新しい技術を求める姿勢がAWSを惹きつけた
──独立したときのメンバーは、何人でしたか。 齋藤 4人です。
──マーケティングの会社の仲間ですか。 齋藤 一人はそうですが、二人は幼馴染みです。20歳でプログラマになって、これなら学歴には関係ないだろうと思ったので、幼馴染みを呼んで勉強会をやっていた。そのときのメンバーです。
──独立直後はどうでしたか。最初から順調? 齋藤 前のマーケティング会社からの発注もありましたが、ゴルフ場予約システムをつくったときにお世話になった人たちが、新しいサービスを立ち上げるというときに、仕事をいただいたり。キャンペーンサイトも、一度手がけると、そこから広がっていくというような感じでした。
──順調に伸びてきた感じですね。 齋藤 システム開発会社は4人じゃやっていけないので、どんどん人数を増やしてきました。2009年で30人くらい。それが2010年から13年の間で倍増します。今は80人近い。
──そのなかでAWSに出会う。 齋藤 AWSを使い始めたのは2009年です。
──AWSに出会ってからのほうが、ぐっと伸びているんですね。 齋藤 AWSがすごいと思ったのは、大手ITベンダーと戦えるようになるというところです。以前は、データセンターのラックを借りていましたが、それではコンペに勝てない。抱えられるサーバーの台数は限られるし、在庫ももてないので。AWSなら、そういった制限がない。
──国内ではAWSにいち早く取り組んだので、うまくいったという感じですか。 齋藤 技術者集団として、どんどん新しいものに取り組んできた結果です。まぐれではない。新しい技術を求める姿勢がなかったら、AWSに出会っても、ビジネスになるとは思っていないはずですから。
──今は、AWSを手がけている会社が増えています。そのことについてはどうみていますか。 齋藤 僕らは、よりAWSに踏み込んでいると思っています。AWSは癖を理解していないと、いい設計ができない。AWSらしさといったらヘンですが、そこは蓄積したノウハウがあります。ただ、AWSが普及するのはいいことなので、大して気にしていないですね。
──他社のクラウドに興味はありませんか。 齋藤 AWSよりもいいサービスだと感じたら、僕らは絶対にやります。お客様にとって、一番いいものを提供したいので。それが今は、AWSだということです。
虎ノ門ヒルズのオフィスはスタート地点
──都内で3か所目となるオフィスを虎ノ門ヒルズに構えました。野田市の一軒家からスタートしたことを考えれば、達成感があると思います。 齋藤 いいえ、まったく達成していないですね。むしろ、ここがスタートです。もっと人を集めるというのが、虎ノ門ヒルズを選んだ理由ですから。うちみたいなベンチャー企業が求人募集しても、なかなか応募していただけない。虎ノ門ヒルズにオフィスがあるなら、ベンチャーでも勢いがあることをわかってもらえると思うんです。だから、ここをスタートとして、いろいろな技術者に集まってほしい。
──現時点ではシステム開発の案件が多く、何かと技術者不足が話題になりますが、この状況は長く続かないという声もあります。 齋藤 将来の不安は常にありましたね。ただ、今は払しょくできたと思っています。例えば、お客様のシステムを毎月しっかり運用して、サービスレベルを上げていく。それに対して、お客様から対価をいただいています。今は設備にも人材にも投資できる状況ですし、投資の効果はお客様に還元することになります。そこはサイクル化してきているかなと。
──いわゆるストックビジネスですか。 齋藤 まあ、運用ビジネスという感じです。もちろん、システム開発もあります。常に新しい技術を追いたいので、開発を理解しない会社にはなりたくない。
──今後は、どういうところを目指していきますか。 齋藤 虎ノ門ヒルズのオフィスがスタートというのには、実は意味があるんです。東京五輪に向けて、虎ノ門ヒルズの周辺も開発されていって、虎ノ門はもっといい場所になっていきますよね。同様のイメージを僕らももっていて、虎ノ門ヒルズをスタートとして、多くの技術者を集めて、本当に、誰もが認めるおもしろいベンチャー企業にしていきたい。おもしろいって言ったら、ヘンだけど。
──ベンチャーって、いつまでベンチャーだと思いますか。 齋藤 いつまでなんですかね。正直、株式上場のことをよく聞かれますが、今は事業経営のスピードを落としたくないんですよ。上場はしない。ベンチャースピリッツは忘れたくないですから。
──ずっとベンチャーでいいと思いますか。 齋藤 常にトライアンドエラーです。ここがスタートだと言いましたが、そのためなら虎ノ門ヒルズのオフィスが、いつなくなっても大丈夫という覚悟です。

‘常にトライアンドエラーです。そのためなら虎ノ門ヒルズのオフィスがいつなくなっても大丈夫という覚悟です。’<“KEY PERSON”の愛用品>最新の携帯電話 買い替えたばかりの最新の携帯電話。iPhoneももっているが、通話には携帯電話を利用している。使いやすいことに加えて、携帯電話を手にすれば、「電話をするぞ」と気合が入るという。今後も手放すつもりはないそうだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
アイレットには、社長室がない。「会社で一番無駄なもの」という考えからだ。都内3か所にオフィスを構えているが、社長室はおろか、自分の居場所さえ決めていない。その日のスケジュールにあわせてオフィスを選び、空いているスペースを利用して、仕事をこなす。
がっちりとした体格で、一時はスポーツインストラクターを目指したというのもうなずけるが、サーフィンやスケートボードで遊んでいた程度で、運動部の経験はないという。「やんちゃだったんですよ」と楽しそうに若かりし日々を振り返る。地域の若い人たちが頼りにするリーダーが、そのまま社長になったような人だ。
趣味はなんですかとの問いには、逆に「趣味(の意味)ってなんですかね」と返してから、考え込んだ。仕事が好きで頑張ってきた人ほど、「趣味は仕事です」とは言いたくないもの。無理やり絞り出して、映画やドラマの話が出てきたときには、きっとそうに違いないと推測したが、最後には「趣味は、ぶっちゃけ、仕事です」と認めてしまった。技術者が慕う人柄を垣間みた。(弐)
プロフィール
齋藤 将平
齋藤 将平(さいとう しょうへい)
1977年、千葉県生まれ。システム会社で業務アプリケーションの開発や、ウェブ予約システムの設計などに従事。2003年、アイレットを設立して代表取締役CEOに就任。
会社紹介
2003年10月設立。千葉県野田市の一軒家をオフィスに改装して、そこを本社とした。05年10月、業務拡大に伴い、本社を東京都港区芝浦に移転。10年4月、クラウドの導入設計、運用・保守サービス「cloudpack」を開始。13年6月、野村総合研究所とともに、国内初となるAmazon Web Services(AWS)のAPNプレミアコンサルティングパートナーに認定される。14年8月、3拠点目となるオフィスを虎ノ門ヒルズに開設した。