国内のITベンダーに、海外進出を目指す動きが広がっている。人口減少で市場が縮小傾向にある国内にとどまらず、成長を目指して大きな市場を獲得しようと海外に打って出る戦略だ。日本は、ITソリューションの多くを外資ベンダーからの「輸入」に頼っている現状であり、いわゆる「デジタル赤字」の改善にも期待がかかる。クラウドサービスで日本発の価値を広め、グローバルナンバーワンを目指して奮闘する3社の動きを追った。
(取材・文/堀 茜、大畑直悠)
サイボウズ
丁寧な営業で米国のSMBに訴求 ユーザー拡大と認知度向上に注力
サイボウズは、米国、中国、東南アジアなどに拠点を構え、ノーコードツール「kintone」の海外での拡販を進めている。「日本発のソフトウェアを世界へ」という目標を創業当時から掲げている同社だが、2001年に米国で事業を開始したものの、うまくいかずに05年に一度撤退した経緯がある。グローバル事業を統括する執行役員の栗山圭太・事業戦略室長兼マーケティング本部長は、「日本と米国では働き方が大きく違った。当時の製品は文化依存が大きく、(米国で)必要とされる機能がなかった」と振り返る。
サイボウズ 栗山圭太 執行役員
その反省を踏まえ、グローバルでの展開を見据え、どの国でも使える機能にフォーカスして設計したのがkintoneだ。SaaSとして展開したことで海外で販売しやすくなり、07年の中国を皮切りに海外事業を再開。11年に米国にも拠点を設けてグローバル展開に再挑戦している。
海外で成長率が最も高いのは米国。現地で拡販を進めていると、米国では営業の方法が日本とは大きく異なることが分かったという。ノーコードやローコードツールの競合ベンダーは、エンタープライズへのハイタッチ営業がほとんどであり、規模が小さい企業向けには、人を介さずデジタルツールのみで顧客対応を行うテックタッチが主流だった。「人件費が高いことも影響し、SMB(中堅・中小企業)以下の規模に営業が丁寧に提案するという文化がなかった」(栗山執行役員)。そこで同社が実践したのが、日本的な「丁寧な営業」だった。
米国でも、規模が小さい企業は人的リソースが少なく、自分たちだけで製品を選定し、使いこなすのは難しいケースが多い。そのため同社は、社内にエンジニアがいない企業に対し、kintoneの業務への適用方法をサポートしている。企業の使い方は、顧客や問い合わせの管理、在庫チェックなど、「Excel」で行っていた業務を置き換えることが多く、栗山執行役員は「日本とまったく一緒。使い方を見ていても、kintoneは国を問わずグローバルで戦える製品だと感じている」と手応えを語る。施策が功を奏し、毎月、一定数の新規顧客が獲得できるようになっている。
米国以外でも、タイでは製造業、マレーシアでは観光や小売りといった業界で採用が増えており、国ごとに特徴が出始めている。業務提携をしているリコー経由の海外販売は、南米のコスタリカやエルサルバドルで契約が生まれるなど、少しずつ芽が出つつある。現状、海外では直販がほとんどで、「自分たちである程度顧客基盤を広げ、次の段階でパートナービジネスを始めたい」と展望する。
一方、営業に掛ける費用と売り上げを比べると、現状はコストに見合ってはいないという。海外事業の全社における売り上げ比率は、「10%いかない程度」。顧客が増えてくればチャンスも広がるとの考え方で、ユーザー拡大を最優先戦略に取り組んでいる段階だ。kintoneは国内事業が好調で、分母が大きい日本の成長率のほうが海外事業より高くなっている。栗山執行役員は「これから市場を開拓していく海外で、成長率は日本を上回れるようにしていく」と力を込める。製品の認知度を高めるためにプロモーションの強化も予定しており、まずはマレーシアでブランディングに注力する方針だ。世界で最も使われるグループウェアを目指すというサイボウズの挑戦。「海外ではニッチプレイヤーだが、一つずつ積み上げて実現していきたい」と前を見据える。
ソラコム
海外売り上げが4割に パートナーと共に世界に出る
IoTプラットフォーム「SORACOM」を展開するソラコムは、15年のサービス開始当初から海外事業に取り組んでいる。クラウド上に通信のコアインフラを置いている同社のサービスは、世界185の国と地域で使用でき、対応する通信キャリアは420を超える。ストラテジックチーム兼パートナーアライアンスチームの二神敬輔・ディレクターは「SORACOMは全世界でIoT向けに同じ技術を活用するプラットフォーム製品だ」と説明し、IoTを活用する際のベースとなる技術を提供するという設計思想に基づいたソリューションだと語る。
ソラコムの二神敬輔ディレクター(左)と細川大輔マネージャー
グローバルでの売り上げ成長率は高く、同社の業績をけん引。全社売り上げの内、海外が4割を占める。「米国、欧州でシェアを取ることができれば、それ以外の国にも展開できる」として米国と英国に拠点を置いている。日本と比較して北米は5倍以上、欧州は4倍以上のマーケットがあり、同社は数年後には海外売り上げが半分以上になるとみている。
SORACOMを利用すると、現地の通信キャリアと契約する必要がなく、ソラコムが提携しているキャリアに自動で接続する点が大きなメリットだ。管理画面を一元化できる点も評価が高いという。日本企業が海外展開する際に利用するケースもあれば、米国や欧州の会社がグローバル進出時に導入するケースも多い。冷蔵設備の温度管理ソリューションなどを手掛ける英国企業が、大手飲料メーカー向けに提供する冷蔵ショーケースにSORACOMを組み込むなど、事例も続々と増えてきている。
海外進出当初は、知名度もなく、ハンズオンイベントや展示会に参加するなど試行錯誤を繰り返した。米国では米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス、AWS)経由で顧客を紹介してもらうなど、営業協業も行っており、「リードを獲得するためのチャネルとしてもAWSとの協業を重視している」(二神ディレクター)。米国、英国ともにここ2~3年で現地組織がうまく機能するようになり、売り上げ増につながっている。
販売をけん引しているのが、パートナーの存在だ。グローバルでは22年にパートナープログラムを開始。55社が参画している。細川大輔・パートナーアライアンスマネージャーは、グローバルのパートナーは、既存パートナーからの紹介が多いとし「数を増やすより、当社との相性をよく見て参画してもらっている」。ソラコムは日本のパートナープログラムでも、パートナー同士がつながり、足りない部分を補完し合ってビジネスを伸ばしていくようなネットワークづくりを目指しており、プラットフォーマーとしてハブの役割を果たしている。海外でも同様の動きをしていきたいとする。
二神ディレクターは、ビジネスの成長にあたり、「日本からグローバルに出て行くのは、当社だけである必要はない」と強調する。パートナー同士のコミュニティーを盛り上げ、パートナーとソラコムが海外プロジェクトを一緒に展開するような事例を多く生み出したいと展望。「事業をグローバル展開する企業にプラットフォームの価値を正しく伝えられれば、優位性を感じてもらえる」(二神ディレクター)とさらなる成長に自信を見せる。
LegalOn Technologies
米国、英国に進出 AIレビュー機能が強みに
リーガルテックソリューションを提供するLegalOn Technologiesは、22年9月に米国子会社LegalOn USを設立した。24年10月には英国市場に進出し、英国でのビジネスを足掛かりに海外ビジネスのさらなる拡大を目指している。
日本では電子契約、契約書作成支援、AIレビュー、案件・文書管理など、法務に関する業務を一貫支援する基盤「LegalOn Cloud」を提供しているが、LegalOn USは契約書のAIレビュー機能に重点を置いた「LegalOn Global」を展開。顧客としては大企業から小規模な組織まで幅広く導入され、米国でのビジネスは順調に推移している。
LegalOn Technologies JP・ビヤール 執行役員
米国企業のリーガルテックの活用状況は、電子契約や契約業務のワークフローを構築するCLM(契約ライフサイクル管理)の利用が進む一方で、同社が主力製品として日本で展開してきたAIレビューツールの導入は限定的で、メジャーと言えるツールはないのが現状だという。海外ビジネスを統括する執行役員のJP・ビヤール・Chief Global Strategy Officerは「AIレビューツールの導入数では、日本も含めれば米国のほとんどの競合を上回っており、すでに多くの弁護士や法務部門に利用されている実績が米国でも評価されている」と語る。米国での好調要因については「例えば医師による手術のように、法務部門の業務プロセスにはグローバルでのスタンダードがあり、米国向けに製品を大幅につくり直す必要はなかった。抱える課題も人手不足といった共通点が多く、当社製品で有用性を示せた」(ビヤール執行役員)とみる。
米国市場での顧客の獲得は、国内の製品開発にもプラスの影響を与えている。ビヤール執行役員は「積極的に製品への要望を出す顧客が多く、製品開発に生かしている」と述べ、米国で先行した機能を国内のプロダクトに反映させたケースも多いという。例えば、契約書の修正を効率化する生成AIアシスタント機能は、米国でリリースした後、国内でベータ版を発表した。
今後は米国市場での認知度の向上に注力する。ビヤール執行役員は「米国では国内のようなパートナーを活用した商流を確保することは難しい。ニュースサイトなどと連携しながらまずは顧客に名前を覚えてもらうことが重要で、検討さえしてもらえればチャンスをつかめるだろう」と展望する。AIを活用したリーガルテック製品を提供する競合が増加する中、先んじて市場に参入した強みを訴える構えだ。
英国市場への進出については、米国に次ぐ市場規模であることへの期待に加え、オーストラリアやシンガポールといった英国の法律をベースとする地域への進出を見据えている。初動の手応えとしては、イベントへの出展などで注目を集めているとして、「すでに大企業が導入を検討している」と手応えを語る。
将来的な海外ビジネスの展開については「(リーガルテックにおいて)グローバルでナンバーワンの企業を目指している」と表明した上で、アジアでの伸長にも意欲を見せる。「顧客のサポート体制を担うのが日本になるのか、オーストラリア、シンガポールになるかは話し合いを進めている最中。時差による影響なく顧客を支援したい」と語る。
製品面では、25年はLegalOn Globalの拡充を検討しており、LegalOn Cloud上の機能を追加してビジネスの拡大に弾みをつけたい考えだ。