植物工場もフードプリンタも手がける
──1990年代のパソコン全盛時代に、「スマートフォンやクラウド、ソーシャルのビジネスを組み立てろ」というようなもので、ハードルが高いですよ。 沈 その通りです。だから、常に、子どもたちが大人になる頃の生活スタイルを想定するように努めています。自分や同世代、ましてや年配者の将来じゃないんですよ。今の延長線上ではなく、ターゲットにすべきは、これから新しい生活スタイルを身につけるであろう子どもたちなんです。
自動運転のクルマに乗りながら、人工知能(AI)に言葉で指示を出しつつ、自動翻訳ロボットを通じて外国人と熱心に商談。「じゃあ、そっちにプロトタイプを送るから」と、瞬時にデータを地球の反対側にいる商談相手に送り、相手の手元にある3Dプリンタで出力する──。なんて、われわれの世代ではちょっとしたSFですが、子どもたちが私たちくらいの年齢になる頃には、あたりまえになっているかもしれません。
──新規事業として「植物工場」も立ち上げられたと聞いています。 沈 LED照明を使った「植物工場」の事業を立ち上げているのですが、これは数年前に日本の植物工場を見学したときにヒントを得たものです。LED照明もEMSでつくっていますしね。今はまだ台湾国内向けですが60種類ほどの野菜を生産していて、「安全でおいしい」との評判をいただいています。
食品に関連して、フードプリンタの製品化も年内に計画しています。3Dプリンタの技術を応用し、お菓子などを造形するもので、職人でなくてもプロがつくるのと何ら変わらない見栄えのいい食品をその場でつくることが可能になります。
──さっきおっしゃったクルマの自動運転やAIもそうですが、これからますますソフトウェアが価値の中心になっていくとみられています。米3Dシステムズも3Dデータを生成、加工するソフトベンダーを矢継ぎ早に買収してきました。この部分は、台湾や日本のベンダーは相当出遅れている印象を受けます。 沈 ソフト開発の技術力そのものは台湾や日本、アメリカで大きな差があるとは思っていません。違いがあるとすれば、未来を見極める眼力、自由で柔軟な発想力でしょう。ITである以上、技術力ももちろん大切な要素ですが、着眼点やタイミング、決断力といった総合的な戦略こそがITビジネスで最も重要なのです。単なるハードやソフトの開発力ではない。だから私にも世界を席巻するチャンスがつかめる。こう考えるとITビジネスはもっと楽しくなるはずです。

‘クルマの自動運転が普及し、ハンドルがないばかりか、運転免許すら要らなくなる。’<“KEY PERSON”の愛用品>天然樹脂が染みこんだ沈香木 沈香木(じんこうぼく)でつくられた腕輪とネックレス。天然の樹脂による香りが特徴的だ。ふだんは結婚指輪をはめたがらない沈軾栄氏のことを思い、愛妻が「指輪がわりに」とプレゼントしてくれた首輪、もとい、腕輪であるとのこと。
眼光紙背 ~取材を終えて~
リーダーシップを発揮して、ぐいぐいと事業を伸ばしてきた沈軾栄総経理。EMS(製造受託サービス)ベンダーとしてパソコン関連機器などの製造を手がけてきたが、「10年後、20年後に今のデバイスがそのまま残っているとは思えない」と考え、3Dプリンタや植物工場といった新規事業を自ら陣頭指揮を執って立ち上げている。
発注元メーカーの黒子に徹するEMSベンダーが多いなか、新規事業で自社ブランドを先行させる沈氏は、異色の経営者のようにみえる。3Dプリンタは、今は単色中心だが、いずれフルカラー造形が可能になり、将来的には「プリント基板をはじめとする電子機器のプリントも可能になる」と力説する。自社ブランドで次々と新製品を投入し、存在感を増している当事者だからこそ言葉に重みがある。
つまり、「仕事をください」と受託するだけがEMSの仕事ではないということだ。自らリスクを負って新製品を開発し、市場から製造技術の評価を得たうえで「EMSの受注増にもつなげる」と、EMSベンダーとしてのしたたかさも垣間見せる。(寶)
プロフィール
沈 軾栄
沈 軾栄(Simon Shen)
1966年、台湾の古都・台南で生まれる。88年、国立政治大学卒業。98年、南カリフォルニア大学MBA取得。2001年、米ウィッター・ロー・スクール卒業。同年、カリフォルニア州弁護士資格取得。04年、金宝グループ調達実施本部副社長、08年、新金宝グループ総経理就任。13年、台湾XYZprinting会長、XYZプリンティングジャパン代表取締役を兼任。
会社紹介
新金宝グループは、年商約3兆円の金宝グループ傘下のEMSベンダー。パソコン周辺機器やレーザープリンタ、ストレージ、セットトップボックス、LED照明、ロボット掃除機などの製造を手がける。兄弟会社にノートパソコンや携帯電話の製造を手がける仁宝グループがある。