「ロンドンのような大きな街」
──来日してどのように感じておられますか。ラクシュミ社長は、海外ビジネスの経験がずいぶん長いとうかがっています。 ラクシュミ 海外滞在は長いですが、日本とはこれまであまり縁がなかったので、正直、語れることといったら、「東京の地理がようやく把握できた」というくらいです(苦笑)。学卒でTCSに入社、30歳近くまでインド国内で勤務し、その後、英国をはじめとするTCSの欧州拠点に転勤し、担当するプロジェクトによっては米国、オーストラリア、香港などにも行きました。海外ではロンドンでの仕事がいちばん長いのですが、東京に来た第一印象は「ロンドンのような大きな街」で、高度に都市化し、全体的にとても裕福というものです。
──日本は成熟市場だといわれて久しいですが、ビジネスチャンスは見出せそうですか。 ラクシュミ 日本国内の商品やサービスは、これから一段と高齢化対応を進めていくでしょうし、医療・介護といったヘルスケア領域は引き続き大きな変革が必要でしょう。金融サービスにしても、一般的には現役世代が引退世代を支える年金のような流れがある一方で、裕福な高齢者層が若い世代をサポートするような双方向の処理がこれまで以上に求められるかもしれません。
ただ、人口属性が変わるということは、それだけ社会に大きな変化をもたらすわけで、当然ながらITビジネスもこうした変化に対応しなければなりません。変化があれば必ずチャンスが生まれる。私はこうした変化を適切に捉えてビジネスにしていけると考えています。
──冒頭お話しいただいたように、御社はグローバル企業ですので、逆に日本のユーザー企業のグローバル展開を支援できる強みもありますね。 ラクシュミ それは間違いありません。日本の企業が世界のどこに進出してもTCSグループが構築してきたグローバル・ネットワーク・デリバリ・モデルを駆使してITサポートを提供できます。実際、当社をITパートナーに選んでくれている日本企業の多くにこの点を高く評価していただいています。
とはいえ、日本法人のトップとしては、仮に日本のGDPがこれから中長期的に伸び悩んだり、漸減していったとしても、先の市場の変化をチャンスに変えて、私の担当エリアである日本での売り上げを伸ばしていく自信は十分にありますよ。
日本のユーザーを深く理解する
──中堅SIerだった旧ITFは、おとなしいというか、あまり目立たず、少々保守的という印象です。 ラクシュミ あなたがどのようにお感じになるかはご自由ですが、私の認識は顧客との関係づくりがとてもうまい会社であり、そうした顧客思いのスタッフに恵まれているというものです。三菱商事系のSIerということもあって、幅広い業種・業態の顧客とのパイプをもち、しかも数多い優良顧客と太いコネクションを築いている。それが旧ITFの最大の強みです。
──合併した効果は思い通り出ていますか。 ラクシュミ TCSグループとしては、日本の顧客との関係を強化したかったわけで、そういう意味で旧ITFのスタッフ一人ひとりが顧客との太いパイプをもっていることは、とても頼もしいし、TCSのグローバルのリソースとさまざまな相乗効果を出せると確信しています。端的な例を挙げるとすれば、ドメスティック色が濃かった旧ITFだけでは提供できなかったグローバルサービスを、TCSグループの一員に加わったことで、旧ITFの顧客に提供できるようになりました。逆に旧ITFが培ってきた日本でのITサービスのノウハウをTCSグループ全体で取り込んでいくことで、TCSグループのサービスが日本のユーザーにとってより活用しやすいものになる。
──日本のユーザー企業は、これまでラクシュミ社長が経験してこられたような海外のユーザーとは、かなり趣きが異なりますか。 ラクシュミ よくいわれることですが、日本のユーザーはカスタムアプリケーションの割合がとても高い。あまりに独自に手を加えている割合が高いため、バージョンアップのタイミングが遅れてしまい、古いバージョンのまま使っているケースも散見されます。クラウドコンピューティングの中核技術である仮想化についても、グローバルでは7~8割くらいのシステムが仮想化されているのに対し、私のみたところ日本の仮想化比率は恐らくまだ3~4割程度。これもカスタム比率が大きいゆえに、おいそれと仮想環境へ移行できないという事情もあるのだと思います。
逆の見方をすれば、旧TCS日本法人単独では、日本的なユーザーの奥深くまで理解するのはハードルが高く、旧ITFといっしょになったことで、深く日本のユーザーを理解し、ユーザーとの関係を一段と深められるようになった。こうした土壌を手にしたことで、次のより大きな成長につなげられると手応えを感じています。

‘人口属性が変わるということは、それだけ社会に大きな変化をもたらす。変化があれば必ずチャンスが生まれる。こうした変化を捉えてビジネスにしていける。’<“KEY PERSON”の愛用品>愛娘がつくったコースター 英国ロンドンに留学中の愛娘お手製のコースターが一番の愛用品だ。アムル・ラクシュミナラヤナン社長いわく「私のためにつくってくれた」と、たいそう喜んでいるものの、コースターに浮き出る“S”の文字は、お父さんの名前ではなく、お嬢さんの頭文字とのことだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
アムル・ラクシュミナラヤナン社長は、IT分野の大きな技術的潮流である「SMAC(ソーシャル、モバイル、アナリティクス、クラウド)」に加え、五つ目の重要な要素として「人工知能(AI)やロボティクスの領域」を挙げる。TCSグループでは、こうした領域を自社で構築するアプリケーションやサービスにどう落とし込むかの研究に意欲的に取り組んでいる。
振り返って日本のユーザーは、世界的潮流に敏感である反面、アプリケーションのカスタマイズを好む傾向が強いがゆえに、「最新のテクノロジーを自社のシステムに反映しにくい」という側面がみられるという。
ラクシュミ社長は、日本ならではのユーザーニーズを尊重しつつも、TCSグループが重視するSMAC+AI・ロボティクスを日本でのビジネスにも反映していくことが競争力向上につながると考える。
一見すると相反するユーザーのニーズを満たしてこそ、グローバル色が強いTCSグループと、日本に根ざしてビジネスを展開してきた旧ITFとの相乗効果を生み出すことができる。(寶)
プロフィール
アムル・ラクシュミナラヤナン
アムル・ラクシュミナラヤナン(Amur S. Lakshminarayanan)
1961年、インド・ティルチラーパッリ県生まれ。バーラ・インスティテュート・オブ・テクノロジー・アンド・サイエンス(BITS)ピラーニ校で機械工学を学んだ後、83年、タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)入社。99年から英国ロンドンを拠点に、英国ならびに欧州地域を担当。2014年7月、日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCSJ)の社長に就任。
会社紹介
日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)は、2014年7月に旧TCS日本法人と旧アイ・ティ・フロンティア(旧ITF)、旧日本TCSソリューションセンターが合併して発足した。インドTCS側が51%、三菱商事が49%出資している。