情報セキュリティ製品・開発のトリニティーセキュリティーシステムズの業容拡大が加速している。デジタルコンテンツの不正利用防止技術を持ち、デジタル著作権保護製品で成長してきたが、現在は、情報漏えい対策ソフト、通信機器、バックアップなどビジネス領域を広げている。技術力を徹底して追求する姿勢を貫き、情報セキュリティの国産総合メーカーへと変貌を遂げようとしている。
不正コピー防ぐ革新技術 ないのなら自分でつくる
──ゲームソフト会社からセキュリティソフトメーカーへの転身は異色の経歴ですね。情報セキュリティ業界に進出したきっかけは何だったのですか。
林 スクウェア(現スクウェア・エニックス)に在籍していた時は、コピーソフトいわゆる海賊版がちょうど日本で横行していた時期だったんですね。ゲームソフトは、開発者が1つのソフトを完成させるために1─2年もの期間をかけて作り上げる貴重な商品であり、財産です。なかには、1つのタイトルに1000人以上の開発者が携わることだってある。それなのに、複製技術が広まり始めたことで、ゲームソフトの市場を一瞬にして壊してしまったんです。
ゲーム業界にとっては本当に深刻な問題でした。だから、不正コピーを守る技術や製品はないかと探していたんですが、なかったんですよ。あったのは、正規版とコピー版を識別する技術くらい。それではコピーソフトの流通を根本的に防ぐことはできませんから、ないのであれば自分でつくろうと。それが起業のきっかけです。
──それで、DRM(デジタル著作権管理)に着目したわけですね。
林 そうです。コピーを防止し、もしコピーされた場合は、それを利用不可能にする技術がもっとも有効的ですからね。でも、最初はやはり大変でした。アイデアはありましたけど、実現するための具体的な術を知っていたわけでもないし、優秀な技術者を抱えていたわけでもなかったですから。最初の製品を出すまでには2年半もかかりました。今では、静止画、動画、ソフトウェアなどネット上で流れるデジタルコンテンツの不正利用を幅広く阻止する製品群を揃えていますが、当時は苦労しました。
──デジタルコンテンツの配信サービスは、その当時は普及していなかったですよね。せいぜい試験サービスが始まったくらい。開発だけでなく販売面でもビジネスの障壁は高かったのでは。
林 当社のようなDRM技術を持っていた会社はその頃なかったから、優位性は高かったですけど、コンテンツホルダーは興味を持ちながらも、導入には二の足を踏むケースが多かったですね。どの企業も使っていませんでしたから、DRMを使うことでそのコンテンツを利用するエンドユーザーに迷惑がかかり、逆に売り上げが落ちてしまうのではと心配していたんです。
でも、結果はその予測とは違いました。辛抱強く売り込んで当社の製品を導入してくれた先進企業は、導入前に比べ導入後は売り上げが平均2.5倍に伸びたんです。なかには4倍に上がった会社もあります。コピーが売上増加の足かせになっていたのを証明したわけです。
──コンテンツホルダーの今の反応は。
林 2004年ぐらいからDRMに対する意識が徐々に高まり着実に成長しています。当社の技術を使用しているエンドユーザーは100万人以上です。ただ、まだまだこれから。もっと伸びますよ。昨年には、JPCA(日本写真著作権協会)という文化庁の外郭団体が当社製品を採用しました。JPCAは約2万7000人のカメラマンの写真を保護しており著作権保護に非常に気を遣っています。そのJPCAからお墨付きをもらったということで、お客さんに安心感を与えられ、追い風も吹いています。
──DRM以外にもトリニティーは色々な製品を揃えてきましたよね。PCの暗号化や電子文書の情報漏えい対策ソフト、セキュア通信ソリューションのアプライアンスサーバーとか。DRMで活用している技術は生かされていますか。
林 もちろん横展開している技術はあります。ただ、技術よりもこだわっているのは、開発コンセプトなんです。持っている製品で共通しているのは、簡単に使えること、利用者に不便さを与えない使い勝手の良さです。セキュリティを高めたら、利便性が失われたでは意味がありませんから。
そのうえで、「安全に完全はない」という考えのもと、徹底的に技術を追い求めています。情報セキュリティはひとつの脅威を防いだら、また次の脅威がすぐ生まれる、それでまた防ぐという「いたちごっこ」です。でも、そのいたちごっこを根気よく続けていくことで、技術力が高まり、強さを生むというのが私の考えです。たとえば、当社のセキュア通信ソリューションの「IPN」は暗号を解く鍵をネットワーク上でそのつど生成するという独自技術を持っており、これは徹底的に暗号という技術を追求してきたからこそ生まれたと感じています。
──ただ、良い技術をつくり出してもビジネスに結びつくとは限らない。
林 当社の製品を力を入れて販売してくれているパートナーとの距離をもっと縮めていきます。
販売パートナーは、現在数十社いますが、当社の製品を積極的に販売している企業は7─8社に絞られます。今は、代理店を増やして販売網を広げることより、この7─8社のパートナーとの関係を徹底的に強めていきたい。そのための施策も準備します。トリニティーのファンづくりを一緒にお手伝いしてくれるパートナーを確保することが数よりも今は重要です。
ASPでバックアップも「安全に完全はない」
──セキュリティだけでなくバックアップにも取り組んでいますね。領域を広げている理由は。
林 安全に完全はありません。セキュリティを総合的にみる会社を目指すなかで、万一の障害やトラブルが起きた場合の対策を提供する必要性も感じたからです。
──バックアップについては、プロダクトとして提供するだけではなく、月額利用制のASPサービスとしても提供を開始しました。トリニティーにとっては、初めてのサービスビジネスですね。
林 セキュリティ対策は大企業だけでなく、中小企業にも当然施して欲しい。ただ、セキュリティやバックアップというものは、導入したからといって売り上げが伸びるわけではないし、何も起こらなければ導入メリットも感じてもらえない分野です。投資の優先順位は低いわけです。それにもかかわらず、初期導入コストや運用費用が高ければ導入してくれるはずはありませんよね。
当社が始めたPCのオンライン自動バックアップサービス「T─SS SecurityOnline」は、月額利用料金1050円で、すべて全自動でバックアップが取れる。しかも「ブロック差分方式」という独自技術をのせることで、高速でPCのパフォーマンスを落とさない特徴を持っています。
ある大手ITベンダーは似たようなサービスを提供していますが、当社の約20倍の価格で提供しています。それでは、中小企業には無理ですよ。昼御飯一食分で、企業の重要な資産である情報を守れると考えれば、中小企業にも使ってもらいやすい。それが狙いです。 だから、サービスビジネスは今回のサービスだけじゃありませんよ。今後セキュリティ関連でも、第二、第三弾を考えています。2─3年後にはサービス事業で全売上高の20─30%を占めるまでに成長させるつもりです。IPO(新規株式公開)も計画しており、そのうえでもサービスビジネスは戦略的に強化します。
My favorite 3年前の結婚記念日に妻からもらった万年筆。思いついたアイデアをメモするために愛用している。「すぐモノをなくすから」、普段は持ち歩かず自宅での利用に限定しているという。家族は出身地の徳島県で暮らし、林社長は東京で生活する日々を8年ほど前から続けている。家族と過ごす時間は決して多くないが、それでも月に1回は故郷に帰り家族とともに休暇を楽しんでいる
眼光紙背 ~取材を終えて~
同社の「Pirates Buster(パイレーツ バスター)シリーズ」は、製品が乱立するセキュリティ市場のなかでもとくにインパクトが強いネーミングだろう。「海賊(Pirates)製品を撃退(Buster)する」という意味を込めて名づけたという。ソフトやデジタルコンテンツの著作権を守るという創業時の事業コンセプトを製品名に反映したわけだ。
今ではDRMだけでなく、情報漏えい対策など製品・サービスは増え、海賊版の撃退だけに限定していない。また、代理店からは海賊という言葉はイメージが悪いと難色を示す声もあるが、ゲーム会社在籍時に海賊版に苦しめられただけに、情報やコンテンツの不正利用防止に対する熱意は強い。それだけに、ブランド名にも愛着を持っているのだろう。
海賊版の流通は、海外でも深刻化している問題。現在は日本だけにとどまるが、このインパクトの強いブランド名で海外進出も期待したい。(鈎)
プロフィール
林 元徳
(はやし もとのり)1959年10月25日生まれ。徳島県出身。84年、関西学院大学商学部卒業。同年、阿波銀行入行。96年12月、ジャストシステム入社。98年4月、スクウェア(現・スクウェア・エニックス)入社。99年11月、トリニティーコミュニケーション(現・トリニティーセキュリティーシステムズ)設立。00年4月、代表取締役社長に就任。05年9月からは、関連会社のティーエスエスラボの取締役も兼務する。
会社紹介
トリニティーセキュリティーシステムズは、1999年11月に林元德社長が設立したトリニティーコミュニケーションが前身で、02年に現社名に変更した。99年設立以降、情報セキュリティ製品の開発・販売事業を展開する。設立当初はデジタルコンテンツの著作権保護製品に特化していたが、現在は情報漏えい対策ソフトやバックアップサービス、セキュア通信のアプライアンスサーバー製品なども持つ。
昨年度(06年3月期)の売上高は約12億円で、今年度は約2倍の22-25億円を狙っている。本社は徳島県徳島市。従業員数は約90人。関連会社として情報技術の研究開発会社ティーエスエスラボがある。