多くのSaaS企業はパートナービジネスに課題を抱えており、「受注につながっていない」「解決策がわからない」などの声を聞く。そうした中、パートナービジネスを成長の原動力としているSaaS企業がある。グループウェアなどの製品の開発・販売・運用を手掛けるサイボウズだ。同社のパートナービジネスの現状と成功要因を考察する。
(取材・文/袖山 俊夫 編集/齋藤秀平)
一緒にビジネスを広げていく
サイボウズの連結売上高は、右肩上がりを維持している。2022年12月期通期の売上高は220億6700万円(前期比19.4%増)で、10年前と比較すると4倍以上となっている。売上高の拡大をけん引しているのはクラウド事業だ。クラウドの売上高は186億4900万円(同23.8%増)で、売上構成比では84.5%を占めている。プロダクト別では、ノーコード/ローコードツール「kintone」の躍進ぶりが目立っており、売上高は104億1400万円(同32.4%増)と初めて100億円を突破。導入社数は3万社を超えている。
好調の要因について、執行役員の玉田一己・営業本部長は「最も注力しているkintoneの売上拡大が大きい。コロナ禍において、専門知識がなくてもアプリケーションがつくれるツールとして一段と注目を集めた。さらに、テレビCMを中心に広告宣伝を強化したことで認知度も向上した。いろいろな要素が重なった結果だ」と分析する。
玉田一己 執行役員
多くのSaaS企業がパートナービジネスにおいて苦戦している中、同社は数少ない成功企業といえる。22年の国内のクラウド関連売上高のうち、パートナーによる販売割合は61.6%で、直販を大きく上回っている。しかも、パートナー関連の割合と売上高は年々、増加傾向にある。なぜ優れた実績を収めることができているのか。
玉田執行役員は「パートナーの戦略にいかに合わせていくかを真剣に考えている。それに、パートナービジネスに長く取り組んできている点も強みだ。新興のクラウドベンダーは、どうしても短期の実績を求めてしまい、物販に近いかたちで販売している。kintoneはかたちがないだけに、われわれがパートナーを動機付けるための提案の幅が広く、プロダクトとしての独自性がある」と説明する。パートナーからしても、コンサルティング要素を織り込むなど付加価値をつけやすいという。
22年12月時点の同社のパートナーの数は約400社。顔ぶれは多彩で、大手のITベンダーや複合機販社のほか、各地の事務機器・OAベンダーやシステム開発会社などがビジネスを展開している。さらに最近は、地方銀行や人材派遣会社など非IT系企業との協業も増えているという。
玉田執行役員は「(パートナー網は)地域的にもかなり広がってきており、どの都道府県にもパートナーが存在する。しかも、当社は地方に8拠点を構えており、パートナーの要望に対してフットワーク軽く応じることができる。いずれの拠点もパートナーと連携してクロージングすることを何よりも優先しているので、安心感を持っていただけている」と語る。
同社がパートナーに対して最も期待しているのは、一緒にビジネスを広げていくことだ。そのためにも、WinWinの関係構築を目指している。玉田執行役員は「われわれだけが大きくなっても仕方がない。パートナーにもメリットを感じてもらい、継続してビジネスを行っていけば『何かいいことがきっとある』とお互いに思えるような関係をつくり上げていくことが大切だ」と強調する。
そのためにも、取り組んでいくべきテーマはまだまだあるようだ。玉田執行役員は「今後はエンタープライズ企業をどう攻めるかが課題となってくる。売り上げの最後はパートナーと一緒につくるものの、われわれ自身の足腰も強くしていく必要がある。お客様をしっかりとグリップして、ダイレクトに提案できる営業体制にしていきたい。そのノウハウが、パートナービジネスにも生きてくると信じている」と抱負を語る。
パートナーの現場を本気にさせる
SaaS企業のうち、同社のパートナービジネスの歴史は比較的長い。「オフィシャルパートナープログラム」の立ち上げは02年にさかのぼる。当時、最も注力していたグループウェア「Garoon」をエンタープライズ向けに拡販するために、大手ITメーカーやSIerなどをパートナーに迎え入れたのが始まりだ。ただ、当時はまだパッケージ販売だけだった。
清田和敏 執行役員
Garoonである程度の売り上げをつくり、パートナー基盤を構築した同社だが、その後もパートナービジネスが順調に推移したわけではない。執行役員で営業本部の清田和敏・パートナー統括は「11年にパッケージからクラウドに転換したときが、大きな壁だった。このタイミングで(企業向けクラウド基盤の)『cybozu.com』やkintoneなどのクラウドサービスをリリースした。特に、kintoneはパートナーとのエコシステム戦略を打ち出したプロダクトだったが、反応は厳しく、どこも売ってくれなかった。なぜなら、それまでに付き合っていた主要パートナーの目的は、最終的にサーバーを販売することで、クラウドとなると、そのビジネスモデルが成り立たなくなってしまうからだ」と振り返る。また、社内的にも問題があった。当時の営業評価は売り上げ重視。営業担当からすると「クラウドでは数字が稼げない」という本音があったようだ。
それらをいかに克服したのか。清田執行役員は、同社の青野慶久社長の力が大きかったとし、「青野がパートナーミーティングなどを通じて、『クラウドを手掛けなければ当社のビジネスが立ちゆかなくなり、お客様に迷惑がかかってしまう。信じてついてきてほしい』と熱くプレゼンテーションを行った。『そこまで言うなら』と半信半疑ではあるものの、徐々に協力してくれるパートナーが現れてきた」と明かす。
ただ、パートナーの現場はすぐ動いてくれるわけではない。清田執行役員は「現場を本気にさせるためにも、できる限り常駐して関係づくりに励んだ。今でこそ経営層と現場の両方にアプローチしているが、当初から泥臭い営業活動を続けている」と述べる。
並行して、社内の意識変革も実施した。まずは若手を中心とするkintoneの直販チームを編成。1000万円規模のオンプレミス案件よりも少額ながら、kintoneの契約を獲得した担当者を褒賞することで社内の雰囲気を変えた。加えて、評価基準も販売本数を優先させたり、「いったんは売り上げが落ちてもいい」と社内外に強いメッセージを発信したりするなど、さまざまな手を打った。
「パートナービジネスが動き始めていく中で、各所からアイデアが次々と出るようになった。kintoneのリリース当初、パートナーはライセンスでしか商売ができなかった。それだけではいくら売ってももうからなかったので、『役務を絡める機能をつくろう』『カスタマイズパッケージをアドオンしサブスクリプションで扱ってみては』などの発想が生まれた」と話す。クラウドのサブスクビジネスに注目したのが、複合機販社だ。業界大手がこぞって協業を強化したことにより、プレイヤーの顔ぶれが様変わりしていったという。
その後、同社は21年1月に「オフィシャルパートナープログラム」をリニューアルした。意図や背景について、清田執行役員は「これまでは、パッケージ時代につくったパートナー制度の仕組みが色濃く残っていた。それをクラウド時代の新しい制度へと改定した」と話す。
内容面で注目されるのが、レジスタード枠の新設だ。これは、お試しパートナーの位置付けとなる。「サイボウズのビジネスを体感し、実績をつくった上でオフィシャルパートナーになってもらう。そういうステップを踏むことで、ボタンの掛け違いをなくしたい」という。加えて、新たなパートナー評価制度も導入している。「従来は売り上げが主な評価基準だったが、多様なプレイヤーにスポットライトが当たるよう、いろいろな軸でパートナー活動を評価するようにした。高い評価を得たパートナーには星が付与され、その数に応じて活動を後押しするマーケティングファンドも用意している」と説明する。既にレジスタード枠は、700~800社ほどの規模となっており、kintoneのユーザー企業も参画しているという。また、パートナーのモチベーションはより高まっており、リニューアルの効果が現れてきている。清田執行役員は「今後に向け、エンタープライズ向けのパートナー認定制度も構想中だ」と展望する。
非IT部門向けの機能開発などに焦点
技術開発の視点から見ると、kintoneはどのような機能進化を遂げてきたのか。ソリューションエンジニアリング部の萩澤佑樹・部長はこう指摘する。
萩澤佑樹 部長
「これまでの進化の変遷は、三つの期間に分けられる。最初は11年のリリースから14年ぐらいまで。ここは基本機能を充実化させた時期となる。次の15年から17年は、エコシステムの拡大を促した時期だ。プラグイン機能や外部コマンドを送れば意図するアプリがつくれる機能を実装した。18年以降は製品基盤の改善やグローバル展開が図られている。同じkintoneでも、時期によってできることがどんどん広がってきているのが特徴だ」
その都度、随時対応してきているとはいえ、現時点で技術的な課題がないわけではない。萩澤部長は「解決すべき点はいろいろある。例えば、フロントエンドには、開発当初以来の大規模なJavaScriptフレームワークが残っている。それを新たなアーキテクチャーに刷新していかなければならない。また、今後のビジネスの広がりを考えると、海外向けの言語対応も加速していく必要がある」と指摘する。
今後に向けてkintoneの開発はどう進むのか。萩澤部長は「IT部門でない人たちが、アプリ設定者となり業務を改善していけるような機能開発にフォーカスしていきたい。ノーコード/ローコードツールといっても、実際に使っているのがIT部門の人だけでは、プロダクトビジョンに沿わないからだ」とし、「そのためにも、学びやすい機能でなければならないし、IT部門から見て安全な領域でアプリがつくられていて、しっかりと運用されていると安心できる機能も必要になる」と強調。さらに「サイボウズのビジネスは、パートナーに担ってもらう領域が割とファジーに残されている。余白があるということだ。そこを考えることを楽しんでもらいたい」と期待している。