BTO(ビジネステクノロジー最適化)ツールベンダーのマーキュリー・インタラクティブ・ジャパンの社長に、10月1日付で石井幹氏が就任した。2002年からアドビシステムズの日本法人社長を務めてきた経歴からすれば、同じソフトウェア業界と言っても方向性はずいぶん異なる。しかし、「アドビでもエンタープライズ・ソリューション事業を立ち上げており、ビジネス系のソフトベンダーとしてマーキュリー・インタラクティブに興味を持った」と、周囲が目を見張るほどの転身ではないと笑う。日本のIT投資、IT市場規模は米国に次ぐ大きさ。しかし、BTOソリューションへの投資意欲は低い。「日本市場で顧客開拓を進めていく」と決意ははっきりしている。
一緒に仕事をすることが楽しみになる「オープンマインドで顧客に近い企業」
──9月にアドビシステムズの日本法人社長を退任して、10月1日には早くもマーキュリー・インタラクティブ・ジャパンの社長就任と慌しかったですね。アドビの業績も好調ですが、転職する理由があったのでしょうか。
石井 アドビでも一番力を入れていたのが、エンタープライズ・ソリューションビジネスの立ち上げです。PDFを使ったビジネスのワークフローを効率化しようというソリューションに力を注ぎました。マーキュリーの対象も企業のIT部門ですし、ソリューション展開を強めていく段階にあります。そういう意味では、私にとっては親しみのある分野ということもあります。
また、マーキュリーは日本ではテストツールベンダーとして知名度がありますが、そうした開発者向けのツールだけでなく、システムの運用監視ツールのソリューションなどに対して興味がありました。マーキュリーとアドビの業態の違いで、方向が異なっているようにも見えますが、私自身がやってきたこと、これからやっていくことという点から見れば非常に関連性が高いと思っています。
アドビは買収された旧会社を含め20年間勤務したことになります。アドビ以外の会社でチャレンジしたいという気持ちもありましたし、少し自由な時間を持って、ゆっくりしてみたいという気持ちがあったのも事実です。しかし、マーキュリーのことを聞き、北米を筆頭に非常に成功しているにもかかわらず、時間軸の違いで日本ではこれからの成長が期待されているというように、いまからが日本法人の一番面白いフェーズだと感じ、興味を引かれました。そこで「少し休みを取ろうか」という計画を白紙撤回したわけです。
──マーキュリーに入社してまだ3週間程度ですが、日本に落ち着いている暇はないようですね。
石井 正式に入社する以前にも2度ほど日本法人を訪れていますが、10月に入ってからは米国出張で忙殺されているのは確かですね。いったん米国から戻り、17日にはアジア・パシフィックのミーティングがあるベトナム・ハノイに発ちました。日本法人に腰を落ち着けられるのは10月末になりそうですね。これまでに米本社に行って、トップや役員などにも一通り会い、非常にオープンマインドな会社だと実感しました。日本法人の社員もそうですが、一緒に仕事をすることが楽しみになるような企業文化があると思います。社風を一言で言ってしまえば、「非常に顧客に近い企業」だと思います。これは、会って話した米本社の役員や日本のスタッフの誰からも感じられることです。「顧客の成功がなければ、我々の成功もない」という意識が根付いています。
テストツールを出発点に成長し、直接顧客に提案していく活動を強化
──日本のIT投資は米国に次ぐ規模といわれます。しかし、その一方でシステムインテグレータ(SI)の利益率が悪化していることに加え、ユーザーのITスキル不足という問題も一部では顕在化しています。
石井 日本市場でマーキュリーが認知されているのは、テスティングツールの分野です。テストツールのスタンダードとして認識されていますが、それ以外にもシステムの運用監視ツールをソリューション提供していますし、日本ではこれからですがITガバナンスをサポートするソリューションもラインアップしています。我々としてはテストツールだけでなく、アプリケーションのテスト後には運用監視が続き、さらにITを有効活用するためにはITガバナンスを高めていくという一貫性が必要。経営の重要な要素の1つとしてITを見ているかどうか。それがマーキュリーのソリューションの方向です。
企業のトップから見て、ITがどれだけ戦略的な位置づけがされているかが問われる必要があると思います。ビジネスサイドのニーズと、ITとして実現する側に意思の疎通ができなければなりません。ITを経営に活用するためには、ビジネスニーズを明確にする必要があり、それが曖昧なままでSIに委託してしまうようでは、経営とIT間のギャップは埋まらないと考えます。ここに日本のIT産業のあり方としての課題があるように思っています。
これに対して、米国ではCIO(最高情報責任者)という立場が、企業でも行政機関であっても明確になっています。CIOは経営的な観点からITを見て、ITが経営的に結果を出す、つまりビジネスに合致していなければならない責任を持っているわけです。これに対して、日本ではCIOという肩書きは普及しつつありますが、まだまだ経営的にITに対して責任を負うという立場が明確になっていないようにも思います。
──日本の場合でも、CIOの責任を明確にし、ITと経営が密接に結びついている先進的な事例はあります。しかし、それが当たり前ではないところに後進性を感じます。
石井 当社の顧客である金融、通信業界などはITが経営の生命線を握っていると言えます。マーキュリーとして知名度の高いアプリケーションのテストを例に取れば、単にテスト環境を整え、人手をかけてテストを行うということは容易です。しかし、開発した業務アプリケーションのテストでも、どのような負荷をかけて行うかということになると、単に人の手をかければいいというものでもありません。どのようにテストを行うか、ということをマネージしていかなければなりません。
どのようにマネージしていくかという一例を挙げれば、ある業務アプリケーションのテストに使った環境を標準化、共有化することや、どのプロジェクトに対しても同じサービスを提供できるような組織を作るといった集約化も考えられます。
テストツールも、「クオリティセンター」や「パフォーマンスセンター」などのように「センター」として統合的にそれぞれの分野を司る仕組みも提供していきます。もう1つ、「センター・オブ・エクセレンス」という方法もあります。これまでのノウハウやスキル、つまりエクセレンスを1か所の組織に集約するというのも提案の1つになります。
──日本市場で、マーキュリーのソリューションを拡販していける余地はたくさんありそうですね。
石井 もし、マーキュリーがテストツールだけのベンダーだったら魅力は感じなかったと思います。基本的なテストを最初のステップにして、運用監視やITガバナンスまで提供できる強みを発揮するのはこれからです。テストツールを出発点に、広さの点でも深さの点でもビジネスチャンスを生かして成長していくことが可能と判断しました。そのために、日本市場では直接、顧客に提案していく活動を、より一層強化する必要があると思います。もちろんパートナーとの関係も重視しますが、マーキュリーとして顧客の声を直接聞いて、そのニーズにパートナーとともに応えていく段階を経ていかなければ、チャンスを生かすことはできないと思います。「ハイタッチの営業」という表現もありますが、マーキュリーとして顧客とのコンタクトを深めていくことを忘れてはいけないと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「アドビを辞めて、年内は少し休もうと思っていた」らしいが、周りは放っておいてくれなかったようだ。プライベートでは、昨年初めての子供ができ、父親になった。「のんびり過ごす休みを生かして子育てに協力」することも考え、奥さんにも期待されていたとか。マーキュリー・インタラクティブ・ジャパンの社長に就任したことで、むしろ米国へ、ベトナムへと飛び回る10月になってしまった。
マーキュリーの日本法人は、8月に東京・西新橋のオフィスから虎ノ門の米大使館に隣接するオフィスビルに転居したばかり。石井社長就任に合わせたわけでもないだろうが、真新しい社長室に部屋の主が落ち着いていられる時間は、当分取れないだろう。まして顧客への直接営業を掲げるだけに、トップセールスで顧客開拓をする日々が続きそうだ。(蒼)
プロフィール
石井 幹
(いしい みき)1962年生まれ、東京都出身。東京大学工学部卒業、米スタンフォード大学エグゼクティブ・プログラム修了。85年、サムシンググッド(現アイフォー)入社。92年、アルダス入社、取締役商品企画部長。94年、米アドビシステムズによるアルダス買収に伴いアドビシステムズに移籍し、マーケティング・ディレクタ就任。99年、営業本部長。01年、代表取締役副社長。02年、代表取締役社長。05年10月1日、マーキュリー・インタラクティブ・ジャパン代表取締役社長に就任。
会社紹介
マーキュリー・インタラクティブはBTO(ビジネステクノロジー最適化)を提唱し、ITガバナンス、アプリケーション・デリバリー、アプリケーション・マネジメントの3つのBTO領域を統合したシステム・ソリューションを展開している。
日本ではシステムのテストツールベンダーとしての知名度が高いが、ITと経営を密接に結びつけ、顧客企業のビジネス成功を導くIT構築のためのソリューションをワールドワイドで提供している。
設立は1989年で、本社を米カリフォルニア州のマウンテンビューに置く。04年度(04年12月期)の売上高は6億8550万ドル。