グッドウィルが新しい専門店の在り方を見出そうとしている。月城朗社長は、「店独自のコンテンツがなければ、付加価値は生まれない」「否、店だけではダメだ。街全体がコンテンツとなるべき」と語気を強める。新たな方向性発見の舞台は、昨年11月オープンの名古屋・大須の旗艦店、エンターテイメントデジタルモール(EDM)だ。
エンタテインメント性で、来店者は着実に増加
――大須の旗艦店、エンターテイメントデジタルモール(EDM)が開店して5か月になります。
月城 来店客数は着実に増えています。EDMは、エンタテインメント性をもった新しい店舗であり、老若男女問わず、新しい顧客を集めています。
――総売場面積が1132坪(約3700m2)と大きく、1階部分には直営レストランやライブ会場にもなる直営のイベントホールもあります。しかし一方で、本業から外れているという指摘もあります。
月城 国内経済が低迷し、家庭用パソコンの需要も一巡しました。右肩上がりのときは、出店攻勢をかけ、大量販売で利益が出ましたが、今はそんな時期ではありません。当社でも、今年の新規出店予定はありません。このような状況のなかで、何が「本業」だと言えるのでしょうか。既存の常識は崩壊したと考えるべきです。国内市場を見渡してみると、業界勢力図が大きく変わりました。量販、箱売りの分野では、ヤマダ電機、ヨドバシカメラが急成長しました。数字だけ見れば、4000億円だ5000億円だと威勢がよく、この不況下でも新規出店を続けています。当社のすぐ近くにも、5月にヤマダ電機が進出すると聞いています。疑問に思うのですが、売り上げの数値や店舗の数で、すべての価値が決まってしまうのでしょうか。
「会社の実力度」を、すぐに数値化して表そうとする。こうした量販は、販売力と価格で今後も拡大するでしょう。ひるがえって、われわれ専門店のことを考えてみる。すると、どう考えてもヤマダやヨドバシみたいなことをやっても面白くない。白旗を上げるわけではありませんが、専門店という業態のままでは、売り上げや店舗の数でヤマダやヨドバシに勝てません。20%近いポイント還元もできません。これまで郊外中心に出店していたヤマダが、名古屋市街地のど真ん中である大須に出てきました。また、ヨドバシやビックカメラが名古屋に出てこない保証はありません。むしろ、出てくると考えたほうが無難でしょう。では、それを迎え撃つ専門店として、どう対抗していくのか。その答えとなるのがEDMです。
大須独自の魅力を出す、街を育てる店づくりへ
――EDMが切り札になると。
月城 単純に、彼らと同じ領域で闘ったら、われわれ専門店は負けます。相手の土俵に入り込むのではなく、違う領域で勝負をかけます。これが、われわれ専門店の生き方だと考えています。EDMでは、1階部分にスタジオ設備付きのイベントホール兼レストラン「エムズ」や、高級感のある洋風レストラン「ムーンリバー」を入れました。業界関係者のなかには、「奇をてらっている」との印象をもつ人もいますが、当社は真剣に新しい専門店づくりに取り組んでいる最中なのです。要点は“大須の街との相乗効果”です。名古屋・大須は、一風変わった街です。国内有数の電気街と言えば、東京・秋葉原、大阪・日本橋です。秋葉原は大須の10倍の集客力があり、日本橋も5倍はあるでしょう。正直申し上げて、「うらやましいなぁ…」と思ったこともあります。
「秋葉原でこの店舗を構えたら、どれほど集客できたことか」と。しかし大須には、秋葉原や日本橋にはない魅力があります。また、全国的にも有名な古着店が数多くあり、アジア系の飲食店も多い。お寺もある。東京から来た人は、よく「秋葉原と原宿と巣鴨を一緒にした多様性がある」と評します。秋葉原は、基本的に情報機器や家電が中心です。日本橋もヨドバシが梅田にできたことで客の流れが変わりつつあります。EDMは、秋葉原や日本橋に比べて規模が小さいという大須の弱みを補い、逆に強みに変えるためにつくった店舗です。3月には、店内のイベントホール「エムズ」で古着ファッションショーを開き、クラブやライブなどのイベントも開いています。経済産業省中部経済産業局の「ナゴヤデジタルビット懇話会」の会場にもなり、120人の関係者が集まります。
――街興しが必要だということですか。
月城 そうです。人が集まれば、そこにビジネスチャンスが生まれます。今は投資段階ですが、方向性さえ間違わなければ、売り上げは後からついてくるものです。大須の街に育てられると同時に、大須の街を育てる店づくりが大切です。すべての顧客が家電量販店に流れるわけではありません。EDMでは、大須という街にある専門店のブランドを、どう構築していくかを探求します。EDMが開店してから5か月程度しか過ぎておらず、まだ明確な答えは出ていません。しかし、当社にとって、大須は母店です。中部を中心に18店舗ありますが、このうち6店舗は大須地区で、売り上げに換算すると4割近くを占めます。
まずは大須の新しい体制を確立することが急務です。“本丸”がおかしくなってはまずい。今は詳しく言えませんが、半年から1年以内には、私たちが何をやろうとしているのか、分かっていただけると思います。ヒントは、「ブロードバンド」です。従来の「箱売り」や「モノ売り」では、付加価値は生まれません。量販店は、販売力を武器に「ポイント還元20%」という「付加価値」をつけるかも知れませんが、所詮、その程度です。店舗や街全体の付加価値を考えるならば、「モノ売り」ではなく、「コト売り」に切り替えなければなりません。
現在10人ほどの人員を割り当て、ブロードバンド用のコンテンツ制作を手がけています。まだ、お見せできるほどではありませんが、近いうちに、本業と見間違うほど良い出来映えに仕上げます。販売店自ら、独自のコンテンツをもつ必要があると考えているからです。すべてがクリアに見えているわけではありませんが、私たちは迷っていません。売り上げ規模を競うなんて興味ありません。店独自のコンテンツとブランド戦略、街づくり全体を捉えた集客力を高めれば、着実に利益の見通しが立ってきます。まだ、誰も踏み入れたことのない専門店づくりに、会社の戦力を集中します。いずれはっきりします。見ていて下さい。
眼光紙背 ~取材を終えて~
秋葉原にEDMが誕生したらどうなるか――。EDMを見ると、秋葉原の店舗は意外にみな「大人しいじゃないか」と思えてくる。出入りする業界関係者は「奇抜過ぎないか」と首を傾げる一方、「一度は見学して見習うべき」と意見が分かれる。月城社長は、「EDMは、モノ売りをする場所ではなく、コンテンツやイベントなどのコト売りをする場所。店独自のコンテンツ=楽しさを売ったあとから、モノが追いつけばいい」とはっきりしている。「躍動感ある街づくりをして、集客力が高まれば、売り上げは自然についてくる。そもそも人が集まらない街は、衰退するしかない」と考える。ブロードバンド時代に賭ける専門店の1つの原型がここにある。(寶)
プロフィール
(つきしろ あきら)1954年、兵庫県生まれ。77年、証券会社に入社。半年で退社し、添乗員として外資系旅行会社、知人のスクラップ会社などに勤務。81年、建設資材レンタル会社に入社。83年、シンガポールに出向。87年、帰国し、同レンタル会社の子会社の社長に就任。91年、グッドウィル入社。93年、代表取締役に就任。
会社紹介
年商250億円(2001年度実績)。社員数150人。このうち、大須地区の売り上げは4割近くを占める。EDMは、大須の旗艦店だ。EDMとは「エンターテイメントデジタルモール」の略称。1階部分にイベントホールやレストランをつくり、階上には上得意専用のVIPルームもつくった。スタジオ設備もある。名古屋周辺に数多くの郊外店ができたため、ここ数年、大須パソコン街の集客力は落ちる一方だった。郊外店は郊外店で、過当競争が激しく、どの販売店も売り上げが伸び悩む。ヤマダ電機やヨドバシカメラの脅威もある。需要が一巡した今、専門店としてどう生き残るか。大須パソコン街から撤収する販売店が相次ぐなか、グッドウィルは敢えて大須に旗艦店、EDMを打ち立てた。考えられるアイデアは、すべてこの新しい店に取り入れた。だが、大須の凋落は進み、販売店協会である「大須AIC」の加盟社も、今年3月末までに2社が退会し、計6社に減った。関係者は不安を抱きながらも、EDMで大須パソコン街の中興を担うグッドウィルに期待の熱い眼差しを向ける。