今後3年間は、過去20年間にない変革が不可欠。そうでないとパソコン市場の停滞を打ち壊す起爆剤にならない―。ソニーのVAIO(バイオ)事業を率いる木村敬治・執行役員常務は、これまでの音楽や映像を楽しむことに力点を置いたバイオから、インテリジェンス(知性)の要素を加えた新しいバイオの開発に力を入れる。仕事効率を追い求める計算機的なパソコン市場は、ほぼ飽和する。ソニーは、飽和する市場には踏み込まず、知性あるバイオの市場を開拓することで、「今のパソコン市場とほぼ同等の新規市場を創出する」と意気込む。
“今のパソコン”は力不足、画一化が市場の縮小要因に
──今年度(2003年3月期)のVAIO(バイオ)出荷台数を3割も下方修正しました。
木村 昨年から今年にかけて、予想以上に市場全体が縮小したのが原因です。ざっくり昨年を振り返ってみると、6月のサッカーのワールドカップ以降持ち直すのかと思ったが、夏商戦、秋冬商戦ともに悪くなる一方でした。もう、ここまで来ては、昨年4月に立てた目標を達成できないことが明白になり、やむを得ず、今年度の見通しを出荷台数ベースで3割下方修正しました。
バイオの出荷台数が伸び悩み、非常に苦しい状態が続き、ここ1年間で蕫あわやソニーの独り負けか!﨟と、正直言って思いました。ところが、フタを開けてみると、「BCN AWARD 2003」で、デスクトップPC、ノートPC、PDA(携帯情報端末)、デジタルカメラの4部門でトップシェアを獲れた。国内のバイオ出荷台数を、期首目標の180万台から130万台へと下方修正したにも関わらずトップシェアを獲ったということは、国内の個人向け店頭販売におけるパソコン市場そのものが、およそ3割縮小したということです。米国を中心とする海外は、悪いながらも3割までは落ち込んでいません。ところが、日本はどんどん悪くなっている。悪くなるタイミングが米国より2-3年遅いから、楽観できません。
──03年度の国内市場は、どう動きますか。
木村 少なくとも楽観は禁物です。国内、海外ともに、デジカメを除いては、世界的に停滞感がある。堅調に伸びてきたパソコンの歴史のなかで、これだけ世界的な規模で悪くなったことは初めての経験です。じゃあ、もうパソコンは人々にとって必要のない、無用の長物のなのか?――といえば、明らかに違います。しかし、蕫今のパソコン﨟では、新しいパソコンを購入しようという動機付けが弱い。利用者をぐいぐい引っ張る力が、今のパソコンには不足しているということです。われわれ業界は、真摯にこの事実を受け止めなければなりません。
──米国では、デルコンピュータやイーマシーンズなど、再び低価格パソコンが勢いをつけています。国内でも、販売不振と相まって低価格化の動きがある。
木村 パソコンの原価を決めるサプライチェーンが絶えず進化しているわけですから、これまでより安いパソコンが市場に出てくるのは当然です。もともと家庭向けに商売をしていなかったデルが、この分野でシェアを伸ばしているんだから、われわれも、彼らの躍進を注意深く観察しています。低価格の流れがどこまで続くのかは分かりませんが、パソコンのコモディティ(日用品)化の現れだと理解しています。「勤め先でデルを使っているので、自宅でも…」という人も多いかも知れません。
ノートパソコンで昨年、各社一斉に安いデスクトップ用のペンティアム4を積んだ製品を市場投入しました。欧州あたりから始まり、一気に世界的なノートの低価格化の流れができてしまった。この動きは、ノートの市場を大きく破壊しました。一方、ソニーは、このデスクトップ用ペンティアム4を積んだノート分野で、他社より1.5シーズンほど投入が遅れてしまいました。ノート用のCPUではないので、バッテリーの持ち時間が短すぎる。いろいろ研究しているうちに、投入時期が遅れたのです。他社と同じような安いノートを出して戦うのは、ソニーらしくない。
しかし、すべてのパソコンがコモディティ化するとすれば、バイオ事業をやる意味はありません。一部では、価格を訴求するメーカーとぶつかるところもありますが、それはほんの一部であり、われわれが正面からコモディティなパソコンで衝突するということではありません。一体型パソコン「バイオW」や、両手の上で操作する「バイオU」は、蕫銀パソブーム﨟を起こした「バイオ505」以来の大ヒットを飛ばしました。BCNランキングでも、単機種としては記録的なシェアを示している。こういう特異なパソコンに反応する顧客がいる限り、バイオ事業をやる価値はあると考えています。
──バイオWは昨年秋以降、大手ベンダーの追随現象を引き起こしました。
木村 市場が右肩上がりで伸びているときは、銀パソなら銀パソの新しいカテゴリーに各社が参入して、わいわい市場を盛り上げるというのも1つの手法です。しかし、今のように、次の突破口を見つけるため暗中模索している状態で、一体型の「バイオW」がちょっと売れたからといって、各社がその路線を追いかけると、共倒れして、全滅してしまいますよ。(笑)こういう停滞期には、顧客のパソコンへの投資を引き出せるような、新しい商品を次々に出さなければならない。全体的に画一化した商品が増えると、市場の縮小に歯止めがかからなくなります。
出荷台数400万台に再挑戦、まったく新しい市場を創出
──バイオ事業を始めて6年目になる今年は、どう戦いますか。
木村 まず、世界市場での出荷台数を再び400万台規模になるよう努力します。しかし一方で、目先の台数目標だけ追いかけてもまったく意味がありません。ソニーとしての戦略性を明確にし、ここ3-5年の間に、パソコン関連市場の規模を今の2倍にする土台をつくります。これまでのパソコンは、コモディティ化して価格は下がり、市場規模としてはせいぜい横這いを維持するので精一杯です。テレビの市場規模は、毎年そんなには変化しないでしょう。こういうテレビ的なコモディティパソコンは今後も存続していきますが、ソニーは、これらの市場とは別に、まったく新しい市場をもう1つ創出しようという目標を立てて、準備を進めています。
商売のネタは、いくらでもあります。ブロードバンド、無線、ホームネットワークなど、誰でも知っているネタがたくさんあります。今はこれらのネタをうまく商売に結びつけられてない状態です。これらのネタをパソコンに取り込むのに加え、もう1つのキーワードとして「インテリジェンス」(知性)を考えています。このインテリジェンスという要素は、家電のハードディスクレコーダーの「コクーン」の一部に組み込んでありますが、本来は家電ではなく、パソコンが真っ先に取り込まなければならない要素です。
また、昨年9月に、計算や記憶といったコンピュータと、人の感性に訴えるAIBO(アイボ)のようなペット型ロボットの中間に位置する、蕫感性のコンピュータ﨟とも言えるコンセプト「バイオE・Q」を発表しました。個人の感性や思考、行動を支援するコンピュータという意味で、これまでの映像や音楽を楽しむだけの従来型バイオとは違ったコンセプトです。もちろん、仕事の効率化のためだけのパソコンとはまったく違う世界です。まだ、もやもやとした概念だけですが、今年は、映像や音楽だけのバイオから、新しいインテリジェンスをもったバイオへと、発展する基盤をつくる年だと位置づけています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
年に20回は海外に出て、営業拠点を激励して歩く。しかし、「ここ1年は、激励よりも激怒の方が多かった」と振り返る。バイオ事業6年目にして、出荷目標台数を3割も下方修正せざるを得ない厳しい状況では、むしろ納得できる。
「パソコンは、最先端のインテリジェンスを詰め込める商材だ。すぐにロボット並みというわけにはいかないが、少なくとも家電よりは、ずっと先端を行くべき。コモディティ化して、進化が止まれば、パソコン事業は成り立たない」今年は少なくとも世界出荷で400万台まで引き戻し、それから3―5年以内に、今のパソコン市場を2倍に拡げる新しいインテリジェンスバイオを世に送り出す方針。ソニーの遺伝子が、またも動き始めた。(寶)
プロフィール
(きむら けいじ)1952年生まれ。77年、ソニー入社。91年、コンピュータ&マルチメディア開発本部開発第1部長。96年、インフォメーションテクノロジーカンパニー(ITC)モーバイルプロダクツ部長。97年、ITC事業戦略部長。同年、ITCバイス・プレジデント。99年、パーソナルITネットワークカンパニー(PNC)インフォメーションテクノロジーカンパニー事業戦略部長。同年、PNCバイス・プレジデント。00年、執行役員に就任。01年、モーバイルネットワークカンパニーNCプレジデント。現在に至る。02年、執行役員常務に就任。
会社紹介
ソニーは、今年度(2003年3月期)の「VAIO(バイオ)」の出荷台数を、期首目標である国内年間180万台から、3割程度少ない130万台へと下方修正した。世界市場についても、年間440万台(うち海外は260万台)の期首目標が310万台(同180万台)にとどまる見通し。国内、海外ともに目標を3割前後下回り、今年で6年目になるバイオ事業で最大の下方修正となる。
一方で、米国ではデスクトップで2ケタシェアを開拓し、ノートでは東芝と肩を並べる。ヒューレット・パッカード(HP)やデルコンピュータなどの世界の強豪と、デスクトップとノートの両方で正面から戦いを挑むのは、国内メーカーではソニーだけ。デジタルカメラでは、米国でもトップシェアを奪取した。国内では、「BCN AWARD 2003」で、デスクトップPC、ノートPC、PDA(携帯情報端末)、デジタルカメラの4部門でトップシェアを獲得した。そんなソニーの下方修正は、同等規模で市場の縮小現象が起こっていることを裏付けている。