エプソン販売は昨年度(2007年3月期)、「仕込みの年」としてビジネス向けプリンタの新製品リリースを控えた。今年度は、6月25日付で平野精一・新社長が就任し、「分散配置と集中管理」などを掲げ、ボリュームの「箱売り」に加えてコンシューマ向けの製品や技術などを融合させ、新規市場を積極的に開拓する。「『何々を売る』ではなく『誰々に売る』」(平野社長)という視点で、顧客の要望に的確に応えるソリューション販売体制の構築を目指す。
プリンタの方向性変わる ITサービスとの適合を
──昨年度(2007年3月期)は「仕込みの年」として、ビジネス向けのプリンタでは新製品のリリースを控えていました。ビジネス上の影響はなかったのですか。
平野 日本のプリンタ市場は昨年度、コンシューマ向けインクジェット、ビジネス向けのページプリンタとも数量、金額ベースでマイナス成長でした。そういうなかで、当社のビジネス環境は非常に厳しかった。とはいっても、新製品を出し続け、市場をメンテナンスする必要はあったでしょう。昨年度は顧客に見合う製品をどう揃えていくかと頭を悩ませ、確かに、かなり苦しんだ年でした。
──商機を逸することを考えると、なぜ新製品を「出さなかった」のか疑問ですが。
平野 「出さなかった」というより、製品のトランザクション、いわゆる製品の方向性がこの時期に変わると考えた。どんなモノを出すか、事業部と販売部サイドの議論が「行きつ戻りつ」するうちに時間が経ってしまったというのが実情だったですね。
──この時期にプリンタ製品の方向性が変わるというのは、どういう認識ですか。
平野 いままでと異なり、ハードウェアのスペックをどうのこうの論議する時代ではない。そういうなかで、何を訴求するべきかというと、特にビジネス向けプリンタの場合、まず購入してちゃんと使いこなしてもらい、安心して使ってもらったうえで、さらに置き換えてもらう──というサイクルをつくるために、信頼性などのあり方や考え方を改める必要があると、試行錯誤していました。
──エプソン製のページプリンタは、カラー印刷速度が他社機に比べて遅いという面が、販売上のネックになっていたのではないのですか。
平野 性能面じゃないんですよ。信頼性というかサービス性ですね。壊れずに長く使える、もしくは、ダウンタイムが少ないという観点からいうと、どのように作り込んで提供すべきか、どういうやり方で販売パートナーに提供すべきかといったことを検討するうちに時間が過ぎてしまいました。
──「仕込みの時間」があったようですが、今年度は「攻め」の年になりますね。
平野 確かに「攻め」で行きますよ。だけど、この業界、爆発的に伸びる余地はないでしょう。地道に1個1個、ものにしていきたいと考えています。プリンタ市場は厳しいものがある。でも、よく考えてみると、まだまだビジネス拡大の余地があると思います。国の推計する企業のIT投資などの推移をみると、ちゃんと成長している。プリンタ業界の持っているサービスや商材が、進化するITサービスに合致してないから、成長が鈍化しているんでしょう。
社内には、こう言っているんです。当社はITサービスに対し「アダプテーション(適合)」するノウハウがあるので、ITサービス全体の付加価値を高めるという視点で、新たな施策を考えたらどうか、と。ですので、急激に何かをガンガンやるのではなく、1個ずつ着実にやっていくことにしています。
──今年度(08年3月期)掲げた「分散配置と集中管理」という戦略は、これまで述べてきたことの完成形になりますか。
平野 そうですね、その1つです。このほか、「J─SOX法」や電子申告・納税などへの対応ではセキュリティの課題もある。それらを1個1個「アダプテーション」します。
──そうしますと、この間の「仕込みの時間」は、顧客に最適な仕組みを提供する方法を考えるうえで、いい準備期間だったのですか。
平野 いい時期だったと思っています。じっくり考える期間がないと、客観的に顧客のことを研究したり、勉強することができなかったですしね。昨年度下期からは、顧客との接点を増やそうと、活動を具体化しています。
小回りを利かせ 個別対応で展開
──一転して今年度は「ページプリンタの新製品をどんどん出す」と宣言していますね。
平野 新製品のリリース数は具体的にいえませんが、少なくとも、国内プリンタ市場がマイナス成長であるなかで、その低迷を打破するほどの影響力をもたらすほどまでにしたいですね。
──ただ、冒頭の話ですと、プリンタの「箱売り」は減らすということですよね。
平野 そこは、バランスよくやります。1つは現在の顧客を大事にし、メンテナンスを充実させる。もう1つは、これまでに述べてきたように「新しいオポチュニティ(営業案件)」を捉え、ITシステムに「アダプテーション」していって、新規ビジネスを創出する。後者は、昨年度から徐々に仕込んでいます。従来、親会社のセイコーエプソンの事業部にあったソフトウェアの企画部隊を昨年7月に当社へ配置しました。顧客からの要望でプリンタ周りのカスタマイズ要件などに応えられるようにするためです。
──エプソン製のビジネス向けプリンタは、製品群が不足しているという指摘もあります。この先、官公庁・自治体にも市場を広げるそうですが、既存機種で対応できますか。
平野 不足部分に関して、モノクロは今年4月の新製品リリースで補填しました。カラーでは「分散利用」を前提としたタンデム機と4サイクル機の新製品を投入する。官公庁・自治体には、エプソン販売1社で進出するわけではなく、この領域のシステム構築に強いSIerなどと組む。そのシステムに連携してもらうために、当社も業種・業態・業務を知り、SIerなどに提案していきます。
──業種・業態・業務を知り、各領域に応じたプリンタとサービスを融合させた展開というのは、なかなか難しいと思います。その準備作業は整ったのですか。
平野 いや、走りながらですよ。ただ、すでに当社なりに用意できるモノがある。例えば、「ドキュメントソリューション」関係のソフトウェアを持っていますので、それを既存システムのなかに入れ込んでいく。当社は小回りが利く。小回りを利かせながら個別対応していきます。
──従来のボリューム販売主体の販社ですと、こうした戦略に対応できない可能性があります。個別対応型で展開するうえで、どんなチャネル戦略をしていきますか。
平野 オフィスで日々進化するITシステムを的確に提供できる販社がたくさんあります。当社はいままで、悪くいえば「箱売り」、ハード主体のビジネスをしてきた。
これまでは、ハードのプロモーションを主体に展開してきましたのも事実です。今後は、「顧客に対し、販社がどんなプロモーションを打つべきなのか」というスタンスに変えます。これまでのスタンスは「何々を売る」でした。これからは「誰々に売る」という考え方にして、提案していきます。
──これらを含めて、新社長のカラーをどう出していく考えですか。
平野 ある程度、「エプソン販売はこの業界には強いね」と言われる領域をつくっていきたいと思っています。
ビジネス向けというと、デジタル複合機(MFP)やページプリンタと考えますが、実際にオフィスで利用されているプリンタはほかにもいろいろあります。コンシューマだけでなく、インクジェット技術をビジネス向けに生かすことも準備しています。「仕事に使うプリンタ・ページプリンタ」でない時代が来る。さまざまなシーンでトータルにプリンタを提供できるベンダーになっていきます。
My favorite アシックス製のビジネスシューズ。平野社長の足は、「甲高・幅広」。海外勤務をしていた際、腰を悪くした。そこで、自分の足にフィットする靴として購入した。そのお陰で、腰痛が治ったという。このシューズは、最初に購入したアシックスの靴で、2回も修理して使っている大切な品だとか
眼光紙背 ~取材を終えて~
今回、ネガティブな質問をし過ぎた嫌いはある。社長に就任したばかりで、遠慮があるのか、少し奥歯にモノが挟まった語り口調だったのは否めない。ただ、向かうべき方向性は明確に伝わり、エプソン販売が目指す大枠のロードマップはみえてきた。
この記事では、10分間程度議論したコンシューマ向けビジネスの項を割愛した。例えば、「テレプリパ」の宣伝で売り出すテレビ画面を印刷できるプリンタ「PM─T990」などを語る時は、技術者の姿勢で流暢に論じた。コンシューマ向けで培ったセイコーエプソンの技術力や製品力は、いつも市場を先導している。「この財産をビジネス向けにも生かす」と、どんな製品やソリューションが飛び出すのか楽しみだ。
技術職を経て、販売会社に来たのは1年前。「まずは耳と脚を使う。そのあとに頭を使う」と、まずは現場をくまなく歩き、自社の実態を知ることから始めている。苦境を乗り越えてくれそうだ。(吾)
プロフィール
平野 精一
(ひらの せいいち)1954年12月、長野県生まれ、52歳。77年、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。同年、信州精器(現セイコーエプソン)に入社。96年に同社の機器商品戦略企画部長、97年にTP商品設計部長、00年に情報機器企画設計統括部長と、技術系部門の責任者を歴任した。02年には取締役で情報画像事業本部副事業本部長に就任し、ボードメンバーになる。06年4月には、セイコーエプソンを離れ、エプソン販売のビジネス事業部長に転籍。同年6月、同社常務取締役、今年6月25日付で社長に就任した。
会社紹介
エプソン販売は、1983年にEPSON製品の国内販売会社として設立された。95年にコンシューマ向けプリンタ「Colorio(カラリオ)」シリーズを発売。ビジネス向けプリンタとしては、98年にカラーレーザープリンタ「LP-8000C」を出した。
昨年は、パソコン開発・販売のエプソンダイレクトとサポート会社のエプソンサービスを子会社化し、セイコーエプソンのソフトウェア子会社を吸収合併している。現在は、コンシューマ向けにプリンタ、スキャナ、プロジェクタなどを販売し、ビジネス向けにはページプリンタや業務アプリケーション、消耗品などの販売会社となっている。
今年度(08年3月期)のビジネス向けページプリンタ全体の販売目標を17万台とし、このうちカラー機で6万2000台の出荷を目指す。昨年度に比べ、全体では2ケタ成長。カラー機に関しては、120%増やす計画だ。