今年1月に「ライブドア事件」が起き、イメージ低下という劣勢に立たされながらも弥生の業績は好調に推移した。昨年は主力会計ソフトウェアの「スタンドアローン版」に加え、「ネットワーク版」を出し、競合ひしめく中堅企業市場に参入した。平松庚三・前社長から6月12日付で引き継ぎ就任した飼沼健・新社長は、「税務ソフトを出したい」などと、新規参入を口にする。早くも、「次のステージ」へ向けた取り組みを活発化させている。
顧客企業の成長に合わせ 応じられるソフトを提供
──店頭の業務ソフト市場が縮小傾向にあります。トップベンダーとして、こうした傾向をどう見ていますか。
飼沼 業務ソフトの店頭市場は、ここ数年、シュリンクしています。この傾向が激変し、急に拡大するとは思えない。一方、インターネット上の「eコマース」は拡大している。どこかの時点で相殺され、(店頭販売とネット販売を)トータルすれば以前と同規模の市場になるんじゃないかと考えています。
──この先、弥生の拡販方法がネット販売にシフトすることになるのですか。
飼沼 直販サイト「弥生ストア」はこの2年間、“倍々ゲーム”で伸びています。他の「eコマース」サイトへ卸す製品の数も増え続けていますし、ネット販売へシフトしているという手ごたえは感じています。ネット販売というトレンドはフォローする必要はあるでしょう。販売チャネルはいろいろと分かれていきますが、業務ソフト全体の“パイ”は減らない。景気がしばらく拡大しているので、これから伸びてくるでしょう。
──中小企業や個人事業主の「自計化」率は、3割程度と遅れています。何とか、業界全体で市場を盛り上げる方法はないですか。
飼沼 数字に対する“感度”が「高いか低いか」で、経営者としての資質が問われます。「自計化」は、自分で自社の立ち位置を確認するうえで、非常に重要。それもあって、弥生会計ソフトのサポート契約者が無料で利用できる「経営診断サービス」を開始したんです。自分の会社が、今、業界内のどの位置にいて、どこに向かうかを把握することが大切だと、啓蒙をしていく必要があるでしょう。
──業界で「自計化」を推進する動きは、今に始まったことではありませんね。それでもなお、「自計化」は進んでいません。
飼沼 「面倒くさい」というのがあるでしょうね。紙伝票をある程度整理すれば、あとは会計事務所や税理士がまとめてくれますからね。そもそも、経営者が「財務・会計」をどう捉えるかという問題がある。「財務・会計」を企業のアクティビティの「後始末」と考えると、「面倒くさい」という考えになってしまう。「次の手を打つ」ための基礎資料や情報データを作成するためのものという捉え方をすれば、「財務・会計」を軽視できなくなりますよ。
──中小企業の経営者に聞くと、「次の手を打つ」考えは、大企業の視点であって、「目先の数字」を追いかけるのが精一杯ということをよく耳にします。
飼沼 大きくなりたいという意識がなければ、大きくはできませんね。自分で自分の企業サイズを初めから既定してしまっている。サイズを大きくすることを望まなければ、それ以上にならないでしょう。
──小さい企業に軸足を置いてきた弥生が、中堅企業市場に進出しました。うがった見方をすると、中小企業や個人事業の領域は“飽和状態”にあるのかと感じますが。
飼沼 そうではありません。「弥生シリーズ」は、前身の日本マイコンが出荷を開始してから、07年版で20周年を迎えます。長年「弥生シリーズ」を利用するユーザーも成長している。成長したユーザーからは「今の規模に見合う業務ソフトがない」との声がありました。そこに製品を提供するのは、当社の責務です。「中規模」「小規模」「個人」というのは、変わらず当社のドメインですよ。
次のステージでは「税務ソフト」を手がけたい
──2008年度(08年9月期)中に「年間実売10万本」「売上高100億円」の達成を目指しています。今の勢いならば、既存事業で到達する数字でしょうが、次の収益源をどう考えていますか。
飼沼 昨年度、今年度、来年度にかけて揃うことになる中堅企業向けの「ネットワーク対応版」を次の収益の柱にしようとしています。昨年の発売以来、ネットワーク版の導入数は約800社、07年度は年間1500社にします。ただ、しばらくは店頭などで販売している「スタンドアローン版」と「プロフェッショナル版」の収益が上位の状態が続きます。
現在、「スタンドアローン版」と「プロフェッショナル版」のユーザー数は約57万件、このうち有償サポート契約数が約12万件。まだまだ増え続け、保守料金が累積しています。そのため、いきなりネットワーク版の売り上げが上回ることはないものの、あと3─5年で追い抜く可能性はあるでしょう。
──中堅企業向けの業務ソフト市場は、国産ベンダーなどの競合が激しいですね。
飼沼 その通りです。オービックビジネスコンサルタント(OBC)やピー・シー・エー(PCA)、あるいは応研など、「体力のある競合企業」が多いですね。これに対し、弥生は「20年の歴史」「市場の高い認知度」を持っています。まだまだ数は多くはないけど、中堅企業にも入り込み、製品を使って頂いている実績がある。それを糸口に拡大したい。
弥生が「スタンドアローン版」で培ってきたことは何かというと、「使いやすさ」なんです。競合他社の製品は、カスタマイズができ、「各企業のニーズに応じた…」と主張している。自由度が高いということは「使い勝手が悪い」ということの裏返しでもある。10月下旬には、「弥生ソリューション・パートナー・プログラム (YSPP)」を発足し、「ネットワーク版」向けのソフト開発キット(SDK)の提供を開始しました。どこまでが「使いやすさ」で、どこまでが「各企業のニーズに対応できる」か、視点を小さい企業の側から見ていくことにしています。
──現ライブドア社長の平松庚三・前社長から引き継ぎ、中長期的に弥生の舵取りをすることになりますね。「次のステージ」をどう描いていますか。
飼沼 まだ、社内的には、議論が柔らかいところですが、ぜひ、「税務ソフト」をやりたい。世の中の「会計ソフト」のうち、弥生のソフトが数的に最も多く出ているはずです。公認会計士や税理士からすれば、「顧問先企業」が最も多く入れているのが「弥生シリーズ」。そうすると、その情報データをまとめるための税務を計算するソフトが弥生製品であれば、もっといいと感じているはずです。自ずと、会計事務所などに会計専用機を提供するベンダーと、どこかで競合する状態になりますね。
──「税務ソフト」に参入するうえで、今から取り組むべきことは何ですか。
飼沼 これからやるべきは「全体設計」でしょう。「会計ソフト」があり、そのなかに「税務ソフト」をどう位置づけるのか。そうこうしているうちに「e─TAX(国税電子申告・納税システム)」が浸透してくるだろうし、企業の「税務・財務」のインフラとして、弥生がどこまで製品提供できるのかを検討する必要があります。会計専用機ベンダーとは逆で、会計事務所からではなく、「顧問先企業」に弥生製品を提供する角度から、会計事務所を攻めるアプローチになります。
──親会社ライブドアと今後の関係と、株式公開(IPO)の見通しを教えて下さい。
飼沼 ライブドアに関しては、直接的なかかわりはあまりないので、弥生は独立性を保ちつつ、自ら生きていけるようにする。IPOは、03年に米インテュイットからMBO(経営陣による企業買収)した時からの悲願であり、1つの区切り。チャンスがあれば狙いたいです。ただ、株主が100%ライブドア。その意向が強く働きますよ。
My favorite 平松庚三・前社長が大型バイクならば、飼沼社長は「コンパーチブル」で風を切る走り屋。写真は、自家用車である日産「フェアレディZロードスター」の1/43ダイキャストモデル(模型)である。この車、「屋根を開け走る開放感がいい」と購入。実車は、ツーシーター、排気量3500CCの高級車。「考えが煮詰まった時」などに疾駆し、気分をリフレッシュしているとのこと
眼光紙背 ~取材を終えて~
大学生時代に学んだ「アラビア語は、もう話せない」(飼沼社長)が、英語は堪能だ。そんな国際派社長でも、ライブドアに買収され移転した東京・港区の「六本木ヒルズ」は居心地が悪そう。以前の聖路加タワー(東京・築地)は取材する側に好都合で、「アポ無し」で対応してくれた。今は、セキュリティが厳しく、「事前予約」が必要である。
6月7日の社長就任会見では、こう話していた。「駅伝に例えるなら、前走者(平松・前社長)が区間記録をつくったあとのたすきを受けたようなもの」。
1月に「ライブドア事件」が起きたばかりでもあり、「重責を感じている」(飼沼社長)と、緊張した面持ちだったのを記憶している。しかし、今は「オフレコ」を交え、中長期的な戦略まで「ハイトーン」で披瀝してくれる。常に上を目指す姿勢を示す飼沼社長。中堅企業市場への参入は、大きく飛躍するうえでの「分岐点」となりそうだ。(吾)
プロフィール
飼沼 健
(かいぬま けん)1955年5月、美濃焼で有名な岐阜県土岐市生まれ。51歳。79年、東京外国語大学外国語学部アラビア語学科卒業。同年、吉田工業(現YKK)に入社し、84年から同社の「YKK USA Inc.」に出向してから、世界を舞台に活躍。95年にはアクセス・メディア・インターナショナルの専務取締役に就任。99年、AOLジャパンの副社長に。その後、人材事業会社のピーエイ副社長を歴任し、03年に弥生に入社。06年6月12日から現職。
会社紹介
弥生は03年、MBO(経営陣による企業買収)により、前身の米インテュイットから分離独立。04年12月に、ライブドアグループの一員となった。大手量販店の業務ソフトウェア市場では、競合他社が脱落するなか、長年トップシェアを堅持している。
主力ソフト「弥生シリーズ」のユーザー数は57万件。08年度(08年9月期)中に、「年間実売10万本」「売上高100億円」「営業利益率40%」の達成を目指している。
昨年度の売上高は約87億円。昨年は、中堅企業向け「ネットワーク版」を出荷したほか、今年にも歯科医院向けソフト「弥生デンタル」を出すなど、新規事業領域への参入を積極的に進めている。