マイクロソフトが掲げる課題の1つに、SMB(中堅・中小企業)向け事業の拡大があげられる。ユーザー企業に対するシステム・サービスの提供が予想に反して苦戦しているからだ。そこで、今年度(2008年6月期)から、代表執行役員兼COOの樋口泰行氏がゼネラルビジネス責任者も担当することになった。「パートナー企業やユーザー企業とWin-Winの関係を一段と綿密に築いていく」と決意を語る樋口氏に、ゼネラルビジネスの拡大策を聞いた。
デジタルワークスタイルで法人向け製品・サービスを
──欧米に比べ、SMB向けビジネスの伸びが鈍いようですね。この状況を打破する策はあるのですか。
樋口 今年度から、法人向け事業を手がける「デジタルワークスタイル」と、コンシューマ向けの「デジタルライフスタイル」と明確に分けた組織体制にしています。これは、BtoBとBtoCのビジネススタイルが異なっており、それぞれのやり方があるとの判断からです。「PLAN-J」が3年目という点でも大きな転換期を迎えているといえます。
そのなかで、私が兼務することになったゼネラルビジネスはメーカーの顔が見えたほうがよい。そこで、“ワークスタイル”をコンセプトに企業内個人を含めてIT基盤を提供していきたい。なかでも、SMBに対しては一段と分かりやすく訴求していきます。
──具体的には。
樋口 モバイル関連で「Windows Mobile」の進化で携帯電話事業者によるOSの採用が増えています。パソコンと携帯電話が二分されているなか、携帯電話側からも訴求できることは大きい。また、新しい取り組みとしてはSaaS(サービス型ソフトウェア)を切り口とした通信事業者とのパートナーシップです。SMBを開拓するうえでも大きな効果に結びつくといえます。
──しかし、これだけでは足元の課題であるSMB向け製品・サービスの提供拡大という点では十分でないはずですが。
樋口 これだけでSMBを開拓できるとは思っていません。米国と比べれば、日本はITスキルがベンダー側に偏っています。ユーザー側にスキルの高い人材がいたとしても、大企業に存在しているケースが多い。そのため、SMBへのシステム導入は手間がかかります。売る側にしてみれば、手間がかかる割には収益に結びつかないというジレンマがあり、新しい策を講じることが重要になってきます。そこで、今年度早々に3つの視点から新部隊を設置しました。
まずは顧客との接点です。SMBを中心に直接訪問するチームを立ち上げました。これまで、ソリューション提案が必要な既存顧客や見込み顧客に対して直接訪問する専門要員として「LOM(ラージ・オポチュニティ・マネージャー)」を配置していました。従来は、テレセールス部門が吸い上げた案件によって訪問するというケースがありました。しかし、専任ではなかったことから、中小企業への支援が手厚いわけではなかった。なかなか入り込むことが難しかった顧客との間に接点をつくり、販売パートナーにとって売りやすい環境を整備することが狙いです。競合他社も似たようなことを行っていますが、対象をそれよりも小規模企業にしています。
2つめは、SMBや大企業向けに具体的な提案をするため、インフォメーションワーカー向けにクライアントPCのソリューション提案を企画する部隊もゼネラルソリューション営業本部内に新設しました。当社の業務アプリケーション製品「Microsoft Dynamics」シリーズと、パートナー企業のクライアント端末やサーバー製品などを組み合わせ、ニーズに最適なソリューションを揃えていきます。
3つめは、ソリューションを共同提案するパートナー施策も強化しました。マイクロソフト製品を大量に販売する各パートナーに応じたマーケティング施策を提供する「チャネル開発本部」をビジネスパートナー統括本部内に設けています。この部門は、パートナーごとの共同プロモーション展開による重点製品の拡販や、コールセンターによるライセンス販売の支援などを行います。
これまでは、必ずしも顧客やパートナーが満足する施策が展開できていたとはいえません。しかも、クライアントベースの製品販売が中心だった。今後は、ソリューションを切り口としたビジネスを徹底していきます。
Vistaの需要増を期待 ソフト+サービス選択肢に
──「Vista」についてですが、もっと早く立ち上がるとの期待が強かった。販売代理店など多くのベンダーから「Vista拡販の体制を整えたにもかかわらず予想外の展開」との話を聞きます。
樋口 パソコン市場が成熟していることから、確かに「Vista」に対する過剰なまでの期待がありました。その期待に応えられなかったのは否めません。しかし、法人向け市場は過去の経験からいえば個人向け市場と比べて新OSの立ち上がりが遅いという傾向がある。しかも今後、「Windows Server 2008」や「SQL Server 2008」「Visual Studio 2008」などを市場投入していきます。これらの製品群で需要の掘り起こしが期待できる。「Vista」への乗り換えは確実にあると確信しています。
──「2008」シリーズの発売でVista需要が自然と立ち上がると。
樋口 その通りです。そのためにも、パートナー企業とWin-Winの関係を築ける体制が必要と感じているのです。
──品質面で担当者の配置や組織の新設を今年度中に行うそうですが、その理由は。
樋口 品質に関する責任の所在がはっきりしていなかったことが理由です。製品品質をはじめ、システムのトラブルシューティングなどの窓口を一本化することが重要だと考えました。これは、本社との距離感を一段と縮めることにもつながる。ミッションクリティカル分野では、他社と比べると後発ではあります。しかし、事業領域を広げるという点では継続的な品質向上を追求していかなければなりません。
──「Dynamics」の国内投入が世界に比べて遅れましたね。影響はありませんか。
樋口 日本に適した製品を出さなければ早く出しても意味がありません。正しいことだったと判断しています。というのも、パートナーの感触が良好だからです。ユーザー企業に慣れ親しんでいるアプリケーションとシームレスに動くことは大きい。業界では、パートナー製品と競合するとの見方もありますが、全くそんなことはありません。
──SaaSがにわかに騒がれ始めています。アプリケーションの提供方法が変われば、ビジネスモデルも変える必要が出てくるといえますが、どのように考えますか。
樋口 SaaSという「ソフトウェア」+「サービス」の形態は、IT市場を底上げする重要なアイテムです。当社としても貢献できるのではないかとの判断で通信事業者のKDDIとSaaS分野でのパートナーシップに踏み切りました。来年3月に本格的なサービスが始動となりますので、1つの分岐点ではあります。
しかし、現段階ではビジネスモデルを完全に変えることが必要とは言いがたい。ですので、当社自らが法人向けのSaaSプラットフォームを開発し、自社のソフトをSaaSで提供するということは考えていない。ソフトウェア+サービスは、パッケージやライセンスだけではないという選択肢を広げるものだと認識しているからです。
──OSS(オープンソースソフトウェア)との勢力図については、どのように考えていますか。
樋口 OSSはコスト面をはじめ、さまざまな問題もあるのではないでしょうか。しかも、当社が重点に置いているのは“OS”ではなく“統合運用”です。したがって、OS間のシェア争いに関しては、まったく気にしていません。
My favorite ダイエーから身を引く際に、知人から「お疲れさま」という意味で贈られた万年筆。腕のよい職人による手作りの品だそうだ。それまでは万年筆には馴染みがなかったが、「使ってみると書きやすい」と実感。インクは黒だけでなく茶色を使うなど、こだわっている
眼光紙背 ~取材を終えて~
ゼネラルビジネス担当として最も力を入れることは、販売代理店やアプリケーションベンダーなどとのパートナーシップを深めること。今年3月にマイクロソフトに入ってから、パートナーを訪問した数は130社を超えるという。「当社とパートナーの関係は、これまで点と点だった。これを会社同士の面と面でつき合っていきたい」。今後は、パートナーのエンジニアを同社に派遣させることや、個別の共同プロモーションなどを積極的に実施する。「“パートナーマッスル”の追求」も徹底。これは、パートナーを“筋肉質な企業”に変えるための支援を実施するということ。案件はあるが対応できないパートナーも多いからだ。「パートナーの質と量を高めていく」方針だ。
IT業界には約2年ぶりの復帰となる。「パートナーからは『戻ってきたんだから、新しいことを何かやりましょう』とよく言われる」。業界活性化にもつながる手腕に期待がかかる。(郁)
プロフィール
樋口 泰行
(ひぐち やすゆき)1957年、兵庫県出身。80年、大阪大学工学部卒業後、松下電器産業に入社。91年、ハーバード大学経営大学院卒業。92年ボストンコンサルティンググループ、94年アップルコンピュータを経て、97年にコンパックコンピュータ入社。02年、日本ヒューレット・パッカードとコンパックコンピュータの合併にともない、日本ヒューレット・パッカードの執行役員インダストリースタンダードサーバ統括本部長に就任。03年に代表取締役社長兼COOに就任。05年、ダイエー代表取締役社長兼COOに就任。07年3月、マイクロソフト代表執行役兼COO に就任。同年7月、代表執行役兼COOに加え、ゼネラルビジネス担当も兼務する。
会社紹介
1986年2月に米マイクロソフトの日本法人として設立。今年3月に樋口泰行氏が代表執行役兼COOとして就任し、企業規模を一段と拡大させる布陣が敷かれた。同社にとって新しい期となる7月には、企業向けビジネスを手がける「デジタルワークスタイル」と個人向けの「デジタルライフスタイル」と組織体制を明確化。今年度で経営ビジョン「PLAN-J」が3年目を迎えただけに、組織再編で弾みをつけたようだ。