの共創型マーケティングに強みを持っている点にベネッセHDは着目した。今後は、Nateeのショートムービー・クリエーターの育成ノウハウとベネッセHDグループの教育事業を組み合わせることで、クリエータースクールの事業を展開することも視野に入れるという。
ベネッセHDのような伝統的な企業にとって、最新のデジタル技術を自社のビジネスに導入して、既存のビジネスを変革したり、新しいビジネスを立ち上げるには▽社内でデジタル人材を育成する▽自社に有用な技術やノウハウを持つ外部企業を買収する▽有望なスタートアップ企業と資本業務提携する──の主に三つが必要な要素だが、「資本業務提携によるスタートアップ企業との協業は、スピード感をもってデジタル変革を推進しやすい」と、DIF事業を担当するベネッセHDのDXコンサルティング部の中村潤平氏は話す。
ベネッセホールディングス DXコンサルティング部 中村潤平氏
外部企業を完全に買収するには先方企業との調整や資産査定などに時間がかかる可能性が高く、社内でデジタル人材を採用・育成するにはさらに多くの時間が必要となる。少数出資の資本業務提携であれば、資金調達を重視しつつ独立性を保ちたいスタートアップ企業側も受け入れやすく、スピーディーに協業を進めやすくなる。出資する側も身銭を切ることで、中途半端な協業で終わらせられないという緊張感が出てくる。
(取材・文/安藤章司)

基金を立ち上げて提携を加速
ベネッセHDはスタートアップ企業向けの投資基金「DIF」を21年11月に立ち上げ、わずか1年余りで計9社と資本業務提携を結んでいる。直近の22年12月に資本業務提携を行ったのは、若者に人気のTikTokをはじめとしたショートムービーに特化したクリエイター共創型マーケティング事業を展開するNatee(ナティ)。ベネッセHDでは、とりわけ中高生との接点を拡大し、学習意欲を高めるにはショートムービーの人気クリエーターの存在が重要だと判断したことが提携の背景に挙げられる。ショートムービー型SNSのなかにあって、TikTokはとくに10代の利用率が6割を超えるなど若年層に人気。多くのクリエーターの表現の場となっており、Nateeは、こうしたクリエーターとの共創型マーケティングに強みを持っている点にベネッセHDは着目した。今後は、Nateeのショートムービー・クリエーターの育成ノウハウとベネッセHDグループの教育事業を組み合わせることで、クリエータースクールの事業を展開することも視野に入れるという。
ベネッセHDのような伝統的な企業にとって、最新のデジタル技術を自社のビジネスに導入して、既存のビジネスを変革したり、新しいビジネスを立ち上げるには▽社内でデジタル人材を育成する▽自社に有用な技術やノウハウを持つ外部企業を買収する▽有望なスタートアップ企業と資本業務提携する──の主に三つが必要な要素だが、「資本業務提携によるスタートアップ企業との協業は、スピード感をもってデジタル変革を推進しやすい」と、DIF事業を担当するベネッセHDのDXコンサルティング部の中村潤平氏は話す。
外部企業を完全に買収するには先方企業との調整や資産査定などに時間がかかる可能性が高く、社内でデジタル人材を採用・育成するにはさらに多くの時間が必要となる。少数出資の資本業務提携であれば、資金調達を重視しつつ独立性を保ちたいスタートアップ企業側も受け入れやすく、スピーディーに協業を進めやすくなる。出資する側も身銭を切ることで、中途半端な協業で終わらせられないという緊張感が出てくる。
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- マッチング支援に300社が集う
- 教育や先進技術の領域を軸に
- Conclusion スタートアップとの協業はスピードが何より重要
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