新プロセッサの「クアッドコアAMD Opteronプロセッサ」を市場投入した日本AMD。昨年実施したATIテクノロジーズジャパンとの統合を含め、戦略的なプラットフォーム製品が出揃ったことで、本格的な事業領域の拡大に踏み出す。「イニシアティブを確保できる」。地盤は固まったと言い切る森下正敏社長に今後の方向性を聞いた。
戦略的な製品を揃え、30%のシェア獲得へ
──社長就任から1年が経過しようとしていますが、どのような年でしたか。
森下 非常に慌しかった。いくつか着眼点があります。このほど発売したクアッドコアは非常にインパクトがあった。「待ちに待っていました」と言ってくれたサーバーメーカーさんもあるほどで、当社としても拡販に大きな期待感を持っています。そのことを裏づけるように、当社のCPUを採用するハードメーカーさんも増えている。今年6月には、東芝さんのノートパソコンに当社のCPUを採用していただけるようになりました。国産メーカーや世界規模のメーカーと協調関係が築けるはずです。ほかにも、ATIジャパンとの統合に伴って統合グラフィックチップを発売しています。多くのパートナーさんと、ますます深い関係が築けると確信しています。
この1年間は、新製品の市場投入に突っ走ってきましたので、売り上げ、利益、マーケットシェアをともに伸ばすための地盤が固まりました。
──ATIジャパンの買収も含め、社内組織の整備は進んでいるのですか。
森下 すでに組織として統一できました。統合にあたり、コンセプトとして「ワングレートチーム(OGT)」を掲げ、企業文化やオペレーションの強化を図ったことが功を奏しています。OGTは、あくまでも社内用語ですので、何か特別な手法を用いたわけではないのですが、社員の意識を高めるためには効果的だったということです。当社は“プラットフォーム”という点で競合他社に負けない基盤を持っている。社員全員が、自社製品のすべてを把握できるようなトレーニングを実施するなど、製品の強さをベースにビジネスが展開できる体制にいち早く取り組みました。営業やマーケティングだけでなく管理部門を含めて実施しましたので、日本(法人)はワールドワイドのなかでも比較的、統合効果を発揮したビジネスの立ち上げが早かったのではないかとみています。
──「商習慣の違いなど企業文化を統一するには時間がかかる」と、統合を経験した企業から聞くことが多いのですが、問題はありませんでしたか。
森下 問題ありません。歴史のあるAMDとグラフィックス分野で成長してきたATIのベンチャー気質がうまく融合したといえます。補完関係が保てているため、競争力がついた。チップセットとグラフィックスを組み合わせた提案で、アドバンテージが高まっています。さまざまな方向からビジネスを展開できることが一番の強みです。
これは1年ほど前、AMDの社長に就任した際に感じたことなのですが、AMDの社員は愛社精神が非常に強い。あえて言うならAMDのファンであり、かつ社員であるというイメージです。同様にATIはベンチャーですので、そういった意識がさらに強い。また、社長に就いて驚いたのがAMDのオペレーションがしっかりしていた点です。お互いの意識が共通で、すべての社員がスムーズに業務を遂行できる。そのため、早期に統合へとつながったのではないかと考えています。
──今の日本AMDに点数をつけるとすれば、何点くらいですか。
森下 統合による相乗効果は発揮できるようになりました。あえて点数はつけませんが、道半ばというところですね。まだまだ課題はあります。
──その課題とは。
森下 販売面でいえば、市場で互角に戦える競争環境を作ることですね。
──CPU市場をみると、確かに競合相手が圧倒的なシェアを確保している。そうした状況を変えることができると。
森下 できます。シェアが低いのは事実ですので、競合相手が圧倒的な優位性を維持していると認めざるを得ない。しかし、裏を返せばシェアが低いことは、今後拡大する余地がまだまだあるということでもあります。
ユーザー企業の立場からみても、健全な競争環境をつくらなければならない。この1年間、戦略的な製品を次々と市場投入することでアドバンテージを高めることができた。競争力という点では、1つ1つ前へと進んでいます。あとは、当社の製品でしか実現できないソリューションを前面に押し出すことが必要です。それを果たせば、一定の競争関係を築くことができる。
──競争力のあるソリューションという点では、何か具体的なものがありますか。
森下 例えば“デジタルコンシューマ”といった切り口でも、当社のさまざまな製品で実現できるソリューションは多い。ATIとの統合で、当社はコンピュータのプラットフォームだけでなく、携帯電話などデジタル端末をラインアップに加えました。一方、市場環境をみるとコンピュータとデジタル家電の融合など、変化している状況です。そういったなか、デジタル家電市場を視野に入れたビジネスを展開すれば、新しい市場を創出できる可能性は十分にあります。
──市場シェアについての目標は。
森下 売り上げベースで30%のシェアを獲得します。グラフィックスを除いてですよ。PCやサーバーなどのCPU市場で、できるだけ早い段階で実現させます。地盤が固まっただけに決して夢物語ではありません。
「グリーンIT」が市場の課題 業界全体で最適な提案促進を
──国内IT市場の現状や今後の見解についての考えを聞かせてください。
森下 これは、当社に限らず業界全体でということなのですが、環境を配慮した「グリーンIT」の活動を一段と促進しなければならない。当社では、この活動を2004年から始めているのですが、およそ3年が経過して実感したのは、ますます関心が高まっているということです。メーカーをはじめ、関係省庁やユーザー企業まで幅広く環境を視野に入れるようになった。10月4日に当社の主催で「グリーンITシンポジウム」を開催したのですが、来場者枠が400人だったにもかかわらず、応募数は650人を超えました。この活動は、当社だけで実現できるものではない。日本のITメーカー各社が果たすべき課題で、当社の果たす役割が大きいと考えています。
世界のなかで日本の産業は競争力が落ちているという見方が出ています。これは、「攻めの経営」に向けたIT投資が少ないからだといわれています。欧米では、ユーザー企業が新しいサービスの創出や戦略的な意思決定のためにITを導入し、発熱問題や安定したシステムのオペレーションにもフォーカスしている。
日本では、ユーザー企業が以前からITシステムに対して巨額の投資をしてきました。にもかかわらず、ランニングコストが高く、環境に優しいシステムを導入しているとは言いがたい。こうした状況にあるので、「グリーンIT」をますます活性化させ、最適なITシステムの導入を促していくことが重要と考えています。
──そういった状況下で、パートナーシップという点で何か考えはありますか。
森下 当社の技術は、ワット性能をはじめパートナーさんから評価されている技術が多いと自負しています。最近では、ユーザー企業側のニーズも多様化してきている。そのため、ITベンダーだけでなくユーザー企業のIT担当者も交えて最適なシステムの構築を模索していく時期に差し掛かっています。今後は、さまざまな方向からパートナーシップを組むことが重要と考えています。
My favorite キックボード。かなり年期が入っているのは、10年以上前の代物であるため。当時は、珍しかったのではないか。休日には小学生の息子と2人で並んで走り、将来の夢を聞いたのを思い出す。「自分は今でも使っているが、息子は大きくなったせいか一緒に乗ってくれない」そうだ。もっぱら、近所に一人で買い物に行く際の“自転車代わり”だとか
眼光紙背 ~取材を終えて~
1年ほど前、日本AMDの社長に就任してから感じたのは、社員のモチベーションが高いということだったと森下氏は振り返る。歴史のある会社は、整然としたオペレーション下でシステマチックに業務を遂行できる半面、思い切りの良さや斬新なアイデアがなかなか受け入れられない面がある。しかし、日本AMDに関しては「社員がAMDのファン。自社製品で、どのような世界が広がるかを常に考えている」。ベンチャー気質の森下氏にとっては「最高の環境」と認識したそうだ。
そのため、事業を拡大するうえでの戦略を「(部門長など)部下に任せる」スタンスをとっている。そのほうが多くのアイデアが生まれるからだ。何でも話せるミーティングも活発。時には「社員から経営上の課題を指摘されること」もあるという。
各社員がお互いの業務を認めてスペシャリストになる。そんな雰囲気が日本AMDにはある。(郁)
プロフィール
森下 正敏
(もりした まさとし)1982年3月、早稲田大学商学部卒業後、同年4月、沖電気工業に入社。半導体販売部門や米国支社などの業務に携わる。02年1月、メンター・グラフィックス・ジャパンに入社し、大阪支店長。03年2月、ATIテクノロジーズジャパンに入社、PCビジネス部門ディレクターを経て、05年10月、代表取締役社長に就任。ATIジャパンと日本AMDの統合にともない、06年11月、日本AMD代表取締役社長に就任。現在に至る。
会社紹介
これまでコンピュータのCPUを主力製品に位置づけてきた日本AMDは、ATIジャパンとの統合でグラフィックス分野を含めたプロセッサ戦略が可能となった。すでに、ATIのグラフィックス機能を搭載した統合チップ・セットを市場投入している。
サーバー製品として戦略的なクアッドコアプロセッサも発売。これまで、なかなかシェアを伸ばせなかった国内CPU市場で、圧倒的シェアのインテルを追撃することに力を注ぐ。