野村総合研究所(NRI)を“直下型地震”が襲った。今回の世界経済の異変は証券業界から一気に表面化したが、この分野のITシステムを最も得意としているのがNRIである。今期(2009年3月期)は期初予想より証券分野の売上高が180億円ほど少なくなる厳しい状況だが、藤沼彰久会長兼社長は「“免震構造”は機能している」と、冷静に受けとめる。“金融一本足打法”からの脱却を掲げ、改革を推し進めてきた自信があるからだ。これまで巡航速度を大きく上回るスピードで成長してきた同社にとって、IT需要の落ち込みが懸念される2009年こそ改革の成果を前面に押し出す絶好のチャンス。中長期のビジョンをもってビジネスを大いに前進させる。
安藤章司●取材/文 馬場磨貴●写真
“免震構造”がきちんと機能 金融一本足打法からの脱却
──証券業界に端を発した経済異変の影響が世界中に広まっています。御社は“震源地”に最も近いSIerであり、避ける暇もなく襲われた印象を受けます。
藤沼 言われるほど深刻なものではないですよ。これまで築いてきた“免震構造”はちゃんと機能しています。ただ、100%免れているわけではなく、たとえば今年度(2009年3月期)通期での証券業向けの売り上げは、期初予想より180億円ほど下回る見通しです。一方、銀行業や産業向けはほぼ計画通りですし、保険業は計画値を上回る見込みと、すべてがおかしくなっているわけではありません。
──今回の経済危機の底はどこで、09年度の御社のビジネスはどうなると見ていますか。
藤沼 09年が底で、10年後半には明るさが戻ってくると思っていますし、当社でいえば、09年度は増収増益を目指しています。マクロの視点も大切ですけれど、それがすべてではありません。証券業向けの売り上げが仮にフラットだとしても、他を伸ばす余地は依然として大きい。利益面で見ても外注費や販管費の見直しで微増程度に伸ばすメドはついている。少しばかり肥大化した部分をシェイプアップするにはちょうどいい時期だと、前向きに捉えています。
──藤沼さんは、かねてから“金融一本足打法”からの脱却を掲げ、08年を“第三の創業”と位置づけて改革に取り組んできましたが、その成果はどうですか。
藤沼 旧野村総合研究所と旧野村コンピュータシステムが合併して20年の節目でもあり、新たな創業期と位置づけて取り組んできたのは事実です。これが冒頭に触れた“免震構造”になり得たと自負していますが、それでも将来に向けた仕込みはまだ弱い。これまで売上高全体に占める金融業向けの比率は約7割で、昨年度(08年3月期)まで業績も好調に推移してきました。忙しさにかまけて将来に向けたビジネスの仕込みが十分にできていなかったきらいがある。過度に金融に依存する“金融一本足打法”からの脱却を、さらにスピードを速めて進めます。
この下期(08年10月~09年3月)では、製造業など一般産業分野で、実質、新規の顧客から獲得した大型プロジェクトはおよそ2件。受注額が30億円以上の規模のもので、来年度は件数ベースでさらに倍増できる手応えを感じています。来期の商談全体を見渡してみると、証券業で新規顧客からの大型プロジェクトの獲得は難しいかもしれません。しかし、保険やその他の金融系では期待できる。これまで証券以外の金融や一般産業の分野を重点的に伸ばそうと努力してきた効果が、受注の手応えという形で徐々に出始めています。来期、増収増益を目指すという根拠は、このあたりにあると捉えています。
──セブン&アイ・ホールディングスなどの流通業での実績は多いのですが、産業分野では必ずしも強いとは限りません。技術者のスキル移転はどうしますか。
藤沼 証券システムに精通した熟練のSEに、“じゃあ、明日から流通をやってね”といっても、それは無理です。ただ、冷静に見てみるとグループ全体で6000人ほどいる社員のうち技術系は約4500人。うち半分弱くらいは基盤系の技術者が占めるんですね。この部分は業種・業務はあまり関係ないので比較的移転しやすい。管理職や若手の技術者もなんとかなります。証券のIT需要がなくなるわけではないので、プロジェクト管理(PM)さえしっかりしていれば、そう大きな問題ではありません。
危機直面で潜在需要が表面化 新しいマーケットへ積極進出
──自動車など輸出型の製造業は世界的な消費の落ち込みで外注費削減に躍起になっています。情報サービス産業でも、少し遅れてこうした動きが顕在化するのではないでしょうか。
藤沼 製造業を見ると世界経済の失速の影響が強烈に出ている。これまで絶好調だったトヨタ自動車の業績悪化で、名古屋や福岡の地域経済はさらに落ち込むことが懸念されます。とはいえ、こうした動きが情報サービス産業を直撃して、受注がドンと落ちているのかといえば、現実にはそれほどでもない。もちろん影響はありますが、2000年初めのITバブルの崩壊よりちょっときついくらいだと感じています。
その理由は、競争力を高めるにはITの活用が欠かせない要素だからです。投資して生き残ろうとする動きはより強まり、業務改革や営業力の強化など、今はまだ表面化していない潜在的な需要を、今後、さらに引き出せる可能性がある。こうしたニーズをしっかり掴んでいけば、落ち込みを最小限に食い止められるはずです。
──協力会社など外部の開発リソースを多く持っていますが、こうした開発パートナーの体制に変更はありますか。
藤沼 ITバブルが弾けたときと、現在のいちばんの違いは、海外のオフショア開発が増えた点です。当社でいえば、7~8年前は、ほとんどゼロだった中国のオフショア開発が、今では約4000人に増えました。国内は約7000人の開発パートナーがいますが、もし、仕事が減ったときにどちらを減らすのか聞かれれば、総じて国内を減らさざるを得ない。ただ、一律に減らすのではなく、日本でしかできない仕事や、顧客の基幹業務システムに精通したパートナーに維持運用をお任せしている場合はそのままで、そうではない領域を減らす。中核的なパートナーを「eパートナー」と位置づけ、パートナーシップをより強化するなどメリハリをもって取り組む方針です。
──グローバル展開の進捗はどうですか。これまで、ややもすれば主要顧客の海外事業と歩調を合わせた受け身的なビジネスがメインというイメージがありましたが…。
藤沼 当社独自ビジネスの仕込みも着々と進めています。米国市場に向けた物流や流通業界向けのコンサルティングやITサービスの立ち上げ準備も進んでいますし、08年11月にはロシア・モスクワ支店も開設しました。近隣の中国は開発パートナー体制も拡充していますし、三菱商事と共同でITサービスを手がける体制もつくりました。中長期的に見れば、国内のITサービス市場は成熟し、当社の事業規模もどんどん大きくなっているので、海外に出ざるを得ない。ライバルの大手SIerも海外の同業他社をM&Aするなど積極的に投資しており、コンペティターがうまくやっている部分は倣っていこうと思っています。
──2009年は厳しい年になりそうです。こうした状況を、どう今後に生かしていきますか。
藤沼 経済環境を天気にたとえれば“大雨”なのでしょうが、その一方で“雨降って地固まる”という言葉もあります。当社にとってまだ十分に攻め切れていない業種・業務は山のようにある。経済の冷え込みは、これまでの金融一本足打法から抜け出す絶好のチャンス。新大陸を追い求めた大航海時代のように、新しいマーケットへ積極的に進出していくことで、ビジネスを伸ばす“変革”をより加速させる。景気は必ず回復しますので、それまでにビジネスモデルを組み直し、従来を上回る成長を遂げられる体制づくりを推し進めます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
究極的には、中国やインドに勝たなければならない--。藤沼彰久会長兼社長は、「日本の情報サービス産業は、システム設計の技術や専門分野のスキルをより一層磨かなければ、いずれ新興国に追い抜かれる」と、危惧する。
中国のIT業界は着実に実力を高めており、これまで北米からの仕事で手一杯だったインドも日本に関心を示し始めている。ソフト開発が海外へシフトする動きは進むとしたうえで、「日本で重点的にやるべきことと、海外パートナーに協力してもらう領域の見極めが必要」と、グローバル規模での変化に備える。
ITは技術革新が速い。オープン化し、ネットで世界中が結ばれる今、IT分野における中国やインドの発展は目覚ましいものがある。世界的な経済停滞で、こうした新興国の勢いが一時的に鈍ることも考えられるが、中長期的な視野をもって、国際競争に打ち勝たなければ、日本のIT産業の生存空間はより狭まるだろう。不況を逆手にとり、「構造改革を推し進めるチャンスだ」と、自らを奮い立たせる。(寶)
プロフィール
藤沼 彰久
(ふじぬま あきひさ)1950年、東京都生まれ。74年、東京工業大学大学院制御工学科修士課程修了。同年、野村コンピュータシステム(現野村総合研究所)入社。グループ会社・野村證券のシステム構築に18年間携わる。94年、取締役情報技術本部副本部長兼先端システム技術部長。99年、常務取締役情報技術本部長兼システムコンサルティング部担当。オープン化、ダウンサイジング化を推進。01年、専務取締役証券・保険ソリューション部門長。02年4月、社長就任。08年4月、会長兼社長。