コンピュータ入力機器「タブレット」市場を切り拓き、国内を含めグローバル市場でトップシェアを不動のものにしたワコム。6月24日付でトップの座に就任した山田正彦社長は、「さらに国内と海外で相乗効果を生む体制をつくる」と、より一層世界展開を強化する方針。既存のタブレット製品に加え、液晶一体型ペンタブレットや携帯電話関連コンポーネント分野で新機軸を打ち出そうとしている。
“成長マインド”を全社に根付かせる、部門別に「グローバルチーム」を新設
──コンピュータ入力機器「タブレット」を主力製品として、今後、さらに業績を伸ばすためにどのような戦略を考えていますか。
山田 新社長に就任してすべきことはまず、当社の今後の成長基盤を作ることだと思っています。単に、事業のプロセスなどを見直すだけでなく、“成長マインド”を全社に根付かせたいと考えています。当社のビジネスは、売り上げの約6割を海外で上げていることからも分かる通り、グローバルな展開をしています。今後は、これまで以上に国内と海外のビジネス展開の強みを生かすためにも、各部門別に世界の担当者を集めた「グローバルチーム」を新設していきます。日本からのみ新製品を発信するのではなく、米国、欧州、中国など世界5か所の海外関連会社で働く当社従業員が知恵を出し合い、各拠点からも適宜新製品を生み出す環境づくりをします。世界各地の知恵が生んだ新製品で利益を上げ、ワコムの次世代に向けた活力を生み出せるようにします。
──国内と海外関連会社が相乗効果を生むための「グローバルチーム」は、どのような部門で実現をお考えですか。
山田 現在でも、グローバルに統括する「グローバルチーム」がいくつかの部門で立ち上がっています。例えば、SCM(サプライチェーンマネジメント)は、世界の指揮系統を日本にある「グローバルチーム」に集約しています。このほか、マーケティングやブランディングなどの部門を含め、地域や国籍を問わず、マトリクス的な組織として動く体制にしていきます。このグローバル体制が確立されますと、欧州の海外関連会社で出たアイデアをアジアや米国などで迅速に展開できます。当社は1983年7月に設立され、88年にはすでに米国、ドイツ、韓国に現地法人として海外関連会社を立ち上げました。それから十数年経ち、各拠点が独り立ちしました。その結果、タブレットに関しては、売上比率で各拠点が均等に製品の販売実績を上げています。世界で蓄積したこうしたノウハウを一本化することで、さらに会社全体が進化できると思うのです。
──主力製品のタブレットなどは、世界の地域によってユーザーニーズが違いますよね。
山田 プロフェッショナル市場では、映画・デザイン産業が発展している米国で利用されるタブレットのコンセプトを基に、世界で発売する製品を開発しています。コンシューマ市場では、欧州が最も市場展開が早いため、欧州の海外関連会社が先導して製品を開発しています。液晶一体型ペンタブレットなど液晶関連では、日本を含むアジア圏および米国が技術、利用ともに進んでいるので、日本が中心になり製品コンセプトを決定しています。世界に先駆けた商品コンセプトを世界から入手し、最も適した社内のプロダクトチームに指示して、迅速に開発を手がけるようなビジネスの循環をつくろうとしています。
医療・教育分野で利用進むタブレット、携帯電話向けにはプロジェクトも
──今後、どんな製品カテゴリーを増やし、あるいはどの分野を伸ばしていく考えですか。
山田 当社が今後伸ばしたい分野としては、商品カテゴリーでいえば液晶一体型ペンタブレット関連と携帯電話関連のコンポーネントです。液晶一体型ペンタブレットは今後も順調に推移すると予測しています。また、「ペン入力センサー技術」を組み込んだ携帯電話関連は、ここにきて商談が増えていて、これを確実に成長させるのが当社が業績を伸ばす1つのポイントになります。液晶一体型ペンタブレットは、カテゴリーとして「黎明期」にあると見ています。当社が商品コンセプトを出し始め、ここにきてCG製作現場などにようやく定着してきた段階です。当社の液晶一体型ペンタブレットとしては「シンティックシリーズ」がありますが、この製品の売り上げが特に伸びているのが医療分野です。
医療現場では、医者が患者に対し治療内容の方向性を伝える「インフォームドコンセント」が重要になり、電子カルテなどで詳細を説明する際に、シンティックシリーズが広く利用されています。日本では、当社の液晶一体型ペンタブレットを使う病院が、300床以上ある大病院の3分の1に普及し、標準となりつつあります。さらに、液晶一体型ペンタブレットは、プレゼンテーションツールとして有効活用できます。そのため、教育分野にも拡販したいと考えています。従来は、児童・生徒に背を向けて黒板で指導していた先生が、児童・生徒の顔を見ながら液晶一体型ペンタブレットを使い説明するシーンが増えてくると見ています。
──液晶一体型ペンタブレットは、医療と教育の各分野でどの程度伸びると予測していますか。
山田 個別の目標数値は公表できませんが、今年度(2005年3月期)は、医療と教育の両分野だけで、前年度に比べ3割以上の売上増を目標にしています。シンティックシリーズはディスプレイが15インチと17インチを製品化していますが、今後はビジネス用途に応じて、さらに大きな画面サイズの製品を出す必要があると思っています。
──「ペン入力センサー技術」を組み込んだ携帯電話関連の状況は、どうなっていますか。
山田 携帯電話関連は、当社の「ペン入力センサー技術」を使って、ある携帯電話メーカーとプロジェクトが進んでいます。量産の時期などについては公表できませんが、当社の英国の開発チームが企画を進めています。カテゴリーとしては、液晶画面が若干大きめの次世代携帯情報端末「スマートフォン」と呼ばれるものです。このような携帯電話関連は、当社でまだ1台も出荷していないのですが、今後PDA(携帯情報端末)や携帯電話など、より液晶が小さい分野にペン入力センサー技術を積極的にコンポーネントビジネスとして拡大していきます。この領域は、当社の技術力が他を圧倒しているため、他の液晶メーカーに真似できない分野だと思います。
──タブレット市場では昨年、デジタルカメラの画像をキレイに加工する「レタッチ」への関心が高まりました。
山田 標準のタブレットとして当社では、プロフェッショナルのグラフィックス編集などに使われている「インテュオス2シリーズ」と、コンシューマ向けでイラストを書いたり、写真加工で活用するタブレット「ファーボシリーズ」を出しています。現在、売上比率では7割がファーボシリーズで、コンシューマ向けが急増しています。インテュオス2シリーズはアジア圏で伸びています。コンシューマ向けでは、ファーボを使い絵を書くのが「第1世代」で、デジカメ写真を加工するレタッチ分野が「第2世代」と呼んでいます。ファーボのユーザー層は、約4割が女性で、プリクラと同じ感覚で使っているようです。当社のタブレットは、パソコンの周辺機器というより、デジカメの周辺機器へと変貌を遂げようとしています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
物腰は柔らかいが、社員に対する要求は高い。「会社は1つの生き物。犠牲を厭(いと)わず、仕事に誇りをもち、全力を出す人材しか必要ない」と手厳しい。ペンタブレットの海外展開を陣頭指揮してきた実績は、海外業績の伸びが証明。「常に諦めずに…」と、海外関連会社を日本本社と対等するまでに成長させたのは、山田社長の功績が大きい。ワコムがタブレット市場で国内外でトップシェアを獲得したのは、創業から10年以上経った1995年だという。「最後まで真剣に取り組んだ会社が勝利する」という言葉の意味は重い。山田社長は一応「旅行が趣味と言っている」としたうえで、「本当は仕事が趣味だ」と言い直すほど、仕事に没頭している。(吾)
プロフィール
山田 正彦
(やまだ まさひこ)1958年生まれ、新潟県六日町出身。86年、東北大学工学部資源工学科卒業。同年4月、ワコムに入社。91年、海外営業部長として、事業開発やマーケティングを含めた海外の販売展開を陣頭指揮。92年、米国にある関連会社「ワコムテクノロジーコーポレーション」の社長に就任。その後、03年に取締役兼専務執行役員、04年に代表取締役副社長兼代表執行役員を経て、今年6月24日付で現職。
会社紹介
1983年7月に創業したワコムは、90年代半ば以降に抜け落ちていった他のタブレットメーカーを尻目に業績を伸ばしてきた。他社との差別化につながったのは、84年に開発した世界初のコードレス電子ペンで作動するタブレット「WTシリーズ」だ。同シリーズにより建設設計などのCAD入力装置で伸び、90年代にプロ向けのグラフィックスデザイン分野を中心に業績を伸ばし、03年4月、ジャスダック市場に株式上場を果たしている。昨年あたりからは国内で、一般ユーザーがデジタルカメラで撮影した写真を手軽に加工修正できる「レタッチ」と呼ばれる分野に関心が高まり、「タブレットがパソコン周辺機器というより、デジカメの周辺機器に変貌した」(山田社長)ことで、イラストを書いたり、写真加工に用いるコンシューマ向けタブレット「ファーボ」が大幅に伸びた。ワコムは売上高の約6割が海外で占める。今後も、世界各地の先進的な技術やニーズを捉え、新たなタブレット関連製品を世界市場で投入していく方針だ。