近年、一度退職した人材を再度迎え入れる「アルムナイ採用」が注目されている。アルムナイ採用に力を入れる企業の多くは、アルムナイや現役社員が交流する「コミュニティ」を発足させ、企業と退職者の新たな関係性を築こうと取り組む。企業にとってアルムナイの有する価値はどこにあるのだろうか。
(取材・文/藤岡 堯)
アルムナイ(alumni)とは英語で「卒業生」「同窓生」を意味し、近年は企業を離職・退職した人材を指す言葉として用いられ、アルムナイを対象とする採用制度を取り入れる企業が増えている。アルムナイ・コミュニティは、このアルムナイと企業側が対話する場としての役割を果たす。
一般論として、アルムナイ採用が広がる背景には働き方の多様化や人材不足が要因としてあるようだ。目指すキャリアの姿やライフイベントに応じた転職は当たり前とされる社会となり、労働人口の減少によって、企業が働き手を確保するハードルは年々高まっている。IT業界では、もともと人材の流動性が高いことに加え、社会全体におけるIT人材の争奪戦が激化しており、人材を採用することも、社内に留め続けることも困難になりつつある。
こういった環境下において、アルムナイは採用における一つの選択肢として機能する。新規採用者と比べて、業務内容に熟知し、企業文化への理解もある。また、働き手自身が望んで戻ってくるため、会社への帰属意識も比較的強い。つまり、即戦力かつ定着率の高い人材が得られる可能性が高まるのである。
ここでアルムナイ・コミュニティは、企業とアルムナイがつながりを構築・維持するための場となる。ただし、これは単に採用のための「人材プール」に留まらない価値を有している。サイボウズと日立システムズの取り組みを通じて、アルムナイ採用、そしてアルムナイ・コミュニティの可能性を読み解く。
サイボウズ
「ゆるくつながる」エコシステム
サイボウズは2024年4月にアルムナイ採用を開始した。従来は、退職時に希望すれば、最長6年まで再雇用が約束される「育自分休暇制度」を設け、再入社がしやすい環境を整えてきた。しかし、希望すれば誰もが利用可能な制度となっていたため、近年は必ずしも働き手が希望する業務を提供できないといった課題も生じていた。そこで、アルムナイ採用へと切り替え、会社と働き手との対話を深め、働き方のマッチングをより重視する方向にアップデートを図った。現状のアルムナイ採用を始めてから、すでに5人を採用した。
サイボウズRecruiting部の
武内友紀部長(右)と金子卓哉氏
人事本部Recruiting部の武内友紀・部長はアルムナイ採用の効果について「一度離れ、外からサイボウズを眺めると、良いところや、これからの伸びしろとなる部分がたくさん見えてくると思う。その上でもう一度働きたいと思っていただけた場合は、モチベーションが上がった状態であり、社内に変化をもたらしてくれることが期待され、それが現役のメンバーにも刺激になる」と話す。
実際、アルムナイ採用で再入社した社員の一人は、他社での取り組みが事業の参考になっているとし「いいフィードバックができている。これがアルムナイとして戻ってきた社員の役割だと感じている」と語る。新規採用者にはない深い視点が社内に与える影響は大きいようだ。
サイボウズでは、新制度の開始と同時期にアルムナイ・コミュニティである「Cybozu Incredible Alumni」(CIA)を立ち上げ、アルムナイとの新たな関係の構築に取り組んでいる。
CIAの登録者に対しては、kintoneで作成したアプリケーションを通じてコミュニケーションを図り、ニュースレターの配信やイベント招待なども行っている。現役社員の登録も可能で、現在は137人が登録し、このうち39人が現役社員だという。
同社はCIAの目指す姿を「人のエコシステム」と表現する。同部の金子卓哉氏は「アルムナイ同士の人脈づくりや、新しいビジネスの創出、現役メンバーのキャリアモデルの開発など、幅広く貢献できる場所でありたい。単に当社でもう一度働く、働かないという話ではなく、仲間をつくって新しい会社を起こしてもいいし、kintoneで新しいビジネスを始めてもいい。ゆるくつながって、必要があればみんなで助け合おうというイメージだ」と説明する。アルムナイからは、プロダクトの改善点に関する指摘や、現役社員に対するキャリア面でのアドバイスが寄せられることもあるという。
アルムナイ同士、またはアルムナイと現役社員がつながるためにコミュニティが必要とは一概には言えないが、入社時期や世代を超えた関係性をつむぐ意味では企業として公式なコミュニティが存在することに意味があるとみている。
金子氏は「CIAは『エコシステム』の構築が狙いであり、CIAを通じて採用をどんどんと増やすことは考えていない。ただ、ビジネス加速のために人材が必要な状況は今後も起こりうる。そういった際にアルムナイにお声掛けしやすい仕組みは採用担当としてもっとつくっていきたい。そして、アルムナイの方に『もう一回頑張ってみたい』と思ってもらえる会社にしていかなければならない」と意気込む。
日立システムズ
双方向でのコミュニケーションを
日立システムズのアルムナイ・コミュニティは25年4月にスタートした。退職者を再雇用する「社員リターン・エントリー制度」はすでにある中で、コミュニティを立ち上げたことに関して、人事総務本部人財部タレントアクイジショングループの中西律子・部長代理は「転職が一般的な時代になり、雇用の流動性が高まっている状況について考え始めたことが最初にある。自身のキャリアを考えて一度卒業された方でも、一緒に在籍してきた仲間であり、その方たちとのコミュニケーションを取っていけたらという思い」と話す。 発足にあたっては、アルムナイとのディスカッションを通じて、コミュニティのあるべき姿や期待することを検討した。アルムナイからは「会社の今を知りたい」「在籍時には出会えなかった人などとつながり、人脈を広げたい」との声が寄せられたという。これを踏まえ、コミュニティの目的は「つながり」に重きを置き、情報発信に努める方針で、今後は対面イベントなども計画するほか、現役社員と関われる機会も設ける考えだ。
日立システムズ人財部の
中西律子部長代理(左)と高取千鶴主任
日立システムズでは22年に「人財戦略 SMILE∞2.0」を始めている。戦略は、自律的成長を従業員に求め、実現するために支援する「成長機会の提供」と多様な個人が集団として力を発揮できる社風・職場を構築する「挑戦を支える職場の提供」の二つを軸とし、個人と会社双方にとっての新しい価値を創造する職場環境づくりを推進している。
戦略の中で重視している五つの柱の一つに「Communication」がある。これは「人と人とのつながり」を重視する姿勢を意味する。日立システムズへの理解が深いアルムナイもつながり続けるべき存在だと位置付けており、コミュニティは戦略を具体化する一つの要素でもある。加えて、現役社員にとっては、アルムナイとの交流が自律的な成長・キャリア形成に資する面があると見込む。
既存の社員リターン・エントリー制度でも、アルムナイに向けての情報発信は実施していたものの「コミュニケーションのかたちは一方通行で、会社からただ発信しているだけ。情報をどう感じているのかも分からない部分があった。これを双方向のコミュニケーションにする必要があると考えている」(同グループの高取千鶴・主任)。コミュニティでは公式情報の発信にとどまらず、アルムナイ同士も含めて、よりフランクな内容の対話も可能になるとみている。
他方、日立システムズもまた、コミュニティを採用に直結させる取り組みとして急ぐ考えはないという。高取主任は「もちろん、会社に戻ってきてもらえればうれしいが、たとえそうでなかったとしても、コミュニティは会社とアルムナイにとって何かしらのメリットが生まれるはず」と見通す。中西部長代理も「採用面は、コミュニティがうまく回っていくことで、自然とついてくるものだと考えている。まずはつながりが大前提にある」と強調する。
コミュニティの運営に向けては、人事部署以外の部署を巻き込むことが重要だという。高取主任は「会社全体で関わり合い、それぞれの得意分野を生かす。そのようにしてアルムナイ・コミュニティを展開している企業は、登録者数もとても多く、イベントも活発だと聞く。私たちもそういうコミュニティにしたい」と展望する。
取材後記
両社の取り組みからは、アルムナイが単なる人的リソースではなく、社会的なつながりを資本として捉える「社会関係資本」であることがうかがえる。外部の視点をもって自社をみつめてくれるアルムナイによって、企業や社員は成長のためのヒントを得られるはずだ。
ただ、コミュニティをつくるだけで、アルムナイと友好な関係をすぐに築けるわけではない。退職した人間が企業の「ファン」であり続けるには、在職時から会社組織への信頼、そして「つながり続けていたい」「また戻りたい」と感じさせる魅力がなければ難しい。アルムナイ施策を成功させるために、企業は自身を磨き続ける努力が求められそうだ。