2011年3月11日の東日本大震災から13年が経過した。国内では、その後も各地で大規模な地震が起こっている。24年1月1日には能登半島地震が発生し、最大震度7を観測した石川県を中心に復旧・復興に向けた対応が続く。災害への意識が改めて高まる中、ITが大きな役割を果たしており、自治体とITベンダーが連携して防災・減災を推進する動きが注目されている。
(取材・文/大向琴音)
SAPジャパン
被災者支援の第一歩をアプリケーションで実現
能登半島地震発生後、SAPジャパンはデジタル技術を活用して避難所データを集約・可視化するアプリケーションを開発し、石川県に提供した。
避難所の情報は、県の防災情報システムのほか、自衛隊や災害派遣医療チーム「DMAT」のシステムでばらばらに管理されており、避難所の全容が把握できていない状態だった。避難者へ支援を行き渡らせるには、異なるシステムのデータを統合し、指定避難所や自主避難所、孤立集落などを含めた漏れのないデータをつくり、避難所の場所と人数をつかむ必要があった。
同社は、参画している「防災DX官民共創協議会」からの支援要請を受け、1月7日から対応に取りかかった。設計と開発には、開発プラットフォーム「SAP Business Technology Platform」を活用。1月11日に仕様を固め、翌日にサンプルを作成し、13日に実装した。アプリでは、県や自衛隊、DMATのシステムの避難所情報を収集し、正しい避難所情報の一元管理につなげているという。
SAPジャパン 吉田 彰 ストラテジスト
スピーディーにアプリを開発、提供したが、同社の吉田彰・パートナーエコシステムサクセスストラテジストは「アプリケーションはあくまで暫定措置で、被災者支援のための第一歩としてつくった。ずっと運営されていくものではない」とする。もちろん、今回だけで終わる取り組みではない。刻々と変わる被災地の状況に合わせて、ITを活用した継続的な支援に力を入れる方針だ。
同社はほかの自治体との連携にも積極姿勢で、浅井一磨・インダストリシニアアドバイザーは「防災に関する協力体制や、本当に必要なアプリケーションをいろいろな自治体の方たちと話し合ってつくっていく」とし、「データ整備や一元化(という技術の部分)はもちろん大切だが、緊急時にどう対応するべきか、どんな体制を取ってどんな対策をするべきかなどを提言していくのも重要だ」と訴える。
SAPジャパン 浅井一磨 インダストリ シニアアドバイザー
仙台市
プラットフォームを通じて官民連携で防災を推進
東日本大震災で大きな被害が出た仙台市では、自治体や企業、研究機関でつくる「仙台BOSAI-TECHイノベーションプラットフォーム」を22年2月に設立した。運営主体の市によると、ITを活用した官民連携による防災の推進が目的で、24年1月末時点で計205社・団体が参加しているという。
プラットフォームは、企業や自治体が集まる交流イベントの開催や、事業創出プログラム、実証実験などを実施。特に事業創出プログラムでは、全国の企業が参加できるプランニングコンテスト「Future Awards」を催しており、23年は、市と宮城県多賀城市が抱える実際の防災・減災課題について、テクノロジーで解決するアイデアやプランを募集した。
仙台市 久本 久 課長
仙台市経済局イノベーション推進部産業振興課の久本久・課長は「企業から技術の売り込みはあっても、実際の自治体の現場課題や防災課題、ニーズとずれていることがある。Future Awardsは“ニーズ発”なところが特徴。自治体としては、ベンダーからただ売り込まれるだけではなく、ニーズに合ったものが出来上がっていくので、導入しやすくなる」と語る。
市がプラットフォームを運営している背景の一つに、「仙台防災枠組2015-2030」がある。15年に市で開催された第3回国連防災世界会議で採択された指針で、東日本大震災の経験と教訓が取り入れられている。久本課長は「冠に仙台の名前が入っているので、採択都市として各地の防災力の向上や災害リスクの低減に寄与していかなければならないとの思いがある」と力を込める。
プラットフォームを拡大させ、産業振興につなげたいとの狙いもある。市は19年から「市経済成長戦略2023」として、各産業とITを掛け合わせて新たな事業を創出するX-TECH(クロステック)の取り組みを進めている。その施策のうちの一つが防災とITを掛け合わせた「BOSAI-TECHイノベーション創出促進事業」だ。
市は、19年に同事業に着手し、20年から本格的に動き始めた。久本課長は「技術的な制約や収益性の観点で実現が難しかった防災課題も、それぞれの領域で活躍する方々が集まることで突破できると考えている」とみており、企業同士や官民連携の共創を生み出し、社会実装や事業展開を目指している。
実際、プラットフォームを通じて社会実装された事例が出てきている。例えば、九州大学発ベンチャー企業のサウンドによる音声のデジタル加工の事例だ。市の野外拡声器から流れる音声にデジタル加工を施して聞き取りやすくする内容で、拡声器を通じた音が高齢の人にとって聞き取りづらいとの課題を解決するとの狙いがある。災害の避難広報を多くの人にきちんと届けられるよう、市職員や町内会にも協力してもらい、何度も実証実験を繰り返して実装に至ったという。
久本課長は、「あらゆるステークホルダーが自分の役割を果たして防災に取り組むこと」が重要だと強調。解決策となる技術が社会で実装されるためには、それぞれのプレイヤーが持っている経験やノウハウを掛け合わせることが必要になるとみる。プラットフォームについては、今後も会員を増やしていく方針で、「関心を持っていただいた方にはぜひ参加してほしい」と呼びかける。
アンデックス
地元のベンダーにもメリット 他社とシステムを共同開発
ここからは仙台BOSAI-TECHイノベーションプラットフォームで活動する企業の動きを紹介する。仙台市に本社を置くアンデックスは、システム開発や電気通信業務用の無線システムである地域BWA(Broadband Wireless Access)などの事業を展開している。市とは以前から話し合いや情報交換などを続けており、プラットフォーム設立に際して市から声がかかり、参加したという。23年のFuture Awardsでは「農業施設の被害状況の効率的な把握」のテーマで最終採択企業に選ばれている。
同社は、同じくプラットフォームに加わっているノキアソリューションズ&ネットワークや日立国際電気、ブルーイノベーションとともに、「津波避難広報用ドローン」のシステムを共同開発した。津波警報が発報されると自動的に起動し、沿岸部に訪れている人に対して人の手を介さずに避難広報を行う技術で、22年10月から市の沿岸部で本格運用している。
アンデックス 三嶋 順 代表取締役
アンデックスの三嶋順・代表取締役は「当社のような中小企業が、世界や国内で注目される企業と連携し、ビジネスができるとの成功体験が生まれている」と解説。小坂卓也・執行役員は「プラットフォームを通じて仲間づくりができることが大きい」とし、今後も参加企業らと密にコミュニケーションを取りながら、地域の防災課題の解決に寄与していくと意気込む。
アンデックス 小坂卓也 執行役員
Spectee
自治体向けビジネスで新たな商機につながる
地元以外にもプラットフォームの輪は広がっている。Specteeは、東京から参加する企業の1社だ。村上建治郎CEOは、プラットフォームでの活動が、自治体向けビジネスの新たな商機につながっていると説明する。
Spectee 村上建治郎 CEO
同社は20年から、AI防災危機管理ソリューション「Spectee Pro」を提供している。SNS上に投稿されている情報や、気象庁が発表している気象や地震、交通に関する情報など、さまざまなデータを分析し、どこでどのようなことが起きているかを確認できる。現在、公共領域では、国や自治体など合わせて200を超える団体が導入しているという。
比較的規模の大きな自治体を中心にSpectee Proの導入が広がる一方、市町村規模の自治体までリーチするのが難しいとの課題があったという。そうした中、「例えばプランニングコンテストなどを通じて、自治体に向けてソリューションを提案する機会が得られる」(村上CEO)ことは、同社にとっては魅力だった。
村上CEOは「プラットフォームは全国的に注目度が高い。仙台やその周辺の自治体だけでなく、多くの自治体が参加しているので、いろいろな自治体とつながることができる」と述べる。実際、引き合いは増えており、今までつながりがなかった自治体から問い合わせを受け、導入に至ったケースがあるという。
防災における官民連携の重要性について、村上CEOは「法律や制度が関わる領域なので、官と民がしっかり連携し、災害時の運用方法などについて調整をしておくべきだが、現状としてそうはなっていない」と指摘。「プラットフォームのように官民連携を進めるための場を通じて、災害が起きる前から話し合いができるようになるのが望ましい」と話す。