バチカン図書館では寄付の仕組みも当社が構築
──直近で印象に残っているプロジェクトを教えてください。 岩本 そうですね。ベトナム向けの通関システムや、ミャンマーの中央銀行基幹システム、欧州大手自動車メーカー向けのグローバルSAPサポート、米国の外食産業大手向けの基幹システム、ASEAN主要国向けの飛行経路設計システムなど多数ありますが、なかでも印象に残っているのは、やはりバチカン図書館向けクラウド型デジタルアーカイブサービスです。バチカン図書館が保存している2世紀から20世紀にかけて書き残された約8万2000冊、約4000万ページの資料を、将来的にすべてデジタルアーカイブ(DA)化する大規模なプロジェクトです。私もよく口にしていますので、ご存じの方も多いと思います。
このプロジェクトのポイントは、DA化にかかる費用を支援者の寄付によってまかなう仕組みまで含めて、当社が構築したところにあります。DA化された書物は世界中の誰もが無料で検索、閲覧できます。すでに一部公開されていますので、ぜひご覧になってください。私たちは日本にルーツをもつ企業ですので、イタリア語、英語と並んで日本語版もつくりました。約400年前、日本のキリスト教信者42名が殉教を誓った連判状など日本と関連の深い資料も閲覧できます。この人類の知識を保管し、広める文化活動に共感してくださったなら、ぜひオンラインで寄付をお願いします。
──ユーザーの支援によって成り立つWikipediaの運営方式と似ていますね。 岩本 ビジネスとは違う側面で影響は絶大でした。途中から数え切れなくなってしまいましたが、新聞やウェブ、テレビなど、海外を中心に少なくとも300のメディアで、このバチカン図書館のDA事業が紹介されました。正直、これまで海外で無名だったNTTデータの名前を、このニュースをきっかけに知ってくれた人も多いと思います。そして実際にバチカン図書館のDAにアクセスして、元の文化遺産のすばらしさはもちろん、DA品質の高さ、使い勝手のよさを体験してもらえれば、NTTデータのことが少しは印象に残るのではないかと期待しています。
──カトリックといえば、新しくグループに加わったスペインのeveris Groupと、同社の拠点が多くある中南米との関連も深そうです。 岩本 中南米は当社にとっても新しい進出先ですし、巨大な市場です。ただ、距離感というか、なじみが薄いのは否めませんし、向こうからしても日本はあまりにも遠い。そこで日本と中南米との最初の接点はいつだったのかを調べてみたら、これもまた約400年前の「慶長遣欧使節」だったんです。仙台藩主の伊達政宗が家臣の支倉常長を使節として、イスパニア(スペイン)国王とローマ教皇の下に派遣。実は、その使節団がメキシコに立ち寄っているのです。
マーケティングは重要だが、その結果は常に「過去のもの」
──太平洋と大西洋の二つの大洋を越えて、はるばる教皇のところまで。ロマンがありますね! 岩本 当時の日本は、大洋に出られる造船技術すらまともになかった時代ですから、すごいことだと思いますよ。そのときに支倉常長がローマ教皇に手渡した書状なども、ちゃんとバチカン図書館が保管しています。歴史的にはその後の鎖国で、スペインや当時はスペイン領だったメキシコとの貿易はうまくいかなかったのですが、こうした話をすると、こちらもメキシコやスペインに親近感が湧きますし、向こうも同じような感情を抱いてくれます。
──日本にルーツをもちつつ、相手の国やユーザーにどう評価され、受け入れられていくのかが今後の重点課題となりそうですね。 岩本 そうです。「グローバル第二ステージ」では、海外売上高比率を今の2倍の50%へ高めることを視野に入れ、このためには新しいM&Aも手がけていかなければなりませんのでなおさらです。当社は、2007年頃から本格的に海外ビジネスに取り組んできましたが、社員数1万人余りのスペインのeveris Groupが当社グループに加わってくれたことで、昨年度(2014年3月期)末には海外社員数のほうが国内勤務者より多くなりました。
──自信のほどはいかがでしょうか。 岩本 答えになっているかどうかわかりませんが、ビジネスって、どうチャンスを見出すかだと思うのです。
国内市場は成熟しているから伸びない、海外は大手が牛耳っているから勝てないなどと言っていたら、いつまでたってもチャンスはつかめない。私はこれを「マーケティングの残像」と言っています。マーケティングは重要で緻密にやっていくべきですが、その結果は常に「過去のもの」ということを忘れてはなりません。
為替、原油価格、ライバルとの競合、技術革新、成長市場……、日々刻々と変化していて、極端な話、昨晩まで勝てそうになかった商談が、今朝になって状況が変わっているなんてこともあり得ます。こんな状況のときに「いや、それは先月行ったマーケティングの結果、無理だって結論になりましたよね?」と言っても無意味です。そんな残像にとらわれていてはチャンスはつかめません。ましてや当社は、グローバルでは新参者でチャレンジャーです。過去のマーケティング結果にとらわれず、果敢に挑戦していきます。

‘わかりやすい言葉で「おもてなし」。日本のよさを生かすことが次のステージへの道筋になる。’<“KEY PERSON”の愛用品>サブカルチャーの聖地を訪ねる ビートルズのデビュー曲「Love Me Do」のカフスボタン。英国出張中のわずかな時間を縫ってビートルズのゆかりの地を訪ねたときに購入した。自らサブカルチャーの聖地を訪ねて「等身大の英国を感じることができた」と話す。
眼光紙背 ~取材を終えて~
岩本敏男社長は「リマーケティング」を強く唱える。マーケティングを行い、否定的な結論が出たとしても、状況は刻一刻と変化するため、新しい条件で再度マーケティングをしてみると、案外いい結論が出ることもあるという意味だ。
「マーケティングは重要だが、あまりとらわれすぎると将来の芽を摘むことになる」と自らを戒める。
とくに成熟市場である国内では「リマーケティング」の重みが増す。
現に岩本社長のリマーケティングの号令で、ここ数年をかけて国内ビジネスを再度洗い出したところ、減少傾向にあった国内売り上げが反転。折からの景気回復の追い風もあり、今年度(2015年3月期)から再び増収へと転じる見通しだ。
制度変更や技術革新、ライバルの攻勢など、ビジネスの参入障壁の高さは常に変わる。海外の変化は国内以上に大きい。「過去のマーケティングが残した残像にこだわらない」と、何度もマーケティングをやり直し、市場創造に挑戦する粘り強さを発揮する。(寶)
プロフィール
岩本 敏男
岩本 敏男(いわもと としお)
1953年、長野県生まれ。76年、東京大学工学部卒業。同年、日本電信電話公社入社。85年、データ通信本部第二データ部調査員。91年、NTTデータ通信(現NTTデータ)金融システム事業本部担当部長。2004年、取締役決済ソリューション事業本部長。07年、取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。09年、代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。12年6月、代表取締役社長。
会社紹介
NTTデータグループの社員7万5020人のうち、海外社員は4万2241人で、全体の56.3%を占める。売上高ベースでは、今年度(2015年3月期)1兆4600億円の見通し。そのうち海外は4060億円で、割合は27.8%程度になる見込み。「グローバル第二ステージ」では、これを50%へ高める目標を掲げる。