SAPジャパンのプロクダトが、中堅・大企業に加え、中小企業にも深く浸透してきた。海外と取引する中小企業が増え、世界の法制度に対応する機運が高まっているためだ。SAPは、「ESOA(エンタプライズ・サービス指向アーキテクチャ)」という考えを提唱。八剱洋一郎・新社長は「ユーザーインターフェイス(UI)は国産の競合製品で、うしろで当社製品が動く形でいい」と話す。SAP製品で全ITシステムを埋め尽くそうとしていた昔のSAPの面影はもうない。来年にはSaaS(Software as a Service)型のERPを日本市場に投入する計画。日本の基幹システム市場に大きな変革を呼び起こしそうだ。
机上論ではなく着地点示す 高まる顧客の認知と説得力
──このところ、富士通など大手SIベンダーとのアライアンスが深まっています。SAP製品(プロダクト)や販売戦略などに対する評価が高まっているということですか。
八剱 昔のITコンサルティングは、要件や構築期間など顧客の要望を一つ一つ聞き、ITシステムを実現することでした。最近は、コンサルティング方法も変わり、SAPのプロダクトで、「こういう悩みであれば、このようなシステムで、こう動かすことができる」と、モノを見せることができてしまうんですよ。
かつては、システム設計段階で「机上論」を示したあと、ユーザー企業が実際にモノを見るのは1年後だったりするわけです。今のSAPプロダクトは、ゴールの姿を見せられる。説得力があって、だから認められているのでしょう。
──要は、SAPプロダクトがよくなったということですか。
八剱 プロダクトがよくなったこともありますが、ある程度、顧客が求める全体のソリューションをもっていないと、実際のモノは見せられませんよね。10個のリクエストのうち、3個のエレメント(要素)しかなく、他は用意できないということがない。SAPプロダクトは、幅広いラインアップがあり、日本での実績もあるので、他社と差別化できる。たとえ、パッケージ・ソリューションで広範囲にカバーしていても、エレメントを相当に幅広くサポートしているITベンダーはあまりない。そんな数少ない1社が当社です。
ただ、「10」のすべてを当社でカバーするのは難しい。最後の9個目、10個目は、SAPジャパン単独でなく、「エコシステム」という形で他社に依存し、パートナリングをして「10」になるべく近づけようとしている。その考え方が受け入れられてきたのでしょう。
──例えば、富士通には、国内シェアナンバーワンのERP「GLOVIA(グロービア)」がある。にもかかわらず、富士通は「SAPプロダクトと棲み分けできる」と言っています。一方、ハイエンドの領域だけでなく、SAPのローエンド製品の市場も拡大しています。「プロダクトの幅広さ」が受けているということですか。
八剱 その要因は、日本企業が「グローバルの波」を意識せざるを得ない状況になっているということだと思います。何を言おうとしているかというと、例えば米国では、会計上の大きな不祥事を受け、SOX法が制定されて会計基準を厳格化する“癖”がついた。日本でも、その波がこようとしているということなんです。
ある程度、透明性を保ち、なおかつ政府の要求にも応えられるITシステムにするという“波”が明らかにきているのです。それに対応しようとした場合、手作りのシステムでこうした要求を満たすのは難しい。SAPは、世界のメジャー企業で、こうした要求に対応し、世界基準をクリアしてきた実績が受けています。
──中堅中小企業(SMB)を対象とする「SAP Business One(B─One)」は、日本語版を日本市場へ投入した当時(2004年6月)、国産ベンダーの競合が強力で、苦戦を強いられていましたよね。
八剱 お蔭さまで今は順調に推移しています。SMBのなかで、製造業を例にすると、関連子会社が中国にあり、そこから部材調達したり、販売先が海外であったりと、会社規模は小さくても、多くが海外取引をしています。世界では、輸出できないモノがあったり、使えない原材料があったりと、いろいろな“縛り”があります。「日本の会計基準に守られていればいい」という単純なことではなく、国際ルールを知るべき時代にだんだんなってきているんです。「B─One」はフレシキビリティ性で競合他社に比べ、必ずしも万全でないかもしれませんが、世界標準機能がのっていますから、そういう風が吹いているのでしょう。
ERP「ByDesign」投入 製品群揃え下位領域を開拓
──日本の経済全体が国内だけに依存せず、海外に向いていることが、SAPに有利な風をもたらしているということですか。
八剱 SMBも凄く考えていますよ。今では、国内の会計基準に従っているだけでいいのですが、このままいくと海外展開をする必要がありそうだと、将来を意識して「B─One」を選択するのです。
現在日本では、「B─One」と中堅企業向けERP「SAP Business All─in─One(A─One)」を出していますが、今後、オンデマンド型のERP「SAP Business ByDesign」が出てきます。「ByDesign」は、B─Oneのようにパッケージ・ベースで購入することもでき、SaaS利用もできる。1人当たり149ドル/月の安価で提供することもあって、かなり下の領域まで広がるでしょう。そうなると、世界中の企業をサポートしてきた“SAPらしさ”が出せる商品群が揃うと思っているんです。
──ところで、9月1日付でSAPジャパンの社長に就任したわけですが、その間の経緯はどのようなものだったのですか。
八剱 ウィルコムの社長を務めていたので、「ネットワーク屋」と思われている節があるんですが、今度ばかりは、IT業界以外に移りたかった。技術開発の厳しさを身をもって経験しましたから。日本テレコムやDDIポケット(ウィルコムの前身)時代にアプリケーション開発のプロジェクトリーダーを務めていて、顧客の要求でゼロからカスタムメードする開発の困難さを知りました。海外では、手組みの時代は、かなり前に終わり、できる限りパッケージとソリューションを使う。コストが安いほうを選択するわけです。そんなことから、IT以外の道を進もうと漠然と考えていた。
ところが、ロバート・エンスリン会長兼CEO(当時は社長)に会った時、「このまま放っておくと、日本のITアプリケーション開発の国際競争力がなくなる」と危機感を覚えました。それと同時に、「これは日本のIT業界に残された非常に大きな問題だ」と、ふと思ったんですよ。
──最近、企業のITシステムをすべてSAP製品で組み立てようとする「垂直統合」的な志向は薄れていますね。
八剱 昔のSAPの考え方は、SAPプロダクト以外に、何か必要な部分があればアドオン開発して加え、あるソフト群の中を改修するということを主眼にしていました。これからは、SAPプロダクトの“塊”はそのままにして、顧客の要件を外につくり、アプリケーションとアプリケーションを会話させる。その会話させるというのが、「ESOA」という考えとして提唱しています。
会話させる部分は、当社の機能でもいいし、顧客側の持ち物(ITシステム)でもいい、ITベンダーの製品でもいい。「エコシステム」のシステム設計がしやすくなるようにしなければ、いけないということでしょう。
──最後にSAPジャパンとしてのSMB市場向け戦略を聞かせてください。
八剱 SMB市場になると、問題となるのは「売り方」と考えています。SaaS型で提供される「ByDesign」が出てくると、デモンストレーションのような展開がキーになるでしょう。今までの「売り方」のような人海戦術は、顧客側でかえって迷惑に感じるでしょう。顧客が自由に商品を見て検討できるツールを提供するなど、仕組みで工夫いくことが重要ですし、それはチャレンジになりますね。今、世界中のSAPで検討していることです。ただ、「ByDesign」の日本上陸には慎重ですが。
My favorite 子供の頃から万年筆好き。デザインが気に入って、最近購入したモンブランの「STARWALKER(スターウォーカー)」という万年筆がこれ。透明キャップの中に「Montblanc」のマークが浮かぶデザインに「一目惚れ」したという。社長業をしていると、「契約書にサインをしたり、何かと使う」ことから、毎日に使いこなす用途として買ったモノだ
眼光紙背 ~取材を終えて~
新社長に就任した直後のインタビューになると、まずは「今後の抱負」を聞くところだ。ところが今回は、昨年4月に前社長を取材してから2年も経っていないため、ちょっと意地悪な質問を試みた。
外資系ベンダーの社長に就任した直後というと、その企業の「ビジネス・モデル」を熟知していない場合がよくある。これまでにSAPジャパンを取材した経験と情報をもとに、問いをぶつけてみたが、その返答は見事だった。
日本IBMやウィルコムに在籍し、IT業界を知り尽くすので、外部からでもSAPというトップベンダーを熟知しているのは「当たり前」といえばそうだ。
だが、SAPジャパンは昔のそれとは異なる。パートナーとの連携性を重んじ、「変わり目」でもある。正直、ここまで明確に答えてもらえるとは期待していなかった。エンスリン・前社長も気さくだが、より日本市場へ訴える際に好印象を与えそうだ。(吾)
プロフィール
八剱 洋一郎
(やつるぎ よいちろう)1955年5月、東京都生まれ、52歳。78年3月、東京工業大学理学部応用物理学科卒業。同年4月、日本IBMに入社。日本と米国で枢要なポジションを経験。01年5月、日本AT&Tの社長に就任し、アジア太平洋地域担当社長にも昇進した。その後、日本テレコム(現・ソフトバンク)に勤務。05年1月、DDIポケット(現・ウィルコム)社長に就任。07年4月、SAPジャパンに上級副社長として入社、同年9月、代表取締役社長に昇進した。当面は、前社長のロバート・エンスリン・代表取締役会長兼CEOとの「二頭体制」で経営強化を進め、将来的に八剱社長が単独で陣頭指揮を執る。
会社紹介
SAPジャパンは1992年10月、独SAPの日本法人として設立された。大企業向けERP日本語版をベースに日本市場へ進出。その後、中堅中小企業向けERPなどを相次ぎ投入した。
07年度(07年12月期)上半期の業績のうち、日本国内のソフトウェアと関連サービスの売上高は228億5000万円と、前年同期比23%増えた。世界では同分野が4.5%増だったのと比較すると、急激な伸びを示している。
下半期以降は、SOA(サービス指向アーキテクチャ)に基づくソリューションを強化するため、SIerなどパートナーと協業して「ESOA」というシステム環境の構築を強化する方針だ。旧来の「垂直統合」気質を排除し、競合する国産ERPとも連携性を高め、自社とパートナー製品の良さを融合する戦略だ。