日立製作所の情報・通信グループが新しい基盤作りに踏み出した。昨年度(2008年3月期)までは高収益体質の確立に取り組み、利益を伸ばせる体制を整えた。変曲点を迎えた今年度からは、ビジネスを伸ばすことを重視。日立の持つ強みを生かし、ITやネットワーク、設備までを網羅した製品・サービス提供に力を注ぐ。国内電機市場の“巨艦”が今、動き出した。情報・通信グループの指揮を執る篠本学氏に話を聞いた。
変曲点を迎えるビジネス まずは海外比率を高める
──今年度も含めて2─3年後の戦略をどのように考えていますか。
篠本 今、変曲点を迎えていると実感しています。ですので、これからは事業そのものを伸ばすことに専念します。市場環境を踏まえ、ビジネス拡大に向けた仕込みが今年度と捉えています。
──具体的には。
篠本 はっきりしたことは決まっていませんが、まずは伸ばせる地域で伸ばす。グローバル展開は徹底的に行います。海外は、日本と比べ情報通信産業が成長する余地のある地域が多い。ポテンシャルが高いとみています。そういった点では、主力となる事業をピックアップして拡大策を講じます。その軸になっていくのが「ストレージ」と「コンサルティング」です。
ストレージでは、サーバーとネットワークを組み合わせた展開や、日々増えていくデータ量に対応するための機器提供を積極的に展開していきます。切り口の一つは「仮想化」です。大量のデータを単に保管しておくだけでは意味がない。必要なときに必要なデータを引き出せることが望ましい。そういった点で、仮想化対応の機器開発は重視しています。また、(昨年2月に)コンテンツアーカイブ分野の大手メーカーであるアーカイバス社を傘下に収めましたので、海外でもEMCなど手強い競合と十分に渡り合うことができる。シェアが伸ばせると確信しています。
コンサルティングでは、これまでに1000人体制を2000人規模に増やしており、さらに今後も強化していきます。海外では、まずコンサルティングがベースになり、そこへSIやアウトソーシングなどを組み合わせる。それがビジネスの成否を左右する。コンサルティング強化により、現在2割程度の海外事業の売上比率を近い将来3割以上に引き上げます。
──昨年度は何を重視したのですか。
篠本 (情報・通信グループ長になってから)高収益体質づくりを徹底してきました。これにより、09年度に予定していた営業利益率7%を昨年度前倒しで達成できたことは大きいと思っています。
高収益体質を作るために掲げたのは「選択と集中」です。だからといって、リストラを積極的に進めたのではありませんよ(笑)。各社員が自らの業務内で選択と集中を行うという意味です。例を挙げれば、顧客の要望に応えるために一から手組みでシステム開発するのと、蓄積したノウハウを生かして顧客ニーズに応える。どちらが良いかといえば、顧客が喜んでくれる点では同じですので、もちろん後者に決まっています。日頃の業務で徹底的に「選択と集中」を行う。それぞれ「選択と集中」した結果に対して、しっかりとチェックして体系化する。しかも、トップダウンとボトムアップの双方から実施するのです。結果、増収増益に成功しました。一人ひとりが成長すれば、モノづくりの強化にもつながる。こうした企業の原点回帰に取り組んだのが昨年度まででした。
──しかし、今年度は増益で減収を見込んでいますね。よほどの度胸がなければ売上減の見通しは立てない。
篠本 昨年度までの取り組みで利益が上がることは間違いない。しかし、売り上げに関しては、期初の時点でドル安やサブプライムなど多くの懸念材料がありましたので、堅めの予想を立てておきました。今でも、それらの懸念は払拭できていませんので修正していないのです。今年度から仕込んだビジネスが年度内にどれだけ成長できるか。そういった点では、07年度以上の実績を上げたいという想いはあります。
コラボ重視した国内戦略 代理店との協調も視野に
──海外戦略は良くわかりましたが、国内はどうですか。
篠本 実は、国内に関しては心配していないんですよ。以前から、グループ連携を進めてきましたからね。また、今後の日本は海外と比べてIT業界自体の伸びが期待できるとは言い切れない。そこで、コラボレーションが重要だとは考えています。
──コラボレーションというのは。
篠本 何と言えばいいですかね。表現としては「ピュアITではないもの」がいいでしょうか。付加価値提供には、リアルとITを融合させた新しい提案がポイントということです。例えば自動車に乗っている時、運転手はコンピュータで常に制御されているとは感じないでしょう。でも、自動車のコンピュータ化は進んでいる。つまり、さまざまな場面で自然な形でコンピュータ化されている状況が望ましい。そういった情報・通信の基盤を確立させるのが重要と考えています。
では、日立グループで実現できることは何か。例を挙げれば、関連会社に空調を手がける日立アプライアンスがあるんですが、空調器とITを絡めた展開として、サーバールームとオフィスの空調を自動的に稼働させることが考えられます。日立アプライアンスは、これまでIT業界に全く関係のない土俵でビジネスを行ってきた。しかし、ITを追加の切り口にすればビジネス領域は広がる。これからは、空調を制御するために情報・通信システムを使うようになります。実際、そのような案件は徐々にではありますが出てきています。
──それでグループ連携のために子会社の統合などを実施したケースもあったんですね。てっきり「整理」のためと思っていました。
篠本 やはり、そのようにマスコミは思うんですね(笑)。「選択と集中」というと、すぐに関連会社の整理と勘違いされてしまう。もちろん、先ほども申し上げたように当社が掲げる「選択と集中」は意味が違いますけどね。
──他社に関していえば、富士通が富士通エフサスを100%子会社化するなど、グループ全体のビジネス拡大に向けた再編を進めた例はある。一方、日立グループは母体がまだまだ大きい。今後、“ピュアITではないもの”を提供するには、再編も必要なのではないですか。
篠本 グループの再編や統合というのは目的ではない。確かに、必要とあれば行わなければならないといえますが、現段階で再編ありきの改革は一切、考えていません。
──コラボレーションには、販売代理店とのパートナーシップも重要です。そのあたりの戦略については、どう考えていますか。
篠本 確かに、新しい領域での競争に打ち勝つためには、パートナー企業とのコラボレーションは十分考慮しなくてはなりません。今後は、お互いに「ウィン・ウィン」を獲得するビジネスモデルを構築しなければならない。三角形の頭に当社という構造ではなく、「餅は餅屋」の考えでフラットな関係がよい。現段階で具体的なものはありませんが、視野には入れています。
──SaaSについてはどうですか。他社と比べて声を出してアピールしていませんね。
篠本 他社のSaaS事業をみても、声は出せども、あまり体系化されていないでしょう。「SaaS事業をやろう」とは考えていません。SaaSで、どのようなサービスが実現できるかが重要です。ですので、他社に遅れをとっているとも思っていません。
ただ、SaaSはビジネスになりますし、ITを感じさせないサービスでもあると思っていますので、現段階では個別案件で提供しています。実績として、EDI基盤「TWX─21」をSaaS化しました。TWX─21は4万社近くのユーザーを獲得しています。このユーザーに対して、まずはSaaS型サービスの利便性を訴えていきます。
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眼光紙背 ~取材を終えて~
昨年度までに高収益体質を確立したが、「これが理想の形とはいえない。まだまだ道半ば。今でも、日々の積み上げを実施している」と模索に余念がない。今年度は、ビジネス領域の拡大にも力を注ぎ始めた。「変曲点を迎えているからこそ、次のステップに進まなければならない」と気を引き締める。
次のステップとは、「サーバーやストレージなどの機能、ネットワークインフラ構成がどうこうという次元ではない」。最新技術を駆使した製品開発は重要だが、機能ありきでは意味がない。顧客の業務遂行やオフィス環境の向上などを見据え、そのなかで付加価値を提供できるような製品・サービスを追求する。
「ピュアITではないもの」。これは、篠本氏がIT関連にとどまらない幅広い経歴の持ち主だからこそ出た言葉だ。日立の情報・通信が、今後どのように化けるのか。手腕に期待がかかる。(郁)
プロフィール
篠本 学
(しのもと まなぶ)1948年3月30日生まれ。71年6月、東京大学工学部卒業。同年7月、日立製作所に入社、大みか工場に配属。同工場で汎用システム設計部の主任技師や部長を経て、97年2月に副工場長に就任。その後は、電力・電機グループ情報制御システム事業部副事業部長、システムソリューショングループ情報制御システム事業部事業部長、システムソリューショングループCOO(産業社会システム担当)などを経験し、03年4月に情報・通信グループCEO(プラットフォーム・ネットワーク部門)に就任。同年6月には執行役常務として同グループCEOに。05年4月に副グループ長、06年3月にグループ長&CEO兼CTOに就任。06年4月、執行役専務として情報・通信グループの指揮を執る。07年4月、代表執行役執行役副社長に就任。現在は、情報・通信グループ長&CEOに加え、日立グループCIO(最高技術革新責任者)と日立グループCISO(最高情報セキュリティ責任者)を兼務。
会社紹介
日立製作所が事業グループを再編し、それぞれを実質的独立会社として運営する経営体制に変更したのは99年。以降、さまざまな再編が行われ、現在は情報・通信グループとしてビジネスを手がける。
同グループは、日立の事業のなかでITプラットフォームとシステム・ソリューションなど情報基盤事業を柱に据える。昨年度は、情報通信システムの業績が2兆7611億円(前年度比12%増)と堅調に増え、営業利益に関しては1161億円(92%増)と大幅な増加を記録した。今年度は、2兆6200億円(5%減)と下がる見通しだが、営業利益を1500億円(29%増)と順調に伸ばす見込み。