一人目の来訪者まで1年余り
――たいへん失礼な質問で恐縮ですが、1996年に起業した、いち中小ソフトハウスに過ぎなかった御社が、なぜ、巨大なテクノロジーパークを開設できたのですか。しかも、第2、第3のパークも準備中とは……。
丁 確かに、最初は日本向けのオフショア開発を手がけていましたが、中国の人件費が高騰して、いずれ食べていけなくなることはわかっていましたし、中国市場が拡大することもほぼみえていました。そこで98年に、杭州市に最初の駐在所を開設したのです。私の郷里は浙江省なので土地勘もありますし、すでに人件費が高騰していた上海以外で、と考えて杭州を選んだわけです。ただ、当時はまだ新幹線はなく、上海から片道4時間の鉄道の旅。日系SIベンダーの幹部が中国を訪ねてこられても、まずそこで100%アウトでしたね(苦笑)。
ようやく最初の来訪者があったのが1年余りたった頃ですよ。2004年にNECと待望の合弁会社を杭州につくることができて、そこから地元自治体とのテクノロジーパーク開設に向けた交渉がスタートしました。東忠プラットフォーム戦略は、起業当初から私のなかではできあがっていましたので、実現に向けて、ひたすら走るのみと思って仕事をしてきました。
――どのように交渉して、資金面はどうされたのですか。
丁 杭州は、今でこそソフトバンクと提携関係にある電子商取引大手のアリババグループの一大拠点になっていますが、当時は上海に比べてIT産業がまだ貧弱でした。そこで、NECとの合弁会社をテコに「外資を誘致しましょう」と地元自治体に提案したわけです。資金は日本の銀行などから借りましたが、最初は「ソフト開発なのに、なぜ土地がいるの?」とか、「担保がないから難しい」といった理由で断られました。それでも、粘り強く東忠プラットフォーム戦略を説いたところ、自治体からは土地を、銀行からは融資を受けることに成功したという経緯があります。
――現在はNTTデータや富士ソフトグループなど、合弁会社も増えたわけですが、ビジネスの進捗状況はいかがですか。
丁 2012年には、当社と合弁会社の売上合算値で10億元(約120億円)規模まで拡大する見込みです。中日間の貨幣価値の差が5倍ほどありますので、日本の感覚では600億円程度でしょうか。さらに5年後の2017年には、他のテクノロジーパークとの合算で100億元(約1200億円)を目指します。正直、2008年のリーマン・ショック以来、これまで国内指向がみられた日系SIベンダーの意識は大きく変わりました。中国の情報サービスはここ数年、年率約30%の勢いで成長しており、中国をはじめとするアジア成長国でのビジネスの成否が、日本の情報サービス産業の将来を大きく左右するという認識を今は共有しています。当社は日系SIベンダーの力量を最大限引き出すことで、ともにアジア・世界で成長していきたいと思っています。
・お気に入りのビジネスツール シチズンのエコ・ドライブ式腕時計。以前はセイコーの機械式腕時計を愛用していたが、「大きな手柄を立てた部下に譲った」(丁偉儒董事長)とのことで、今の時計に変わった。電波時計で「杭州あたりだと、たまに日本の電波を拾って日本時間になる」ことも。
眼光紙背 ~取材を終えて~
東アジア経済の中心になる──との思いで社名を「東忠」にした。中国の対日オフショアソフト開発は、いずれ行き詰まると考えて、「会社設立当初から“東忠プラットフォーム戦略”を推進してきた」と丁偉儒董事長は話す。
日系SIer、ITベンダーの力量を結集すれば、「中国情報サービス市場の1割のシェア獲得も夢ではない」と持論を展開する。自ら運営するテクノロジーパークを基盤に、日系SIベンダーへの人材供給や開発環境の提供の役目を一手に担う。
テクノロジーパークには、日系ベンダーとの合弁会社が多数入居するが、東忠側の出資比率は原則2割以下。「ビジネス戦略を考えるのはあなたたち。実行するのは当社スタッフ」と、ビジネスリスクを最小限にとどめるしたたかさもちらりとのぞかせる。
日系ベンダーの力量を結集し、急成長する中国情報サービス市場でビジネスチャンスを掴む。(寶)
プロフィール
丁 偉儒
(DING WEIRU)1964年生まれ。浙江省麗水市生まれ。1985年、天津の南開大学数学学部卒業。同年、杭州計算機工場入社、90年、来日。日本のシステム開発の会社に勤めたのちに96年、東忠を設立。00年、杭州東忠科技を設立。東忠グループのトップを務める。
会社紹介
2008年、中国杭州市に建設した敷地面積約5万m2の巨大テクノロジーパークを擁する有力SIerである。丁偉儒董事長が日本で起業していることから、日系SIerの側面ももちあわせる。2011年にはパークの第二期工事が完了し、5000人を収容できる体制を整えた。パークに入居する合弁会社と合わせて2012年に10億元(約120億円)の事業規模への拡大を見込む。