ERP市場では、ほんの数年前まで、コモディティ化を指摘する声がそこかしこで聞こえていた。しかしこの1~2年ほどで、状況は大きく変わった。基幹系システムのクラウド化が国内市場でも現実的な選択肢として扱われるようになり、グローバル大手ERPベンダーも、クラウドネイティブな新世代の製品を相次いで日本市場に投入している。昨年11月に新造宗三郎氏が社長に就任し、経営体制を一新したインフォアジャパン。新たなフェーズを迎えたERP市場で何を強みとして成長を目指すのか。
日本市場での認知度向上が依然として課題
──クラウドの波がようやく基幹系システムにも本格的に到来し、ERP市場が活性化している印象です。 当社が強い製造業のお客様をみても、グローバルにビジネスの拠点を整備しており、ERPでも、導入のスピードアップやガバナンスをしっかり効かすという観点から、クラウドのニーズが高まっているのは間違いないでしょう。ただし、残念ながら日本市場では、インフォアの認知度はまだまだ低い。クラウドでビジネスアプリケーションを運用することを考えるなら、まずはインフォアに話を聞いてみようというところまでもっていくのが、私のミッションだと思っています。
──インフォアのクラウドアプリケーション群「Infor CloudSuite」は、Amazon Web Services(AWS)上で提供されています。自社でもクラウドのインフラやプラットフォームを整備しているSAPやオラクル、マイクロソフトといった他の有力ERPベンダーとは明確に異なる戦略ですね。 われわれがコミットメントしているのは、ビジネスアプリケーション分野に特化していくということなんです。アプリケーション領域は、サプライチェーンがあったり、アナリティクス系があったりとポートフォリオを広げていますが、プラットフォームの部分は、自社でやるのではなく、その分野で最先端を行くベンダーと組む。だからAWSと組んだわけです。非常にいい補完関係が成立していて、お互いのビジネスを拡大できるという手応えがあります。
──AWSとの協業は、確かにインフォアの開発投資を効率化できるメリットはありそうですが、もはや、それ自体がクラウドビジネスで差異化要素になるというわけではないように思えます。インフォアのクラウドソリューションそのものの競争力についてはどう考えますか。 クラウドで基幹系システムを提供する市場を本当につくっていくためには、当社が進めているマイクロバーティカル戦略を推し進めていかないと、実質的には不可能だと思っています。そして、それこそが当社の揺るぎない強みなんです。
マイクロバーティカルとクラウドの高い親和性
──インフォアのマイクロバーティカル戦略とは、他ベンダーに比べてより細分化された業種・業界向けのソリューションを用意するということですよね。それがどんな強みにつながるのか、もう少し詳しく聞かせてください。 そもそもパッケージソリューションを使う目的とは何なのかを考えてみてください。私は長年パッケージソリューションのビジネスに携わってきましたが、一番大きな課題は、いかにカスタマイズしないで使っていただけるかなんです。お客様の重要なビジネスプロセスを実現するためには、さまざまな要件をクリアしなければならず、カスタマイズのツールを出すのももちろん一つの回答であり、当社製品もその余地は残しています。しかし、スピーディな導入やコストの最適化というパッケージソリューションのメリットを考えれば、マイクロバーティカル戦略のもと、カスタマイズを最小化して使える当社の製品・ソリューションには大きなアドバンテージがあると考えていますし、M&Aも同様の特性をもつラインアップの拡張を意識して進めてきました。実際にカスタマイズなしで使っているお客様も出てきています。

──製造業中心のインフォアのユーザーでそうした例が出てくるというのは驚きですね。 われわれが切り出した業種・業界は、2000以上になっているんですよ。自動車産業でも、自動車メーカーや部品のサプライヤなどさまざまな企業がありますが、サプライヤにもティア1、ティア2とレイヤがあって、それぞれの業態に求められるERPの機能は違ってきます。当社はそれぞれに特化したアプリケーションを提供しています。突き詰めると当社の目的は、パッケージソリューションによってお客様のビジネスプロセスをそのまま実現できる世界をつくることです。マイクロバーティカル戦略こそが、カスタマイズなしで細かな業務要件に応える「究極のERP」の解なんです。
──カスタマイズが少なくなるため、クラウドとの親和性が高いということでしょうか。 そのとおりです。お客様のビジネス環境は急速に変化していますから、それにどうやってすばやく対応できるかが最重要課題になっています。そのためには、用意されている環境を上手く、スピーディに使っていくことが重要です。クラウドとマイクロバーティカルソリューションには、そうしたニーズに応えられるという共通の特徴があるといえます。
3年でクラウドの売上比率を50%に
──日本では約1年前から本格的にInfor CloudSuiteの提案を始めているとうかがいました。市場の反応はいかがですか。とくに日本のユーザーのクラウド導入事例は、大企業の中小海外拠点や中堅企業の割と小規模な導入がほとんどだという印象です。 私も最初はそう思っていたんですが、最近は、グローバルに展開する大きなシステムをクラウドで運用することを考えたいという引き合いが急増しています。これはこの1年で起きた、かなり劇的な市場の変化だと思います。
──どういう背景があるのでしょうか。 お客様のニーズとして、TCOを削減したいというのはもちろんあると思いますが、何よりもITコストをCAPEX(設備投資)からOPEX(運用費)に切り替えたいという動きが出てきているのが非常に大きいです。とくにビジネスをグローバルに展開している企業などは、ITの運用要員を自社で確保するのも大変ですし、いままで自社でなんとか運用してきたとしても、結局は標準化などが十分にできておらず、ソリューション自体もサイロ化された状態で展開されていたりして、管理・運用がものすごく大きな負荷になっています。さらに、セキュリティを自社でどこまで実現できるかとか、日本のような国土環境だと、BCPをどうやって備えるのかという問題もあります。
お客様としては、数十%のITコスト削減を見据えつつも、機能性を落とさずに、安全に、柔軟性をもって展開していけるシステムがほしいわけです。これが、クラウドにお客様が大きく舵を切り始めている要因でしょう。
──前任の尾羽沢社長は就任から2年ほどで退任されましたが、「3年で売り上げを倍増させる」などの意欲的な目標を掲げておられました。新造社長はどんな目標を設定しておられますか。 マイクロバーティカルなソリューションの機能を拡張していくことは大事ですが、これを実際にうまく使ってもらうことがより大切になってきます。当社のソリューションをどうお客様が事業に役立てていくかという計画や実行をしっかり支援できる、ビジネスサイドで有用な人材整備や投資をパートナー企業とも協力しながらやっています。
直近の社内の統計では、SaaSのソリューションの受注額は323%増加していて、売り上げ自体も56%増という好調ぶりです。既存のお客様のクラウドへの移行プログラムも充実させていますので、クラウドの売上比率が50%に達するのも、それほど遠くないと思っています。日本市場でも、3年くらいあれば、そのくらいの数値を達成するポテンシャルはあると確信しています。

マイクロバーティカル戦略こそが、カスタマイズなしで細かな業務要件に応える
「究極のERP」の解なんです。
<“KEY PERSON”の愛用品>機動力にすぐれたタフな相棒 「機動的に動ける」と愛用しているTUMIのバックパックはすでに5年選手となったが、当面は現役でいけそうだ。以前使っていたものは1年半でボロボロに。海外出張時に成田空港内のTUMIショップで買い換えて以来の相棒だ。

眼光紙背 ~取材を終えて~
新造社長には、ERPの受注案件で忘れられない成功体験がある。ユーザー企業の専務がリーダーになってステアリング・コミッティを設置し、新造社長が当時所属していた外資系ベンダー側のコンサルも参加したうえで、業務部門の現場から数限りなく上がってくるカスタマイズの要求に対して、その追加開発がなぜ必要なのか、それがないと仕事ができないのかを一つひとつ議論したのだという。「経営トップ層が介在して意思決定することで、導入プロジェクトはオンタイムでうまくいった。それに、外資系ベンダーのコンサルは、通常、コストが高いだけという文句を言われがちだが(笑)、もっとお金を払ってもいいとまで言われたのがいまでも印象に残っている」。
言葉の端々に、インフォアの製品力に対する強い自信を感じさせたが、それをユーザーに使いこなしてもらってこそ意味がある。「企業規模を問わず、日本のプロジェクトのリードの仕方はまだまだグローバルでみて大きく遅れている」という問題意識のもと、国内ERP市場そのものの変革を目指す。(霞)
プロフィール
新造 宗三郎
新造 宗三郎(しんぞう そうさぶろう)
1952年生まれ、山口県出身。大学卒業後、富士通に入社。ハードウェアからSIまでを含むソリューション販売に従事。92年、システムソフトウェアアソシエイツジャパン(SSA、現在はインフォアの一部)に移り、日本の大手製造業を中心に海外生産拠点のERP導入を推進。95年、同社代表取締役。その後、CRM、SCMなどの米国ソフトベンダーの日本法人代表を歴任。2009年にフォーティファイジャパン代表取締役に就任し、HPの同社買収後はHPエンタープライズセキュリティ部門の日本統括責任者を務めた。13年3月にインフォアジャパンに移籍。ストラテジックアカウント担当ディレクターを経て、15年11月より現職。
会社紹介
米インフォアの日本法人。1995年10月設立。米インフォアは、ERPをはじめとするビジネスソフトウェアのグローバル大手メーカー。製造・流通分野を中心に、業種、業界、業態を細分化して、それぞれに適したソリューションをラインアップするマイクロバーティカル戦略でプレゼンスを高めてきた。近年、ERPをコアとしたクラウド版のアプリケーション群「Infor CloudSuite」をAmazon Web Services(AWS)上で提供し始めるなど、AWSとの連携による自社商材のクラウド化を積極的に進めている。