F5ネットワークスジャパンのトップに就いておよそ半年。権田裕一社長は、マルチクラウド時代をリードするITインフラベンダーになることを目標に掲げる。ロードバランサやWAFなどのヒット商材を多くもつF5ネットワークスグループ。2017年9月期のグループ連結売上高は過去最高を更新。好調な既存ビジネス領域のことを権田社長は「満足ゾーン」と表現する。企業経営は「満足ゾーン」に満足してしまうと、将来の成長機会を失ってしまう。「この5年、10年の時間を“どう使うか”で、将来の伸びしろが大きく変わってくる」と、未来の成長領域に狙いを定めて猛進していく。
米本社の幹部は大きな危機感をもつ
──F5ネットワークスジャパンの経営トップに就いて半年近くになります。実際に経営を担ってみて、どのような手応えを感じているのかお話いただけますか。
実は、この仕事を引き受けると決まったときは、正直に申し上げて、「F5ネットワークスってアプリケーションデリバリコントローラ(ADC=ロードバランサ)に強い会社だな」くらいの印象でした。実際、ロードバランサでは国内シェア36%くらいあり、他にもWAF(ウェブアプリケーションファイアウォール)にも強い。これらの製品はユーザーの基幹業務システムに欠かせないアイテムになっています。
昨年10月に社長に就いて、米本社の幹部らと話をしましたが、彼らはとてつもない“危機感”をもっているんですよ。F5ネットワークスの世界での17年9月期の連結売上高は過去最高を達成していて業績もいい。にもかかわらず“このままでは伸びしろが限られる”というのです。
──どういうことかもう少し言葉を補っていただけますか。
つまり、これまでは客先設置(オンプレミス)型のシステム向けに、F5ネットワークスのロードバランサやファイアウォールなどの製品を買い取ってもらうスタイルが中心でした。これはこれですばらしいことなのですが、じゃあ、この市場で、「100%のシェアを獲れますか?」――。答えは「いいえ」です。がんばっても50%でしょう。それだってすごいことですが。
このゾーン(領域)は、F5ネットワークスの成長を支えてきたものですし、むしろ強みとするゾーン。私は、このゾーンを「満足ゾーン」と呼んでいます。このゾーンで向こう5年、10年は成長を維持できるかもしれませんが、その先は難しい。米本社幹部も一致した見方です。この5年、10年の時間を“どう使うか”で、将来の伸びしろが大きく変わってくるのです。
──どうすれば将来の伸びしろにつながるとお考えですか。
まずは、危機感の背景にあるのがITシステムを取り巻く環境が、一段と大きく変わっていくということです。オンプレミスがマルチクラウドに変わり、売り切り型から継続課金モデルへ移行、ハードウェア制御からソフトウェア制御へ、そして開発と運用を一体化させるDevOps(デブオプス)の浸透。基幹業務システム偏重からSoEと呼ばれる価値創出型、デジタルビジネス対応型のアプリケーションやサービスも存在感を増してきました。既存ゾーンのビジネスが今後継続するのは当然だとしても、こうした市場の変化に対応していかなければ、将来の伸びしろにつながりません。
新しい市場の創出に情熱を燃やす
──権田社長ご自身のことについてもうかがいたいのですが、これまでのキャリアのなかで、どのような伸びしろを追求してきたご経験がありますか。
この業界、長い人はご存じの方も多いと思いますが、企業向けインターネット接続プロバイダで、インターネットの普及期に米国で急成長したユーユーネットという会社があるのですが、私は1999年当時、その日本法人に勤めていました。国内ではNTTグループのOCNやインターネットイニシアティブ(IIJ)など、企業向けネット接続サービスが成長していました。外資のユーユーネットは、ゼロからシェアをとっていかなければなりません。今から思えば、私のキャリアの原点は、自分たちが成長できる市場をつくることからスタートしました。
──権田社長は、新しい市場をつくり出すことに燃えるタイプなのでしょうか。
そういわれると、そうですね。燃えますね。先ほど高収益を生み出す既存ビジネス領域を「満足ゾーン」と表現しました。企業経営って不思議なもので、この満足ゾーンは崩れ始めるともろいですし、崩れ始めてから手を打っても間に合わないことが多い。
昨今の米国や中国のシェアリングエコノミーの動きをみても、一夜にして世界最大のタクシー会社が登場したり、旅行会社が誕生したりと、既存のビジネスをひっくり返すような出来事がたくさんあります。iPhoneをはじめとするスマートフォンだって、登場した当時は、携帯電話をつくっていた世界の電機メーカーの多くが過小評価したため、足もとをすくわれましたよね。デジタルによるビジネスの変革は、これからも起こり続けるわけで、満足ゾーンに満足していては、それこそ茹でガエルですよ。
──F5ネットワークスが権田さんをトップに迎えたのも、市場をつくることにこだわってきたキャリアを評価したのかもしれませんね。
そうならうれしいですね。将来に何が起こるかなんて誰もわかりません。ただ、満足ゾーンにとどまっていては成長はない。これだけははっきりといえます。
[次のページ]将来の伸びしろとなる領域を重視