「これからもっと新しい挑戦が始まる」

ヴァル研究所が開発した経路探索ソフト「駅すぱあと」が誕生から20周年を迎えた。
それだけの年月を重ねたソフトは“成熟”という方向に向かうのが通常のパターンだ。
しかし、ヴァル研究所の鈴木社長は、「これからもっと新しい挑戦が始まる」と意欲を見せる。
「駅すぱあと」はどんな歴史を積み重ね、それを踏まえてどちらへ向かおうとしているのだろうか。


オリジナリティが創業時からキーワード

photo 「実は“これを作ったら売れる”と確信して開発したソフトではなかった」――ヴァル研究所の鈴木和夫社長は「駅すぱあと」誕生当時をこう振り返る。

 それも無理はない。「駅すぱあと」が誕生した1988年当初、商用インターネットサービスもなければ、パソコンはマニア中心に利用されていた時代だった。仕事にパソコンを利用する例も出てきてはいたが、現在のように1人1台の利用環境を備えた企業などほぼ皆無だった。

 「にもかかわらず製品開発に踏み切ったのは、ヴァル研究所という会社が創業当時から、人間にとってわかりやすく、使いやすい、オリジナリティある製品やサービスを提供することを、大きなテーマだと考えていたから。正直なところ、『面白そうだ、やってみよう!』というくらいの気持ちだったと思う」

 オリジナリティという点では、まさに「駅すぱあと」は他にないソフトであった。しかし、他にない製品だけに、最初は世間に理解されなかった。発売当初は売れ行きも芳しくなく、その後数年間、売れ行き不振状態が続く。

photo それでも製品開発を中止しなかったのは、ヴァル研究所では「とりあえず、5年は辛抱しよう」というのが、開発した製品全てに対する合い言葉になっていたからだ。

 発売からちょうど5年目、全国版を発売したこともあって、「駅すぱあと」の利用者が少しずつ増えていった。パソコンをとりまく環境の変化も追い風となった。企業にパソコンの導入が進み、Windows 95の発売を契機に、家庭へのパソコン普及が一気に進む。当時、「駅すぱあと」は主要メーカーのパソコンにバンドルされていたこともあって、「駅すぱあと」利用者が急増。誰もが知っている人気ソフトに成長していく。「発売当時の苦しさも、今となっては懐かしい。バージョンを重ねるごとに機能を強化し、首都圏の路線情報しかカバーしていなかった『駅すぱあと』が、1993年には全国版となって、対応OSも当初のMS-DOSからWindowsになった。ちょうど世の中のバブルがはじけ、少しでも安い路線はないか真剣に探す人が増えたこともプラスに働いたのだと思う」。

信頼ある企業として機能と情報の正確さにこだわる

 

 「駅すぱあと」の成功は、ヴァル研究所が設立時から追求してきた「誰もが使える、わかりやすいソフトウェア」が世間に理解された証でもあった。「展示会に出展すると、他の製品は10分、20分かけコンセプトを説明してもなかなか理解してもらえない。しかし、『駅すぱあと』は説明なしでも、使ってもらいさえすればコンセプトを理解してもらえる。まさに我々の狙い通り」。

 わかりやすく、使いやすいソフトを作るには、実は高い技術レベルを必要とする。企画はおもしろくとも、それを具現化する技術力なしには、ユーザーにとって使いやすい製品とはなり得ない。

 しかも「駅すぱあと」は、利用者に正確で、最新の情報を提供し続けなければならない。鈴木社長は、「いわば雑誌を編集するのと同様、タイムリーに正確な経路情報、運賃情報を提供しなければ意味がない。探索結果が最新の情報でなければ、すぐさま利用者に見捨てられてしまう」と、提供する情報の鮮度および正確さが「駅すぱあと」を支える生命線だと強調する。特に交通費や旅費精算にも利用する法人ユーザーにとっては、正確な経路と運賃情報がタイムリーに提供し続けられることは何物にもかえがたい信頼になるはずだ。ユーザーからの信頼を維持するために、現在「駅すぱあと」は、法人向け製品では年に最大12回のバージョンアップを行っている。これ以外にも月に3-4回のオンラインアップデートや更新ファイルも提供しており、「タイムリーに正確な情報を提供する」ことに注力している。

 「駅すぱあと」という製品が多くのユーザーから支持される根幹には、ヴァル研究所が地道に機能向上、情報の更新を続けてきたからに他ならない。誕生から20年という歴史を刻むことができたのは、伊達ではないのだ。
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20年前より広がるナビゲーションバリュー
これから目指すのはトータルソリューションサービス

新たな連携から生まれる新しい発展

 製品誕生から20年を経たものの、「『駅すぱあと』の進化は、実はこれから始まっていく」と最近になって鈴木社長は考えている。「これからの『駅すぱあと』は、これまでの公共交通機関における最適な経路を探索することをベースに、新しいサービスやソフトと連携するトータルソリューションサービスとして発展させていきたい」。

 鈴木社長の話すソリューションとは、どんな内容となるのか。それを考える上でのヒントとなるのが、同社が新たに開発した「健康生活ナビ」というサービスだ。このサービスは、専用のSNSを活用し、利用者の健康を実現することを目指している。一見すると、「駅すぱあと」とは縁遠いサービスと思えるが、鈴木社長の頭の中ではこのサービスと「駅すぱあと」との連携もあらかじめ考慮されている。

 「たとえば、最近運動不足だと感じる人に対し、地図ソフトと連携して、健康に結びつくような公共交通機関および徒歩を利用したルートを紹介するなど、健康問題への対応も考えていく」

 これまで蓄積してきた公共交通機関の情報を提供するという「駅すぱあと」の基本はそのままに、従来は連携していなかったサービスを組み合わせていくことで、新しい発展の方向を見出そうというのが鈴木社長のトータルソリューションだ。

一貫して追求してきた安心へのナビゲーション

 トータルソリューション戦略を実現していく上で欠かせないキーワードが、「ナビゲーション」だという。

 同社は、『ナビゲーションバリューの追求』も課題のひとつとしていた。

 「『駅すぱあと』は長年経路案内ソフトの先駆的な役割を果たしてきた。当初は鉄道や航空の情報を基本としていたが、最近では路線バス、コミュニティバスや高速バスなど順次ナビゲーションの対象を拡大してきている。今後も経路探索の対象をより広範にするとともに、駅などの交通拠点を核とした関連サービスのナビゲーションも展開を始め、さらなる利便性を高めていく。一方、オリジナリティのある自己採血キットの開発会社とアライアンスを組み、人々の健康を維持するための検査・指導の仕組みを『健康生活ナビ』として体系化し、新しいサービスの展開を開始している。さらには、気象庁から発表される緊急地震速報をインターネット経由でPCに通知するアプリケーション『なまずきんDesktop』の開発も手がけている」。これらのサービスに共通する戦略は、いうまでもなくナビゲーションである。

 「そこで、ナビゲーションとは何かということをあらためて考えるようになった。その結果、個人や企業が抱えるさまざまな課題や不安を、実際の行動に繋がるソリューションいわゆる『安心をナビゲートすることを具現化する仕組みを構築』していくことこそ、ナビゲーションの目的となるという結論に至った。さらに、『安心』を提供するためには、テクノロジーだけではなく、アナログ的な要素も必要になるだろう」

 そう考えると、ナビゲーションを追求していくと、思わぬものと連携することに新しいナビゲーションの可能性を探る解決の糸口があると鈴木社長は考えるようになった。

 「健康へのナビゲーションでは、例えばWebカメラを通してお医者さんと面談し、『大丈夫ですよ』といった言葉をかけてもらうことで、利用者に安心を与えるといったやり方もある。テクノロジーとアナログを結びつけることで、今まで以上に安心をナビゲートしやすくなるのではないか。これからは、『利用者の安心が得られるまでの最後までの案内ができる仕組み』をナビゲーションの定義とし、複数の解決手段を適切に選択し、最終的な安心へ利用者を誘導するための仕組みを提供していく。解決手段としては、データベースやコンテンツ、メールやSNSなどのコミュニケーションツールだけではなく、もっとも膨大で柔軟かつ有用な知識、知恵を保持する人の頭脳をテレビ電話などで結んだ、直接的コミュニケーションの仕組みを加えることで、利用者の行動に結びつく説得力のある安心を与えることができる仕組みを追求していく考えでいる」 

 「駅すぱあと」は他社のソフトやサービスとの連携を早い時期から実現してきた。その範囲をもっと広く捉えることで、新しいナビゲーションバリューの実現の可能性が生まれている。

常識から離れたところに新しい可能性が眠っている

 広い意味でのナビゲーションバリューの実現を目指していくと、「やるべきことはまだまだ多い」と鈴木社長はいう。通常、20年前に誕生して多くの支持を得ているソフトは、完成形に近づき、新しい機能拡張は難しくなる傾向にある。ところが「駅すぱあと」については、その逆だという。

 「まず、経路探索ソフトとしての機能も、もっと強化すべき部分がある。経路の選び方にしても、例えば最も環境にやさしい経路はどれかといった探索を行うニーズがより高くなるだろう。また、もっと基本に立ち返り、『駅すぱあと』では時刻表を持っている全ての交通機関のデータを網羅したい」。

 また、新しいナビゲーションバリューを追求していくために、社内にプロジェクトチームを発足。経営陣と従業員が一体となり短期、中期の両方の視点で事業計画を策定している。

 「現代は、オリジナリティあるものを作ろうとするには難しい時代だといえる。さらに、作ったサービスに対し、どう収益を獲得していくのかということも問題になる。たとえば、現在ネットサービスでは広告収入が定番となっているが、それだけが本当の収益源なのか。これまでソフトを作ってきた会社としては、サービス自身を評価してもらって、サービスに対する対価を得られる仕組みを作るにはどうしたらいいかということを基本的に考えている」

 このように、解決していかなければならない問題も残ってはいるものの、まだIT化されていない、手つかずの世界が広がっていることも確かだ。

 「最初にお話ししたように、『駅すぱあと』も最初は全く理解されなかった。“こんなもの作ってどうするのか”、“誰が使うのか”と言われたことすらある。しかし、実際に製品を発売し、長い年月をかけて機能強化を続けていった結果、こうして皆様に支持される製品に育て上げることができた。これからやるべき新しいことも、案外“こんなことをやるの”と言われるようなところにあるのかもしれない」

 鈴木社長のことばは、経験に基づいているだけに重く響く。確かに、これまでの常識では否定されるようなところに、新しいビジネスを切り開くチャンスが眠っているのかもしれない。「駅すぱあと」というソフトの誕生から成功までの年月は、それを示しているのではないだろうか。同社の今後の展開に注目したい。(週刊BCN 2008年3月24日号掲載)