ニフティ誕生の立て役者、山川隆氏がドコモAOLの新社長に就任した。5代目の社長としてドコモAOLの立て直しに全力を尽くす。米国での成功事例をなかなか日本に持ち込めずに苛立つ米AOLと、豊富な資金力をもつNTTドコモとの合弁事業を軌道に乗せることができるのか。
多様な価値観を尊重、バランス感覚に優れる
――1997年のサービス開始から、わずか5年間で5人目の社長となります。合弁会社の社長は、いわゆるサンドイッチ状態で、やりにくいという経緯があったのではないでしょうか。
山川 今年1月、社長に就任し、事業計画を説明するためにNTTドコモと米AOLに行きました。2月初旬まで米国に滞在し、米AOLの幹部たちと突っ込んだ話し合いを重ねて感じたことは、米AOLは国際化を重視しているという点です。
米国だけでなく、欧州地域でも、AOL事業がすでに立ち上がり始めています。次はアジア地域をしっかりやりたいという意思を強く感じました。
つまり、日本のAOL事業を早く大きくして欲しいということです。NTTドコモ側も、突き詰めればAOL事業を早く大きくして欲しいという1点に尽きます。
サンドイッチ状態というご指摘ですが、株主の利害というのは、「投資した会社が、早く大きくなって儲けて欲しい」という点でおよそ一致しているものです。富士通と日商岩井の折半出資で立ち上げた当時のニフティもそうでした。ドコモAOLは、ドコモと米AOLの合弁となり、ニフティの立ち上げ時とよく似ています。
株主それぞれの立場や企業文化の違いから、いろいろな意見があるのは事実です。しかし、事業を早く大きくするという“最大の利害”に比べれば、あとの細かい違いなどは、まるでゴミのようなものです。それでつまづいて立ちゆかなくなるということはありません。(笑)
――ニフティ立ち上げ時期の、絶妙なバランス感覚を発揮するということですね。
山川 変化の激しいネット業界では、会社内の価値観が一枚岩であるよりは、むしろ多様な価値観が混ざり合っていた方が、より柔軟性のあるサービスや価値を作り出せるのではないでしょうか。「1社の常識」が「ネットの常識」にならず、多様な価値観のなかから、うまく適応性を引き出す方が、生き残る可能性が高いと考えています。
値下げ合戦は無意味、価値の提供が大切
――ニフティをはじめ、国内のプロバイダは、激しい顧客獲得競争を展開してきました。ところが、AOLはこれに遅れを取ってきたのでは。
山川 確かに半年、1年と、他社の動きよりも遅れました。プロバイダの不毛な安売り競争に意味もなく参画しようとは思いませんが、これに対抗できるだけの仕組みが弱かったことは否めません。
価格についても、技術革新があり、接続やサービスの値段を下げる合理的な理由があるときは、率先して価格を下げます。
むしろ、この行動が他社よりも遅かったために、会員を獲り損ねることは、経営にとってよりマイナスとなります。日頃の努力を積み重ね、たとえ100円、200円の単位でも、コストを下げ続けることは重要です。
しかし、今のプロバイダの値下げ合戦は、あまりにも意味がない。値段を下げるということ以外の差別化要因がなくなっています。
「あなたのコストを、スポンサーからの広告料金で埋め合わせます」という広告モデルは完全に崩壊しました。ブロードバンドになると、コンテンツ制作にますますお金がかかります。広告主に、「制作にお金がかかりましたから、広告料を値上げします」といっても、通用するはずがない。一方で、期待度が高かった電子商取引(EC)も意外に儲からない。
――他社に引きずられて価格を下げることはしないと。
山川 そうです。この状態で、価格訴求だけに偏重するのは危険です。インターネット産業は、21世紀に伸びる産業です。一過性のブームでないことは明らかで、この基盤を担うプロバイダは、もっと多くの価値を利用者に提供する必要があるはずなんです。
既存のプロバイダ同士がこんな競争をしていては、利用者に見放されてしまいます。今のプロバイダは、ちょうど「目的地に汽車で行くべきか、船で行くべきか」という議論をしているようなものです。そのうち飛行機が出てきて、「汽車か船か」という議論自体が無意味なものになります。
飛行機が出てくるのがある程度予測できるならば、飛行機に対抗できるサービスを用意するか、自らも飛行機を使った旅行プランを、今の段階から準備する必要があります。いつまでも「汽車か船か」といった低レベルの議論をしている場合ではありません。
――ドコモAOLに転職したきっかけは。
山川 もう一度、立ち上げを経験したかったからです。ニフティがまだ小さかった頃、ニフティのコミュニティは非常に面白かった。しかし残念なことに、大きくなってからは、こうしたコミュニティの運営が難しくなってしまいました。もう1つ、AOLにドコモが出資したという点を評価しました。
ドコモAOLのコミュニティのすべてを把握しているわけではないのですが、ここのコミュニティは、まだまだ小さい。ある程度の匿名性と、ある程度身元がはっきりしている安心感の両方をしっかりさせることで、大きくなってもうまくコミュニティを運営できるんじゃないかと考えています。
――ニフティの売却話がありますが。
山川 私がどうこう言うことではありません。仮にそうだとするならば、富士通グループのインターネット戦略のなかで、ニフティは中核ビジネスではないと判断したのかもしれません。それはそれでいいことだと思います。そもそも、プロバイダという現状の枠組みを、どこまで維持できるかは、正直言ってよく分かりません。
――経営目標は。
山川 現在、ニフティの会員が約500万、ビッグローブが約400万、OCNが約260万人と言われています。
この状況下では、少なくとも200万人以上の会員を獲得しなれば、説得力が出てきません。会員獲得方法は、全国1200店舗あるドコモショップでの営業が効果的です。すでに01年第4四半期(01年10-12月期)は、ドコモショップ効果が出始め、入会数が改善しています。
しかし、すべてがドコモ頼みではダメです。今年11月からは、ドコモのインターネット接続部分を、ほかのプロバイダにも順次開放します。ドコモの上にあぐらをかいているわけではありません。そんなことをしても、利用者の支持を得られなければ失敗します。権謀術数を巡らすのではなく、いろいろなことを学びながら、情熱と気合いで正々堂々と勝負をかけます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
米AOLとNTTドコモという巨大企業に挟まれたサンドイッチ状態。それ以前は、米本社の厳しい要求と日本の実情に挟まれ、身動きが取れないのが日本のAOLだった。
山川社長は、「早く大きくなって儲けることが、株主共通の目標。それ以外の食い違いは、ゴミみたいな些細なこと」と言い切る。
「これまで、いろいろな面で国内の競合他社に半年、1年と遅れてきた。これを早くするだけでも全然違ってくる。ニフティ立ち上げ時は、市場創出から取り組んだが、今はすでに大きい市場がある」と自信を示す。
一筋縄ではいかない2つの親会社の力をうまく集め、理想の成長路線に乗せる――。
山川社長の経営手腕が試される。(寶)
プロフィール
(やまかわ たかし)1949年、神奈川県生まれ。72年、横浜国立大学経済学部卒業。同年、日商岩井入社。84年、日商岩井ニューヨーク事務所でコンピュサーブ・プロジェクトを手がける。86年、NIF(現ニフティ)設立とともに出向。90年、ニフティ取締役。01年、常務取締役。同年12月14日、ドコモAOL顧問。02年1月15日、代表取締役社長兼CEOに就任。
会社紹介
山川社長は、ニフティ立ち上げの中心的人物であると同時に、日本に「パソコン通信」をもってきた人物としても有名だ。もともとは日商岩井からの出向だったが、1999年、富士通がニフティを完全小会社化してからもニフティに留まった。山川社長は冗談半分に、「ニフティに長く居すぎて、それしかできなくなったから」と話す。それほどインターネット事業に傾注している人物である。
一方、日本のAOLは、米国で勢いづくAOLとは裏腹に、「何をやっても失敗」の連続だった。現在の出資比率は、NTTドコモ42.3%、米AOL40.3%。山川社長は転職の理由として、「ドコモが出資した」ことを挙げる。国内でのシェアを伸ばすには、どこまでドコモの力を引き出せるかが、最大のポイントだ。