ブロードバンド化が進むなか、誰もが手軽にネットワークを使っているかといえば、必ずしもそうとは言い切れない。そんななか、PLC(高速電力線通信)関連製品の広がりでネット社会を後押ししているのが、通信方式の1つであるHD-PLCの普及団体「HD-PLCアライアンス」だ。「連携を切り口に、つながる社会を目指す」と意欲を燃やすのは同アライアンスの小林英次会長(=パナソニックコミュニケーションズ・PLC標準化・アライアンス推進室長)である。果たして、どのような方向性を描いているのか。
高まるPLCへの関心 業界越えたアプローチを
──昨年9月の「HD-PLCアライアンス」の設立から、約5か月が経過しました。現在の状況はどうですか。
小林 お蔭さまで順調に進んでいます。これまでの取り組みとしては、アライアンスを設立する以前のことになりますが、台湾の「COMPUTEX TAIPEI2007」で出展とセミナーを行いました。ここでは、かなりの来場者が興味を持ってくれました。セミナー終了後に多くの問い合わせがあったことが印象に残っています。設立後には、昨年秋の「CEATEC JAPAN2007」、米ラスベガスで開催された「CES2008」などに出展しました。なかでも、米国では34社が84品目を展示し、PLCアダプタだけでなく、さまざまな製品を提案したことから好評だったと自負しています。
──具体的に、どのような評価を得たのでしょうか。
小林 ITや家電など当アライアンスに直結する業界だけでなく、ほかの業界も興味を示したんです。例をあげれば、HD─PLCの技術をPOSシステムやオーディオ、ホームセキュリティなどに盛り込んだ製品などで、こうした製品を使って消費者や法人などにサービスを提供している企業からの関心が非常に高かった。実は、イベントへの参加は国内PLC市場の活性化という意味合いが強かった。海外での出展は、国境を越えたメーカー間の連携という横のつながりを広げるためでした。ところが、われわれの予想をはるかに上回る反響があった。そこで、業界を越えた連携も必要なのではないかとみており、他業界を巻き込んだ取り組みを模索しています。今は、領域を広げる重要性を考えています。
──領域を広げていく策については、どのように考えていますか。
小林 「COMPUTEX TAIPEI2007」では、屋外灯でPLCを活用したいというニーズがありました。台湾では、LED屋外灯が注目を浴びつつあります。エネルギー問題を考慮した観点からですが、より省電力化を考えるためにPLCでコントロールするといった考えが出ているそうです。アダプタとしてだけでなく、より実用的にPLCを使うということです。
そういった点では、PLCを浸透させる切り口の一つとして環境対策があげられるでしょう。PLCを使って、さまざまな環境問題を解決できないか。実際、台湾の例に加えてワールドワイドでは「こんな場面で使えないだろうか」という議論がされている。つまり、当アライアンスとしても、世界の動きを視野に入れながら普及活動とともに深掘りの時期にきているということです。
欧米と比べ日本には温度差が 課題解決に向けた取り組みを
──日本はどうですか。ワールドワイドとの温度差はあるように思うのですが。
小林 欧米では早くからPLCが注目された一方、日本では生まれたばかりですから。温度差があると感じるのは仕方がないと考えています。しかし、日本はブロードバンド環境が整っていますから、必ず普及すると確信しています。
──日本では「屋外では使えない」という規制もありますね。普及させるには大きな障壁ではないですか。
小林 確かに“壁”かもしれません。しかし、ほかの業界との連携という点では日本もワールドワイドも変わらない。実際、タイムリーに情報交換したいという要望は多い。
──それは、どの業界ですか。
小林 例えば、自動車業界です。今や、車はネットワーク化が進んでいる。言い換えれば、車のボディに配線を組んでいるということです。配線のために多くのワイヤーを入れなければならないというのは軽量化の面でネックになる。難しい配線をしなくても電源さえあればネットワーク化できる。そこで、PLCが浮上してくるわけです。これは車だけでなく飛行機や船でも応用できます。現段階では、具体的な話が進んでいるというわけではありませんが、PLCが選択肢の一つにあがっているのは確かでしょう。
──「HD-PLCアライアンス」自体の課題はありますか。
小林 今はメーカーの集まりですので製品面での課題をいいますが、つながる製品をもっともっと広げなければならない。
PLCが日本で生まれたばかりであることから、家庭での利用は電力線の配線の仕方でつながりやすいとか、ほかの部屋に比べて、ある部屋だけつながりにくいといった接続性の波があるんです。だからといって、全くつながらないわけではありませんよ(笑)。つまり、100%ではないということです。技術的には、信頼性を高めることは十分に可能です。しかし、日本は住宅を含めて基本的に多層階の傾向が高いことから、さまざまな規格との連携も重要ではないかとみています。
──具体的には。
小林 WiFiなどワイヤレス関連規格との互換性です。
──PLCのライバルといわれている規格と連携するということですね。
小林 正直な話、ライバルではないんですよ。HD─PLCは“オープン”ですから。しかも、ハイブリッドで展開していますので互換性が高いんです。実は、展示会ではWiFi機能搭載のPLCを出品しました。最近では、WiMAXとの連携も進めています。例えば、WiFi機能搭載のPLCをコンセントに差し込み、部屋と部屋の間でもワイヤレスでつながる環境が実現できれば、ユーザーにとっては最も望ましいのではないでしょうか。
また、日本の住宅事情を考えると、世界のなかでも家電製品の密度が高いといわれているため、一つのコンセントに家電製品が集中するケースもある。近い将来にネット家電が主流となると想定すれば、HD─PLC規格とワイヤレス関連規格の連携は必要です。
さらに、PLCをモジュールとして提供することも視野に入れています。ルータやIPTVのセットボックス、オーディオのスピーカーに搭載するなど、“縁の下の力持ち”的な役割を果たしていきたいと考えています。
──規格の連携や、PLC搭載の製品範囲を広げていきたいとなれば、ほかの団体とのパートナーシップも必要となりますね。
小林 その通りです。団体とのアライアンスは、ワールドワイドを視野に入れて大きな団体とも進めていかなければならない。まだ具体的な話がないため何ともいえませんが、課題を解決するためには仲間が要る。団体の名称も“アライアンス”と付けているわけですから(笑)、組めるところとは積極的に組んでいこうと思ってます。
──加えて、参加企業の増加も図っていかなければなりませんね。
小林 ITや家電メーカーの参加だけなく、使う側や売る側の意見や指摘も重要です。ですので、ぜひともさまざまな方面から参加してもらいたい。私は、家庭内などコンシューマユーザーのネットワーク化に関する壁がPLCで取り払えたのではないかと自負しています。つなげる選択肢の一つとしてPLCがある。また、「PLC製品」とか「PLC対応」などとあえて謳わなくても、コンセントに差し込めばネットワーク環境を実現できるという社会を実現したい。
──小林会長が描く世界が実現するのはいつごろですか。
小林 そう遠くないと確信しています。昨年9月のアライアンス立ち上げから3年後、つまり残り2年間余りは最も大事な時期なのではないかと考えています。
My favorite 恩師からもらったというボールペン。もう15年近く愛用している。恩師の言葉を思い出し、苦しい時には“お守り”、浮かれている時は“戒め”になるそうだ。「心を安らかにするため、“ゲンかつぎ”として肌身離さずに持っている」ほどの愛着ぶりだ
眼光紙背 ~取材を終えて~
大型ショッピングモールなど複合商業施設の各テナントは、来店者を飽きさせないためにリニューアルを盛んに行っている。その際、懸念材料の1つといわれているのがネットワークの配線だ。ネットワーク化されたレジを移設しようとしても、場所が限られる。こんなケースで、欧米ではPLCを採用する動きが出始めているという。インタビューでは小林会長がこんな動向を説明した。
しかし、日本に関してはワールドワイドの事例を話す時と比べ、言葉にシャープさが乏しかったように感じる。PLCの普及に向けた取り組みが今まさに始まったばかりということもあるが、“日本人は慎重”という民族性もあるのだろう。日本は新しいことを行う際、失敗が許されないケースが多い。おそらく、PLCの普及でもそうなのだろう。しかし、“つながる”をキーワードに「火をつける」という意欲は十分に感じられた。(郁)
プロフィール
小林 英次
(こばやし えいじ)1949年、東京都生まれ。72年、中央大学理工学部管理工学科卒業後、九州松下電器(現・パナソニックコミュニケーションズ)に入社。資材本部に配属。国内外で、電話やFAX、PBXなどを担当したほか、新規事業開拓、IPカメラ事業などに従事。05年には、ホームセーフティーカテゴリーオーナーとして、「どこでもドアホン」を事業化。06年12月、HD-PLC事業推進プロジェクト長に就任。07年9月、HD-PLCの普及団体「HD-PLCアライアンス」の発足にともない会長に就任。パナソニックコミュニケーションズでは、PLC標準化・アライアンス推進室長として業務に従事している。
会社紹介
HD-PLCアライアンスは、松下電器産業が07年9月に設立したHD-PLCの普及を促進している団体。コンシューマなどユーザーが安心して使えるように、製品間での安定した通信互換性の向上を目指している。製品間での通信互換性の向上を検討しているほか、展示会への出展やウェブを利用した普及活動に取り組んでいる。参加企業は、パナソニックコミュニケーションズをはじめITや家電のメーカーが多いが、今後はHD-PLCに関心を持つ国内外の企業に参加を呼びかけていく。