6月下旬、日本事務器(NJC)のトップに田中啓一氏が就いた。中小企業に強いSIerとして知名度があり、創業80年以上の歴史と実績もある。ただ、ここ数年の業績はほぼ横ばいで停滞気味。難しい舵取りが要求されるなか、田中社長はキーワードとして「フォーカス」を掲げる。「得意とする業種にターゲットを絞り、得意分野をさらに磨く」ことが成長の源泉と説く。
停滞の原因は新製品の遅れ 攻めが可能な時が到来した
──事務機器ディーラーからスタートし、業容を変化させて、今は中小企業に強いSIerとしてビジネスを展開しています。今後、日本事務器(NJC)はどう変わりますか。
田中 大塚孝一前社長(現・取締役相談役)と二人三脚でやってきましたから、社長に就任していきなり経営方針や戦略が変わることはありません。大塚さんの考えを引き継ぎ、中堅から中小規模の企業・団体をメインターゲットに、SI事業を中心としたIT製品・サービスの提供に力を注ぎます。
ただ、「スピード」をもっと早めたい。お客さんへの新任挨拶回りで、「ユーザーは今何を求めているか」の答えとして、一番実感したのがスピードです。私が思っていた以上に、企業や団体は情報システムやITサービスを早く届けて欲しいと思っています。購入しようと決めてから稼働するまで何か月もかかっていたら、お客さんは満足しません。NJCは古い歴史があるからなのか、多数の拠点があるからか、多少動きが鈍い部分がある。この点を改善するつもりです。
──ここ数年の業績はほぼ横ばいで停滞感があります。難しい舵取りになりますね。
田中 確かに、飛躍的な成長はしていません。前年度も思うように伸びていません。でも、原因は明白で、新製品のリリース遅延です。ERPの「CORE Plus」の新モデルや漁業向けパッケージソフトなど新商材のリリースが軒並み遅れてしまいました。計画通りに発売できていれば、伸ばすことができたと確信しています。遅れた新製品もリリースしましたし、やっと攻められる時期にきた。今年度から徐々に巻き返していきます。
──業績はどの程度を見通していますか。
田中 昨年度は足踏みしてしまいましたから、今年度はまず一昨年度並みに戻します。そして、中期的には3年後に売上高400億円、5年後に500億円をやりたい。ただ、売上高は目標の1つであって、やみくもに売り上げだけを追うわけではありません。NJCが得意分野で力を高めることが先決で、その結果として企業規模を拡大させることができればと思っています。
──IT産業市場全体の伸びを上回る成長率になりますね。どう伸ばしますか。
田中 「強い分野をさらに強く」。これが基本的な考え方です。NJCは、得意分野の業種区分が明らかで、「一般企業」「文教・公共機関」「医療・福祉機関」の3カテゴリに製品・サービスを集中させています。
文教・公共機関向けビジネスでは、40年以上の歴史があり、500件以上の実績をもっている。医療・福祉機関では、1000以上の医療機関と3000以上の福祉施設のIT化を支援してきた。医療機関向けITサービスの専門子会社ももっています。一般企業では、基幹システムを構築するためのERPを自社開発し、2500本以上売った実績がある。ターゲットとしている業種なら個々の顧客の業務に踏み込んだ形で提案できます。
──企業向けSIで自社開発ERPを持っている企業は珍しくない。競争も激しいです。差別化は。
田中 企業といってもさまざまな業態がありますよね。食品業に鉄鋼業、化学工業、サービス業など。すべての業態に当てはまるERPなんてあり得ない。だから、企業を業態でさらに細分化し、分けた業態ごとにラインアップを揃えるんです。「CORE Plus」の新版「qubic」は、それまでの「CORE Plus」と異なり、業種に特化したモジュールを持っています。このモジュールを「CORE Plus」のインフラの上に乗せてもらう。食品業なら食品業向けモジュールを、印刷業なら印刷業向けモジュールといった具合に。すでに食品業と通販業向けモジュールは揃えたので、今後はラインアップの拡充が当面の実行すべき活動になります。予定しているのは酒卸業に化学工業、鉄鋼業向けで、今年度内に1─2製品発売する計画です。
保守サービスを見直し ITサービスへの対応
──システム構築を手がけた後の保守サービスを自前で全国的に提供できるのも強みです。ただ、保守サービスは全体に低迷している。逆に、今は保守サービスを持っていることが業績拡大の足かせになる可能性がある。
田中 確かに、サービス事業の低迷は大きな問題です。保守サービスの単価は、ハード単価と比例しますからサーバーの価格下落が進むほど、保守サービスの単価も下がっていきます。保守業務の効率化によるコスト削減を進めながら、新たなサービスメニューを揃えることで補います。
──効率化の具体的な施策は。
田中 コールセンターの業務やリモートメンテナンス方法の見直しがありますが、もっとも大きいのは業種別で保守サービスを提供する体制づくりです。保守サービスも業種によって違いがありニーズも違います。1つの業種に特化してサービスを提供するほうが、効率はあがります。すでに4月から体制を見直し、組織を再編してサービスメニューも整えています。また、「あっとゆ~ま」というWeb通販サイトを立ち上げたことも効率化に寄与するはずです。これまでCEやコールセンターで対応してきた業務がWebサイトを窓口に提供できるようになりますから。
──サービスの拡充では、IP電話システムやアプリケーションをASP形式で提供する子会社のNJCネットコミュニケーションズ(NJCネットコムズ)の役割が大きいのでは。
田中 NJCネットコムズは当初はIP電話システムの期間貸しサービス事業者として立ち上げましたが、今はかなり業容が変化しています。文書管理やウェブ会議、グループウェアなどさまざまなアプリケーションをサービスとして提供するITサービス会社です。
ITをサービスとして提供していく形は、今のIT産業界のトレンドですよね。そのトレンドにNJCネットコムズのビジネスモデルは非常に合っています。企業規模を追求することは当然ですが、迫りくるITサービス時代に合ったビジネスは何かを研究する役割も果たしています。
NJCとは企業文化やビジネスモデルが違うので、別法人として経営していくつもりですが、NJCネットコムズの社長を兼務していますので上手く連携させたいと思っています。
──SaaSの台頭で、SIerのビジネスモデルは変わり、顧客ごとにシステムを構築して納める従来のSIビジネスは縮小するという意見があります。
田中 確かに、IT産業界の潮目は大きく変わっていると思います。その代表例がSaaSだと思います。顧客の要望に合わせてソフトを開発し、サーバーやPCと組み合わせて販売するビジネスモデルが通用しなくなるかもしれません。SaaSが本当に普及するかは、正直に言って私はまだ分かりません。ただ、ニーズが強まった時に、遅れず迅速に対応できるための準備と研究は進めています。
My favorite 好んで喫う葉巻「MONTECRISTO」。25年ほど前、知人の勧めで試して以来、ファンになった。「Cohiba」などほかの葉巻も試すが、「MONTECRISTO」が一番のお気に入りとか。時間がとれる時はシガーバーに出掛けて楽しんでいる
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本事務器のトップになってからインタビューしたのは初めてだが、常務取締役時代に5回取材に応じてもらっている。定期的に足を運ぶ取材先として意見交換してきた。
昇進して社長に就いた人の場合、就任した途端に雰囲気が変わるタイプがいる。息が詰まるほどの気負いを感じさせる人もいれば、歯切れの悪い答えが増える人もいる。田中社長はそれには当てはまらず、常務時代と比べて驚くほど空気が変わっていなかった。もともと肩肘張らず、素直にはっきりとモノを話す人で、今回も気さくに、そして丁寧に質問に答えてくれた。
田中社長は創業者の血をひく。トップに就いても変わらない雰囲気は、取締役時代から将来トップに座ることを意識して経営に携わっていたからだろうか。(鈎)
プロフィール
田中 啓一
(たなか けいいち)1955年9月4日、東京都生まれ。78年3月、成蹊大学工学部卒業。同年4月、日本電気ソフトウェア(現NECソフト)入社。96年10月、NECオーストラリアに出向。99年10月、日本事務器(NJC)入社。00年4月、システム販売支援本部販売支援部長代理。01年1月、ITソリューション推進本部インターネットビジネス推進部長代理。同年6月、取締役。02年6月、常務取締役。07年6月27日、代表取締役社長に就任。子会社のNJCネットコミュニケーションズの代表取締役社長を兼務する。
会社紹介
1924年設立のSIer。事務機器ディーラーとして計算機やタイプライター、複写機などの販売がメイン事業だったが、業容を変化させ91年に通商産業省(現・経済産業省)のSI認定企業に。以来、SI事業を主軸に経営戦略を展開する。
企業向けのSIだけでなく医療・福祉および教育機関、自治体向けビジネスにも積極的で、各業種・業態に特化したパッケージソフトを自社開発する。とくに、医療機関向けには、電子カルテや医事会計システムなどを揃え、医療機関向けITサービス専門の子会社を持つ。企業向けでは、ERP「CORE Plusシリーズ」を核としたSIが強み。「CORE Plus」は00年の発売以来、約2500本を販売した実績がある。
社員数は約1140人で、資本金は3億6000万円。昨年度(07年3月期)の売上高は304億円。子会社は、ITサービス提供のNJCネットコミュニケーションズや、医療機関向けITサービスのメディカル情報サービスなど6社がある。