企業ブランディングへの投資を拡大するITベンダーが増えている。直接的な製品やソリューションのPRではなく、企業自体の知名度向上にこれまでよりも力を注ぐのはなぜなのか。近年、印象的なテレビCMを放映したSCSK、TISインテックグループ、キヤノンマーケティングジャパンの3社に取材した。
(取材・文/大向琴音)
SCSK
刺激的なコピーで知名度を上げる
「無いぞ、知名度。SCSK」――。この刺激的なキャッチコピーで、昨年4月からテレビCMを放映したSCSK。その背景には、受託開発から自社のソリューションで社会課題を解決するという、ビジネスの転換があった。
SCSKの大友秀晃部長(右)、清水一政副部長
同社では、「2030年共創ITカンパニー」の実現を見据えている。そのためには、これまでのようなIT部門への提案だけでなく、経営層やIT業界以外のパートナーも巻き込んでプロジェクトを進められるようにならなければならない。企業認知度の向上は共創の土台として、なくてはならない要素だ。しかし、B2BのIT企業はB2Cの企業と比べると露出機会が少なく、認知度は低くなる傾向がある。そこで、SCSKという企業を認知していない層へのアプローチとして、テレビCMの放送という方法を選んだ。同社広報部の大友秀晃・部長は、「企業自体が信頼を高められれば、販管費はかかるが、トータルで見ると営業コストは下がると考えている」と話す。
制作にあたって意識したのは、「SCSKがIT企業だと知ってもらうこと」。なるべく情報量は絞り込み、シンプルかつキャッチーなCMを目指した。CMが得意とするのは、企業認知の中でも社名の認知、つまり知名度向上の部分だ。同社がどのような企業であるかを知ってもらう前に、まず名前を知ってもらい、興味を持ってもらうという根本的な部分を目標とした。広報部の清水一政・副部長は、「IT業界の人たちや、当社を知っている人たちからは『今さらどうしてCMを流すのか』という意見もあったが、今後のビジネス共創を見据えて、あくまでわれわれのことを知らないビジネスパーソンたちへのリーチを狙った」と述べた。
女優の今田美桜さんが出演したのは、この目標やキャッチコピーに対して嫌みがなく、成長し続ける勢いがあったからだという。 ゴールデンウィーク前後、お盆前後、年末年始と、テレビの視聴者が多い時期を狙って放映。同社の調査により、認知度向上の結果が確認されている。そのほか、社内エンゲージメントにも上昇傾向がみられるという。
今は認知度の向上が第一優先となっているが、新たなビジネス創出の実績が出てきたら、事業認知度が上がるようなCMにも取り組みたいとした。CMの放映によるブランド力の向上が社員のやる気を生み、社員のやる気がアウトプットの品質向上と組織やビジネスの変革につながり、実績に裏付けられてブランド力が上がる。ブランディング活動によってこのようなスパイラルを生み出すのが理想だという。
TISインテックグループ
CM継続により「いつも身近」なイメージを醸成
TISインテックグループでは、テレビCMを20年2月より放映している。コミカルに描かれた「ランプの魔人」が目を引くこのCMシリーズは継続して放映されており、22年11月には新CMを2本同時に発表した。CMを利用した精力的なブランディングに取り組む理由は、17年に策定した「グループビジョン2026」にある。ビジョンの中では「高い知名度を誇り、お客様、社会、従業員、全ての人たちから選ばれる企業グループとなっている」という目標を掲げており、テレビCMはその実現に向けた施策となっている。
同社でも、受託型からサービス型へビジネスを転換し、広く社会課題の解決に貢献する企業への変革を目指している。それまでの直接の取引先だったユーザー企業の情報システム部門だけでなく、事業部門にもTISインテックグループを知ってもらうため、広くリーチする方法としてテレビCMが適していたという。
TIS 小川和寿 部長
願いをかなえる存在として知られるランプの魔人をCMのイメージキャラクターとしたのには、「ITで、社会の願い叶えよう」というブランドメッセージを直感的に伝える意図があり、真面目なトーンではなくコミカルに描くことで、キャッチーで記憶に残るようなCMを目指した。「情報過多の中では、広告を続けないと視聴者にはすぐに忘れ去られてしまう。継続してCMを流すことで当社のことをリマインドし、いつも身近にあるという感覚を持ってもらいたい」(TIS企画本部コーポレートコミュニケーション部の小川和寿・部長)。親しみや温かみが感じられるようにすることで、競合他社との差異化も図った。
ブランディングの効果は数値に現れてきており、テレビCM放映前、同社はビジネスパーソンの20%弱にしか知られていなかったが、現在は65%超まで上がってきている。競合他社と比較したときの同社のポジションにも、良い効果が出てきているという。さらに、採用に関しては年々応募数が増加。社員の自社に対する意欲や帰属意識についても良い方向の変化が起こってきた。
TIS 芦川立身 エキスパート
ただ、現在はまだブランディングの道半ばという認識で、ブランド認知度向上のフェーズから、ブランド理解へシフトしつつあるところだという。「選び続けてもらうためには、企業姿勢に共感してもらうことが必要だ」(同部の芦川立身・エキスパート)。構想段階ではあるが、次のステップについても検討を重ねている。近いうちにまた新たなCMが発表される予定だ。
キヤノンマーケティングジャパン
ハードだけではない業容の認知を
キヤノンマーケティングジャパンは昨年4月から、「DO YOU KNOW Canon ICT?」の語りかけから始まるテレビCMを放映している。2025年ビジョンである「社会・お客様の課題をICTと人の力で解決するプロフェッショナルな企業グループ」を目指す中で、カメラやプリンタといったイメージング製品にとどまらない同社の業容を知ってもらおうとの意図があった。
同社は、長年培ってきたキヤノンの製品事業の知見とITソリューション事業を組み合わせて、企業や社会の課題に対して解決できる領域を広げていくことを目指している。06年にキヤノン販売からキヤノンマーケティングジャパンへと社名を変更した際、いわゆる“箱売り”から顧客と共に課題を解決していくビジネスへと、事業の変革を打ち出した。だが、キヤノンと言えばプリンタ、複合機などオフィスに関連するハードウェアのイメージがまだまだ強い。25年ビジョンと合わせて、同社の新たな姿を広くアピールする手段として、テレビCMという方法を選び、提供している番組の中でビジネスパーソンへのリーチを目指した。
キヤノンマーケティングジャパン
北島由美子 部長
CMを作る上では、会社規模に関わらず、どんな人が見ても「自分ごととして」受け止められるような内容にすることを意識した。ビジョンを実現するためには、顧客からITに関して最初に相談されるような企業にならなければならないからだ。「当社の調査によれば、社名認知度・業容認知度と相談の意向には相関関係があることが分かった。キヤノンマーケティングジャパンを知っていただくことで、当社に相談したいと思ってもらえる。そのため今回は業容を伝えられる内容にした」(ブランドコミュニケーション本部メディア戦略部の北島由美子・部長)。CMに登場する、女優の市川実日子さんが演じる「Canonさん」のキャラクターには、あきらめず、顧客と共に課題を解決していきたいとの思いを込めている。
ブランディングには時間がかかるため、CMを打ったからといってすぐに定量的な結果が出るわけではないが、テレビCM放映を経て、同社がITソリューションに力を入れていることが分かったとの声や、今までの印象が変わったとの声が寄せられた。また、顧客以外のステークホルダーからも、クリエイティブな面で反響があったという。
今後もテレビCMに限らずブランディングに取り組んでいく。数十秒のCMでは事業の細部を伝えることはできないため、テレビCMは同社の事業に関心をもってもらうための入り口とし、具体的な事業内容についてはその他のPR手段を通じて理解を促したいとした。
今回取材した3社はいずれも、目指す新たな企業像を明確に定め、実現のために、テレビCMをはじめとした企業ブランディング活動に投資の必要性を見出した。
DXの波が押し寄せてIT市場の構造が大きく変化しつつある近年、企業ビジョンをあらためて策定し、事業の変革を図ろうとするベンダーは多い。IT業界での企業ブランディングの取り組みがさらに活発化することが予想される。