誰もが自分のAIをもつ世の中に
──今、第3次AIブームなどともいわれていますが、先生からみると、今のAIブームはどのようにみえますか。
今までと同じように、盛り上がっては下火になって盛り上がっては失速するということをまたやっているという感じですね。
──今度こそ本物ではないかともいわれていますが。
どうですかね。今一番話題のディープラーニングについてもできること、できないことがだんだんわかってきて、その先にできることというものも増えてはきています。ただ、AIが人間の知能を超越するといったようなシンギュラリティがすぐにでも来るということにはならないと思います。
──では、現在のAIブームも第4次に向かってまた失速していくと思われますか。
そう思います。ただ、だからといってゼロに戻ってしまうのではありません。技術の蓄積は少しずつ進んでいますので、画像認識や音声認識、自動運転の技術にしろ、いろいろな努力の積み重ねで、確実に進歩はしてきています。
──長谷川先生にとってのゴールというのはどのようなものでしょうか。
今後、いろいろなところで「誰でもどこでもAI」というふうになっていくのではないかと思います。例えば、デバイスもそれ自身で学習して、その場で適応して動くとか、何か不具合があると、通信して自分で対応したりということを、どんどんやるようになるんじゃないかなと思うんですね。IoTもありますが、センサデータなどを全部そのまま流したらあっという間にトラフィックがパンクしてしまいます。その場で果たすべき自分の役割を自分たちで覚えていき、これらが連携して主人の好みに合ったように動いてくれるみたいなものは、そう遠くない未来に実現するのではないでしょうか。
──なるほど。そこにSOINNが使われるようになればということですね。
SOINNは、それを実現する有力な要素技術の一つであると思います。非常に計算が軽く、いろいろな情報を柔軟に扱える機械学習手法というものは、まだほかにありません。
──例えば、SOINNを販売したいといったITベンダーとのパートナービジネスはあるのでしょうか。
すでにお声がけはいただいていまして、今そうした売っていただける「SOINN for~」といったようなものをつくりつつあります。うちはまだまだ所帯としては小さいですから、有力なところとパートナーシップを組んで売ってもらったほうがいいと思っています。それは日本には限らないと思いますし、データさえ送ってもらえれば使えるようなビジネスモデルも考えています。
ITですので物理的にものをつくって輸送して納める必要がありませんし、特殊なハードウェアも要りませんので。「Pokemon GO」が大流行したのも、世界中の人が同じようなものを日頃使っているからというよい例ですよね。ですから、iOSやAndroidで動く“あなた専用のAI”みたいなものを早く出したい思っています。
──それは楽しみですね。「日本のAIが遅れている」といわれたりすることがありますが、先生の話を聞くと全然そんなことはないという印象です。
われわれは日本のAIが遅れているとは思っていません。少しずつ地道に納入実績も上がってきており、お話しをしている企業の数ではすでに200社以上あります。ダムの水位予測やビルのエネルギーマネジメント、セブン銀行とは全国2万2000台のATMにSOINNを入れ、紙幣の増減予測の実験を行いました。今後も、「実はSOINNで動いてる」というものを増やしていきたいと思っています。
iOSやAndroidで動く
“あなた専用のAI”みたいなものを
早く出したい。 <“KEY PERSON”の愛用品>「これが一番、自分の身体に合っている」 中学生の頃からのドラマーでもある長谷川先生。パール製ドラムスティック「103NH」モデルを愛用し、現在もジャズやブルースなどを演奏する。昔はロックも叩いていたが、「もう体力的にもたない(笑)」らしい。

眼光紙背 ~取材を終えて~
日本のAIは世界に対して大きく遅れをとっていると、したり顔で話す人がいる。長谷川先生は、力を込めることなく、失笑するわけでもなく、さらりと否定した。SOINNに絶対的な自信がある。そう感じた。
取材の前に長谷川先生を待っていると、研究室を見学に来る学生の列が、途切れることなく続いた。おかげで取材の開始が遅れることになったが、それは大歓迎だ。明日の世界を支える技術である。若い世代には大いに学んでいただきたい。
取材後に見学させてもらった研究室は、宴の後のような状態だった。研究室の学生は、卒業論文を書き終えたばかりで不在。徹夜の作業が続いていたらしい。
SOINNを提供する会社を設立するも、「若い世代とワイワイやるのが楽しい」ため、大学はやめないという。とはいえ、SOINNは世界展開を視野に入れている。グローバル企業のサポートを期待したい。(弐)
プロフィール
長谷川 修
(はせがわ おさむ)
1993年、東京大学大学院電子工学専攻博士課程修了後、通商産業省工業技術院電子技術総合研究所研究員。99年、米カーネギーメロン大学ロボティクス研究所客員研究員。2000年、経済産業省産業技術総合研究所主任研究員。02年から東京工業大学准教授。14年にSOINNを設立し、代表取締役に就任する。
会社紹介
長谷川修准教授が設立した東工業大学発ベンチャー。独自の学習型(勝手に覚えて賢くなる)汎用(ほとんど何でもできる)AI「SOINN」の研究開発と、それを活用したビジネスを手がける。