「学ぶ」成果の可視化ニーズ
──話は戻りますが、中核事業に成長したLMSを開始したのには、どんな理由があったのですか。国内LMS市場には大手外資系が参入していていましたが、逆にチャンスと感じたとか?
松岡 いや、そうではなくて、当時、われわれはeラーニングのコンテンツを提供していましたが、「学ぶ」ことによる「成果」をきちんと出すことが大事だと考えました。タイミングよく、経済産業省が「ITスキルスタンダード(ITSS)」を策定し、ITSSに基づく「スキル診断」をすることになった。「スキルを可視化してトレーニングし、また可視化する」というサイクルを回すシステムが必要だと考えて、ASP版でLMSの提供を開始しました。ただ、大規模の企業では、イントラネット環境で利用するニーズが高まってきた。そこで、サーバーベースのイントラ版も提供し始めたのが経緯です。
当時、ITSS関連のLMSを提供するベンダーのサービスで、イントラ環境で動くサービスは当社だけでしたから、何千人規模で動かすITベンダーがいまも多くあるんです。今年6月現在、LMSは92社101システムに導入されています。このLMSを使うユニークユーザー(UU)数は全体で50万人にも達しています。UUを50万人管理しているLMSは世界にほとんどないでしょう。
──LMSは「売り切り」のビジネスではないですよね。どこで儲けるのですか。
松岡 イントラ環境の場合、保守料金が収益の柱です。あとは、付加価値の高い「iStudy」のコンテンツ収入。LMSを導入してスキルを可視化し、研修申込みとそのエントリー情報を、LMS利用者と他の教育研修会社の間をハンドリングすることもビジネスにしています。「単品売り」ではなく研修教育全般のソリューションを販売しています。
──国内のeラーニングは勃興期に期待したほど広がらず、苦難続きでした。
松岡 逆に今は、企業の投資が厳しいなかで、eラーニングのシステムを入れ替えるニーズが高まっているんですよ。先日、あるイベントに出展した際、来場者から「今のeラーニングはこんなに進歩しているの?」と驚かれた。旧式の“稚拙”なeラーニングが、2000年頃に大量導入されていまして、これがリプレースの時期を迎えています。
──本質的な質問ですが、人材育成にeラーニングを使う効果はありますか。
松岡 例えばキリンホールディングスさんでは、以前のLMSから当社のシステムに入れ替えたことによって、年間数百というコンテンツを作成できるようになりました。従来は外部発注していて、自社ですぐに使えるコンテンツになっていなかったのです。「事件は現場で起きている」ではないですが、現場にノウハウがあり、そこから出てきた内容をeラーニング用コンテンツに仕上げ、情報共有することが大事です。
米国では「Work Place Learning」という言葉がもてはやされています。直訳は「作業現場での教育」となります。例えば、営業パーソンが現場で評判の良かった提案方法を「パワーポイント」にまとめ、それをすぐさま他の営業パーソン用のコンテンツにしてリアルタイムに学ぶ感覚です。当社のLMSでは、こういったことが実現できるんです。
──ここ数年、IT業界以外の教育コンテンツにも進出していますね。
松岡 某大学病院の医療技術ノウハウをeラーニング用コンテンツにして、地域の小規模病院に配信する地域医療連携システムを産学連携で開始予定です。医療関係は、とくにビジビリティが高く(目に見えてビジネスに)なっています。
──御社は開発スピードが速く、小回りがきく印象があります。
松岡 単に“ものづくり”が好きなだけかもしれません。ただ、本当の意味で顧客が求めているニーズを製品にフィードバックすることが重要です。
今年8月に「iStudy」が丸10年を迎えました。「進化し続ける学び環境『iStudy Evolution』」をテーマに、次の10年の基盤となる製品を開発中です。あと一つ二つは事業ポートフォリオを増やして、年商30億円(現在15億円強)のビジネスボリュームにはしたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
日本オラクルの技術者出身という経歴をもつ松岡秀紀社長は、「業界通」だ。こう言えば本人には違和感を抱かれるかもしれないが、業界トレンドをよく捉えている。自社でオラクル資格の教育研修を開くほどなので当たり前かもしれないが、社長自らソフトウェアを開発してしまうほど、“会社全体が技術者集団”という印象が強い。
松岡社長自身も「自分で発想することが大好き」というほど、いつも頭の中はアイデアで一杯だ。そのアイデアをうかがいに、ちょくちょくお邪魔する。
eラーニング市場は、業界が期待したほど、伸びていない。しかし、「不況のいまこそ『学び』の必要性が高まっていくだろう」と、競合他社がひるむなかで同社は開発投資を増やしていく。
松岡社長は現在43歳。「年商30億円にする」と、次の10年に向けた革新はとどまることをしらない。(吾)
プロフィール
松岡 秀紀
1966年6月、岐阜県生まれ、43歳。85年4月、セイノー情報サービスにIT技術者として入社。90年2月からアシスト、95年から日本オラクルに在籍した。98年3月、システム・テクノロジー・アイの社長兼最高執行役に就任、現在に至る。
会社紹介
システム・テクノロジー・アイの前身は、教育研修会社のオープンシステム研究所とインドのKumaran Systems Inc.との合弁契約に基づき1997年6月に設立されたアイキャン。同年8月、ITベンダー資格取得のための学習支援システム「iStudyシリーズ」の販売を開始。02年8月に法人向けにeラーニングライセンスモデルの販売を開始し、同年10月に東証マザーズへ上場。04年2月、いまや主力に育ったLMS(学習管理システム)「iStudy Enterprise Server」を出荷開始した。