4月1日、マイクロソフトのトップに樋口泰行氏が就いた。同社に移籍後1年ほどCOOを務め、準備期間を終えて満を持してのスタートとなった樋口新体制。次期中期経営計画の立案や中核商品「Windows Server 2008」のリリースなど、就任早々に重責が待ち構えている。数々のハードメーカーで要職を務めた若きトップマネジメントは、ソフトウェアの巨人を“顔が見える会社”に変えようとしている。
7月に次期中計を発表「PLAN─J」は継承
──マイクロソフトに移籍し、最高執行責任者(COO)に就いたその時から、“次期社長含み”と噂されていただけに、樋口社長の誕生には全く驚きませんでしたよ(笑)。
樋口 こちらに移ってからの1年間は大変ありがたい時間でした。マイクロソフトの製品、事業は多岐にわたるので、この間に製品やビジネスモデルをみっちり勉強することができましたから。引き継ぎの時間を与えてくれた会社に感謝しています。
──「準備期間は終わった」ということですね。
樋口 期首の7月には、次期中期経営計画を発表します。正直に言うと、これから構想を立てるので、まだ具体的な内容は白紙なんです。ただ、これまでの取り組みから大きく方向がそれることはない。びっくりするような戦略を立てるよりも、これまでの取り組みを地道に、そして継続的に展開するほうが大切だと思っている。今年度で終わる3か年計画「PLAN─J」を踏襲し、日本に根付いた計画と、具体的なビジネス戦略の二本立てでつくるつもりです。
──「PLANーJ」のコンセプトは今後も継続する、と。
樋口 私が携わった期間は1年ほどですが、「PLAN─J」には日本に密着した取り組みがちりばめられていて、共感する部分が多くあります。グローバル企業とはいえ、日本の顧客に合わせた形で事業展開する必要性を前々から感じていました。「PLAN─J」は、まさにその考えを具現化するプランです。
外資系企業では、本社主導の戦略を前面に出して、各国の事情を斟酌しない面がありますが、マイクロソフトはグローバル共通の戦略を持ちながらも、日本に密着した施策を「PLAN─J」で推進していると思います。一例をあげると、社会貢献活動ではITベンチャーや各地域の企業や公共団体の方々から感謝されることが増えてきました。マイクロソフトが受け入れられている証だと思います。だから、3年経ったからそれで終わりではなく、次の計画でも盛り込んで、継続的にやっていくということです。
──社内向け施策、とくに組織の変更については?「マイクロソフトは官公庁のような縦割り組織」と揶揄する声をパートナーから聞きますので。
樋口 外資系企業特有の問題かと思いますが、本社の組織体制をそのまま鏡に映したような形で日本法人を経営することが多く、そうなると本社とのレポートラインがどうしても強くなり、それゆえ縦割りになる。放っておくと、同じ会社でも各部門の文化が異なり、会話も通じないような事態に陥ってしまう。
ただ、組織は何らかの形で整理しなければなりません。どこで切っても縦割りの弊害は起きるはず。だとすれば、変えなければいけないのは、むしろ社員のマインドです。マイクロソフト日本法人が1つのチームとして動くメンタリティをもっと浸透させる必要があると考えています。各部門のリーダーには、オープンで協調的なカルチャーを従来に増して醸成せよと指示しています。
──人的投資が必要な部門はどことみていますか。
樋口 エンタープライズサービス分野は人を増やします。ソリューションビジネスでパートナーとおつき合いしながら事業を拡大させるためには、サービスが非常に大きな役割を果たします。具体的な数は計画中ですが、営業や技術などあらゆる職種で投資が必要とみています。
それと、SMB(中堅・中小企業)向け事業体制の強化ですね。
SMB向け事業は継続強化 ソリューションに注力する
──樋口さんはCOO兼務で昨年7月から今年1月まで中小企業向けビジネスである「ゼネラルビジネス」を担当しておられました。SMB市場はどのベンダーも強化ポイントに置いているし、マイクロソフトも例外ではありません。この市場への取り組みは?
樋口 やはりパートナーとの関係をもっともっと強くする必要性を感じました。現状を分析すると、大塚商会などかなり深くおつき合いさせていただいているパートナーが存在する一方で、それほどでもないパートナーも。マイクロソフトに対するパートナーのマインドに濃淡があるんです。
──何が原因でそうなってしまうのですか。
樋口 それは、マイクロソフトの責任。情報提供や直接のコンタクトなどパートナーに対する取り組みで努力が足らなかったのだと思います。担当者レベルではおつき合いが深くても、会社対会社では関係が希薄なケースがある。パートナーやユーザーにとって、マイクロソフトをもっと“顔が見える会社”にしたい。そして、単純にプロダクトを売るというのではなく、製品を軸にどのようなソリューションシナリオを描いて提案するかをパートナーと一緒に考えて顧客にアプローチする形をもっと増やしたいですね。
私は兼任状態でしたけど、2月からは専任担当者を招き入れました。これからが本番です。
──だから、日本ヒューレット・パッカード(日本HP)でパートナービジネスを担当していた窪田(大介・執行役専務ゼネラルビジネス担当)さんを口説いて後任にすえた。
樋口 そうですね。彼とは日本HP時代に一緒に仕事し実績を知っていますし、社内でも社外でも人をひきつける力がある。全幅の信頼をもって任せており、パートナーの方々にとって今よりも良い方向に向かうと期待しています。
──SMB向け営業では、具体的にどんな仕掛けを用意しますか。 樋口 テレセールス部隊は相当の強化が必要と考えています。テレセールスというのは、非常に専門性が高く特殊技能が必要です。正直に申し上げると、この分野は日本HPのほうが強いかもしれません。窪田は、日本HPでダイレクトビジネスを立ち上げた実績をもっており、ノウハウがある。成功体験を注入して活性化を図ってもらうつもりです。
──商品としては、今年「Windows Server 2008」などOS、データベース(DB)、開発ツールの新版がいよいよ登場します。4月15-16日には発表イベントが控えている。7月の中期経営計画も大事ですが、「2008シリーズ」の初速は樋口新体制の最初の試金石とみています。
樋口 コンシューマ向け製品と違って、発売したらすぐにどどっと売れるわけではありません。ただ、「さぁ、スタート!」というイメージの浸透には最大限の力を入れて、盛り上げていきますよ。仮想化技術も含めて新OSに対する期待値は高い。新OSと連携することでこれまで以上に機能を発揮するソフトも多い。製品のポテンシャルが高いのは確実ですから、パートナーや顧客にしっかりとメッセージを発信していきます。
My favorite 結納のお返しでもらったオメガの腕時計。四半世紀にわたって愛用する。いくつか持つ時計のなかでも、身につける頻度が最も高い。「目立つ時計をはめる立場ではないから」、ビジネスではシンプルな時計を選ぶ。竜頭がなく、小さなボタンをボールペンの先端などで押して時刻を合わせるユニークな仕組みの時計だ
眼光紙背 ~取材を終えて~
樋口社長の自叙伝「愚直論」を読んだことがある。日本HPではごぼう抜きの出世でトップに就き、その後、経営再建中のダイエー社長に転じてIT業界外からも注目を集める。次いでソフトウェア最大手の社長に。華やかな経歴ばかりに目を奪われるが、最初からエリート街道を走っていたわけではなかったようだ。
「愚直論」では新卒で入社した松下電器産業やボストンコンサルティンググループで苦労した経験をつまびらかに綴っている。報われなくても、愚直に取り組む姿勢が重要とも説いている。インタビューでも、「地道」など堅実な姿勢を示す言葉が目立った。
SaaSやOSSの台頭、グーグルの急成長などマイクロソフトを取り巻く環境は大きく変化し、安穏とはしていられない。過去の修羅場を切り抜けた愚直さは、今度はどんな形で現れるのか。(鈎)
プロフィール
樋口 泰行
(ひぐち やすゆき)1957年兵庫県生まれ。80年、大阪大学工学部卒業後、松下電器産業入社。91年、ハーバード大学経営大学院卒業。92年、ボストンコンサルティンググループ入社。94年、アップルコンピュータ入社。97年、コンパックコンピュータ入社。02年、日本ヒューレット・パッカード(日本HP)とコンパックコンピュータが合併。それに伴い、日本HP執行役員インダストリースタンダードサーバ統括本部長に就任。03年、日本HP代表取締役社長兼COO。05年、ダイエー代表取締役社長兼COO。07年3月、マイクロソフトに移籍し代表執行役兼COOに就任。08年4月1日、代表執行役社長兼米マイクロソフトコーポレートバイスプレジデントに就任。
会社紹介
4月15ー16日、法人市場向け主要商品であるサーバーOS「Windows Server 2008」、データベース「Microsoft SQL Server 2008」、開発ツール「同 Visual Studio 2008」の発表イベントを開催。サーバーOSは約5年ぶりのバージョンアップになる。新OSと連携して優位性を発揮するプロダクトが多く、新版の売れ行きは他の商品の販売本数にも影響する。それだけに、新OSの担う責任は重く、樋口新体制最初の試金石になる。
前社長のダレン・ヒューストン氏は、トップに就いた直後に3か年の中期経営計画「PLANーJ」を策定した。樋口社長も中期経営計画を練っている最中で、マイクロソフトの期首にあたる7月に発表する予定だ。
樋口社長は、日本法人トップだけでなく米本社のコーポレートバイスプレジデントを兼務する。日本人社長で米本社のバイスプレジデントを兼務するのは樋口社長が初めて。