「秦野焼き」の挑戦と成功
──それでは、「楽しみ」だとされる部分はどのあたりでしょうか。 それは、もう、「現場」は楽しいんです。やりがいや達成感を得られるのが現場であって、現場から離れれば離れるほど、実感からも遠ざかってしまう。業種・業態は関係なく、私もサーバー開発の現場にいたときは、毎日とても楽しかった。
話が脱線してしまいますが、メインフレームやサーバーで使う半導体の開発で、素材の一つにセラミックを使う実証実験を秦野(神奈川県秦野市)の事業所で行っていました。半導体はシリコン板の上にプリント基盤を乗せるのですが、熱の膨張率が異なることから、熱をもつと基盤が破断しやすくなってしまう。
そこで、プリント基盤にセラミックを使うことで熱膨張率の差を少なくする画期的な手法に挑戦しました。これはのちに日立グループのメインフレーム事業を牽引した大成功プロジェクトになったのですが、残念ながら時代の変化とともにニーズがなくなってしまいました。そのセラミック部分は事業所の名前から「秦野焼き」と呼ばれて注目を集めて、実際に300メートルもの製造設備までつくったのです。
──ものづくりにおいて現場の工夫と挑戦が大きな成功につながるのですね。 今のユーザー企業においても、現場部門はまさにIoTやビッグデータ、AIといった素材をつかって、秦野焼きみたいな挑戦をしているわけです。上手くいくかどうかはわからないが、成功すれば驚異的な競争優位性を手にでき、ビジネスを次のステージへと導くことができる。そりゃ、失敗することもあるでしょうけれど、それを恐れていてはデジタルトランスフォーメーションなんてできないですよね。SIerとして、ユーザーの挑戦をどこまで支援し、成功につなげていくかが、これからのビジネスの大きな柱の一つになるのは間違いありません。
──SIerとしての立ち位置でも、現場主義を貫かなければならないということですね。 そうなのですが、現場での新しい取り組みやイノベーションって、理路整然とした行程表があるわけではなく、現場の人たちの勘と経験と度胸でやっている側面が多いのです。先の秦野焼きのときも、試行錯誤の連続で、それこそ“現場力”が大いに試されました。したがって、「現場を理解する」と一言でいっても、実はとてもハードルが高い。「うちは現場をよく理解してます」なんて、そうやすやすと言えるものではありません。
日立グループ全体でみると、失敗や試行錯誤を重ねる現場の難しさをさまざまなかたちで経験していますし、同じような苦労をしているユーザーの現場の課題を聞き込んで、製品やサービスをつくることを、本来は得意としている会社なのです。この得意領域をデジタルトランスフォーメーションの流れのなかでも存分に発揮していきたい。 ページ数:1/1 キャプション:
基幹が足かせでは本末転倒
──事業部門が中心となった価値創出型のシステムと、伝統的な基幹系システムとでは、ビジネスの手法も変わってきそうですね。 基幹系システムは一度導入したら短くて4~5年、普通は10年は使います。その間、手直しはしますが、予期せぬ不具合のことを考えると、できるだけ手を入れたくない。ところが、ビジネス環境はどんどん変化するわけですから、変化適応のタイミングを「次の基幹システムの刷新のときにやりましょう」では遅すぎて、競争に負けてしまいます。競争力を高めるために導入した基幹システムが、逆に足かせになってしまうようでは、まさに本末転倒です。
でも、実際、現場のシステムは、変化適応で新しいものを次々に入れないと競争に勝てませんし、現場のシステムと呼応して基幹システムも手直ししたり、少なくともビッグデータ解析やAI活用に必要なデータくらいはERPから出してもらわなきゃならない。ERPの刷新のサイクルと、現場のサイクルは大きく異なり、そのギャップをユーザーと一緒になって埋めていく、あるいは現場主導型で売り上げや利益を伸ばす取り組みを、ユーザーと力を合わせて推進していくことが、ますますSIerのビジネス手法のなかで重要になってきます。
──SIerのビジネス的な観点でみても、基幹系システムの5年、10年のサイクルですと、どうしても売り上げが凸凹してしまう傾向があったかと思いますが、現場の価値創出型のシステムならサイクルがもっと短く、小刻みになっていきそうですね。 そうなんです。現場部門のビジネスを変革するには、さまざまな新しい技術を世界中から集めてきて、独自性の強い仕組みを構築するしかないわけですね。試行錯誤の繰り返しなので、開発手法もアジャイル的にならざるを得ない。成功すれば大きな価値を生みだし、われわれSIerの報酬も大きくなるはずです。対して基幹システムを手組みでつくるケースはどんどん減っていますし、ERPパッケージは一定水準以上のSIerが手がけるのではあれば、正直、どこも同じようなサービスを提供できる時代です。
だからこそ、私はITを活用したビジネス革新に可能性を見出しているのです。ユーザーのビジネスの現場を徹底的に調べ上げ、理解することで、売り上げや利益をつくりだす仕組みやサービスを提供する。こうした価値創出型のIT活用のビジネスは、今後、無限大に広がる。当社のビジネスに関して“楽しみ”にしている点というのは、まさにこうした領域なのですね。

価値創出型のIT活用のビジネスは、今後、無限大に広がる。
当社のビジネスに関して「楽しみ」にしている点というのは、
まさにこうした領域なのですね。
<“KEY PERSON”の愛用品>「風神雷神」の絵柄の扇子 北野社長の扇子コレクションのなかでもとりわけお気に入りなのが「風神雷神」の絵柄の一品である。暑苦しいのが苦手なことから扇子を持ち始めたが、気がついたら「さまざまな絵柄の扇子を集めることが趣味になっていた」とのこと。

眼光紙背 ~取材を終えて~
「ITそのもので世界をリードすることは難しくても、ITの“活用”で世界をリードすることはできる」と、北野社長は話す。ITの活用とは、すなわちユーザーのビジネスを変革し、売り上げや利益を大きく伸ばすことだ。
北野社長自身、日立製作所で長年にわたってサーバー製品の事業部門を担ってきた。製品開発は試行錯誤の連続で、開発に失敗して辛酸をなめたこともあったが、一方でロングセラーとなったブレード型サーバー「BladeSymphony(ブレードシンフォニー)」の開発につなげるなどの大きな成果も手にしている。
ユーザー企業も同じで、本業を伸ばすためにヒト、モノ、カネを投入するのは自然な流れ。多くのIT製品がコモディティ化し、「IT投資」ではなく「備品の購入」と同じ感覚になりつつあるなかでも、本業の変革への取り組みは「本当の意味での“IT投資”がなされる領域だと」とみている。(寶)
プロフィール
北野 昌宏
北野 昌宏(きたの まさひろ)
1955年、茨城県生まれ。80年、早稲田大学大学院理工学研究科修了。同年、日立製作所入社。98年、サーバ開発本部開発部長。2009年、執行役常務情報・通信グループプラットフォーム部門CEO。12年、日立メディコ代表執行役執行役社長。14年、日立製作所執行役専務ヘルスケアグループ長兼ヘルスケア社社長。15年、執行役専務情報・通信システムグループ情報・通信システム社プラットフォーム部門CEO。日立システムズ取締役(兼任)。16年4月1日、日立システムズ代表取締役取締役社長に就任。
会社紹介
日立システムズの2016年3月期の連結売上高は4559億円。従業員数は1万8000人余り。アジア、欧米におよそ20の海外法人を展開。19年3月期は連結売上高5000億円、海外売上高比率10%以上を中期的な目標に掲げる。