経済産業省でIT関連施策を担当する商務情報政策局。岡田秀一氏は昨年7月、局長のポストに就いた。日本のIT産業界の活性化と国際競争力向上のために、ITベンダーに今必要なものは何と考えているのか。弱みを嘆かず、強みに目を向け、個々が持つ眠っている「能力の棚卸し」が重要と説く。
悲観主義から何も生まれない「今」ではなく「次」の主役に
──日本のIT業界が国際競争力を向上させるために、何が必要だと思いますか。
岡田 日本の企業は国際舞台で戦う力をすでに持っているんです。ただ、その力に気づいていない。
私は20年前に電子政策課の課長補佐を務め、10年前に同じ課の課長として戻りました。そして、昨年局長に就きました。ちょうど10年ごとにIT業界に携わっていることになります。業界の人は、ずっと中にいるので変化や強みに気づきにくいかもしれませんが、離れるとそれがよくみえるんです。
日本人は、どうも「ダメだ、ダメだ」と自分を卑下する傾向がある。自虐的というか自己反省が強いというか……。半導体を例にとれば、日本がDRAMで世界を席巻し、優位に立っていた20年前でも「数量を出しても利幅が薄い。これじゃダメだ」と嘆いていました。そして、台湾や韓国勢に押され劣勢に立たされている今も、やっぱり「ダメだ」と言っている。状況が良くても悪くても、結局「ダメだ」になってしまう。
そうではないと思うんですよ。弱い部分やできないことを嘆くんじゃなくて、強みにフォーカスして伸ばすべきです。自分たちが持っている強みを認識し、それを前面に押し出して勝負しよう、と。「能力の棚押し」をするだけで成長の種が探り出せて、もっと元気になるはずです。
──確かに、特有の悲観主義的な面はあるかもしれません。ただ、日本企業はこれまで外資系IT企業の後追いに終始してきました。みんなそこから脱却しようとしていますが、なかなか難しい。
岡田 課長補佐を務めていた20年前、私はIBM対策を考えていました。IBMに負けないためにはどうすればよいかを。インターネットが登場すると今度は「Wintel」。マイクロソフトとインテルが相手になり、通信機器ではシスコシステムズが頭角を現してきた。そして、現在はグーグル。この業界は常に新しい人が出てくる。今は主役ではない企業が次の市場を席巻し、メインプレイヤーになる。だから、今現在の相手ではなく、次を予測して「これで勝負する」という気持ちで展開すれば、ずいぶんと可能性が出てくるはずです。
──ソフト産業では中国、インドの存在が急速に高まり、日本のITベンダーは積極的にオフショア開発を取り入れています。「このままでは日本は空洞化する」という声については。
岡田 製造業は、多くの企業が海外に開発・製造拠点を移し、10年ぐらい前に空洞化すると叫ばれていましたよね。でも、モノづくりにとって大切な仕事は、結局は日本に戻ってきました。ソフト産業も同じだと思うんですよ。インドや中国の開発者は確かに優秀ですが、日本人にしかできない仕事がある。海外に出す部分と出さない部分をきちんと定めて、棲み分けることが重要だと思います。
グリーンITは日本が先行 “強み”を世界に認識させる
──日本のIT産業全体の強みとして岡田さんは何に目を向けていますか。
岡田 1つあげるとすれば、環境対策技術。最近は、「グリーンIT」という言葉で表現されていますが、これは他国に比べて絶対的に先行しています。
私は06年9月まで小泉(純一郎)元首相の秘書官を務め、環境対策についてかなり議論しました。小泉元首相は環境問題に熱心でしたからね。「ITはずいぶん環境対策に貢献しているなぁ」と話していたんです。でも、経済産業省に戻ってきたら、IT業界の人はあまり環境技術を強みと思っていないように感じます。家電メーカーはグリーン調達を声高にアピールしていますよ。しかし、コンピュータ系、ソフト開発系の人はそうではない。
最近、インテルやシスコの幹部が私に会いにきて「これからは環境です」と話します。日本企業にもぜひ参加してもらいたいと。私は何か違和感を感じてしまいます。環境対策は日本のほうが先進的で、むしろ立場が逆だとね。
環境は日本にとってはあまりにも当たり前だから強みと思わないし、それを世界に売り込もうという気持ちも浮かばない。米国は最近気づいて言い始めましたけど、日本から言わせれば、「以前からやっていました」って感じなわけですよ。環境技術というのは、小さな努力の積み重ね。この部分は日本が絶対に強い。
──経済産業省としても後押しすると。
岡田 来年度は「グリーンIT」推進のために研究・開発費用を数億円投じる予定です。「ITは環境を配慮した製品・システムではないと受け入れない」という雰囲気になると、環境に配慮しているかが政府調達の条件になるかもしれません。そうしたら、気づいたら日本製しかないということも考えられます。 日本の強みが高い点数を取れるようなルールを、どうやってみんなでつくっていくかだと思います。
──「グリーンIT」は、サーバーなどのプロダクトが中心で、ソフト開発企業やSIerには縁遠い印象がありますが。
岡田 そんなことはありません。個別の環境対策製品を組み合わせ、環境にやさしいITシステムをつくるスキルは、十分競争力があります。結果、「日本のSIerはやるじゃないか」と環境の観点から、世界から注目される可能性だってあるはずです。
──08年、経産省はIT産業活性化のためにどんな手を打ちますか。
岡田 政府の方針として、少子高齢化問題を解決し、財政再建を果たさなければならない。生産性向上は急務で、そのために必要なのは、IT投資拡大とITを経営に結びつけることです。
日本のIT投資はこの5年間で1.3倍に増加しました。IT投資が日本の景気を引っ張っているのは確かですが、米国と英国は2倍以上で伸びている。もっと伸ばさなければならない。ただ、これも嘆くのではなく、ポジティブに捉えて「伸びる余地がまだある」と思ってほしい。
経産省は、「情報基盤強化税制」の2年間延長・拡充プランを打ち出し、中小企業がより優遇措置を受けやすいようにしました。また、有力企業のCIOの意見を聞き、IT経営の指針や方向性を示す施策も2─4月には行いたいと思っています。
世界経済は、いろいろ不透明な要素はあります。ただ、いつの時代でも不安はある。それに、私たちの力ではどうにもなりません。だから、それはそれとして、IT産業活性化施策を着実に進めていきます。
──ITと通信の垣根がなくなりつつある今のIT産業を活性化させるためには、関係省庁の枠組みを変える必要性を感じませんか。通信を担当する総務省と、IT担当の経産省はとくに密接な関係がこれまで以上に求められると思います。
岡田 担当分野はどこかで分けなければなりません。私は、どこで分けてもよいと思っています。どこで区分けするかよりも、むしろ大切なのはどうやって連携するかです。
幸いにも私は20年以上この世界にいますから、総務省に多くの知人がいて、ほとんどの案件を相談して一緒に進めています。大切なことは、役所同士が争って民間企業が困ることがないようにすることです。
My favorite 内閣総理大臣秘書官を務めていた04年、当時首相の小泉純一郎氏がメジャーリーグ開幕戦で始球式を行った際、事前練習のキャッチボールで使用した硬式球。普段はケースに入れて執務室に飾っている
眼光紙背 ~取材を終えて~
「He knows what he wants」。米国では頻繁に使う褒め言葉だと岡田局長はいう。直訳すれば、「彼は自分が何をしたいかが分かっている」の意。
「極めて当たり前のこと。ただ、組織のなかで仕事していると、何の目的でその業務をこなし、自分は何をしたいかを知っている人は意外に少ない」
日本の情報システム企画者にも同じことが言えるという。欧米諸国に比べITが企業の生産性向上に結びつきにくい理由は、ユーザーにも問題がある、と。
「ただ単に、いいシステムをつくってくださいではなく、経営効率を上げるためにどんなシステムが欲しいかを知り、ベンダーに発注するだけで投資効果はずいぶん変わるはず」と説明する。
ベンダーは強みの再認識を。ユーザーは当たり前のことを当たり前に──。「身の丈以上のことをしなくても十分海外に対抗できる」。インタビューを通じて、岡田局長はそう訴えているように感じた。(鈎)
プロフィール
岡田 秀一
(おかだ ひでいち)1951年10月15日生まれ、76年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、通商産業省(現・経済産業省)入省。90年、産業政策局産業組織政策室長。91年、大臣官房参事官(国会担当)。92年、機械情報産業局企画官。93年、日本貿易振興会ニューヨーク・センター産業調査員。96年、環境立地局立地政策課長。97年、機械情報産業局電子政策課長。98年、内閣中央省庁等改革推進本部事務局参事官。01年1月、大臣官房参事官(産業技術環境局担当)。同年4月、内閣総理大臣秘書官。06年9月、経済産業研究所上席研究員。同年11月には政策研究大学院大学教授を兼務。07年7月、商務情報政策局長。
会社紹介
経済産業省のIT関連施策は、産業発展とユーザー企業の生産性向上、情報経済社会の基盤整備を基本に展開。直近では、「情報基盤強化税制」の延長・拡充プランを打ち出し、来年度から2年間推進する。ミドルウェアなど優遇措置の対象製品を増やしたほか、取得価額の下限を引き下げ、中小企業が使いやすいように拡充した。一方、「グリーンIT」推進策では、同分野における産官学の連携強化を進めるために、「グリーンIT推進協議会」を昨年12月に設立。また、IT機器の省エネ化や情報システム全体の抜本的電力削減のための技術開発計画「グリーンITプロジェクト」を来年度にスタートさせる。