顧客が一番聞きたいのは失敗談
――成長戦略として、サービス部分の拡大を掲げられていますが、これまでもネットワーク構築やサポートなどで少なからずサービスの売り上げはあったと思います。新たなサービスとしては何が考えられるのでしょうか。
見積もりから受注するまでの間に概要設計を行ったり、納入する製品が要件に合わない部分を手直ししたりと、かなりいろいろな仕事をしていますが、うちのエンジニアは良くも悪くも真面目なので、それらを黙ってやってしまう。これが当社のいいところだったのかもしれませんが、コンサルティング会社などが入ったら本来はかなりの費用が発生する作業ですので、ここをきちんとサービスメニューとして定義して、お客様に価値と認識していただけるように取り組んでいきます。逆に言えば、現状ではそこまでの価値を認めていただけていないのが事実ですので、われわれにとっては大きなチャレンジです。ただ、従来当社のお付き合いはお客様のネットワーク担当の方が中心でしたが、最近はIT部門全体を統括されている方にも話を聞いていただける機会が増えてきましたので、チャンスはあると考えています。
――ビジネスアプリケーションを持たない会社として、広がった顧客層に対して何を売り込んでいかれますか。
直接の商売の話から入るのではなく、働き方改革などで当社が取り組んできた体験をお届けすることで、お客様のインフラ整備に役立てていただくといったパターンが増えています。「うちは働き方改革でこんな失敗をしました」「このアプリをクラウドに変えたら、丸1日使えなかったんですよ!」とか、営業が当社の実体験をお伝えすると、「どうしてそんなことが起きるんですか?」と話がつながる。お客様にとっては、まさにこういう部分が聞きたいところということで、喜んでいただけています。
――ソリューション別にみると、製造業を中心とした産業向けIoTも計画以上に伸びています。
いわゆるOTの世界をITとつなぐネットワーク構築が中心ですが、エッジ側のサーバー構築なども一部行っています。例えば工場では、Aという機械が毎秒何百回のデータを出すに対し、Bという機械は1時間に1回しか出さない。しかし、それらのタイミングのズレに対し、ログは時系列に並べないと分析できないわけです。また、正常と分かっているログは保存しておいても仕方ないので、フィルタリング機能も必要です。すると、エッジ側にもそれなりのコンピューティングパワーが必要となります。センサーが遠隔地に散らばっていて数が多いケースなら、データを一度クラウドに集めたほうがやりやすいですが、工場の固定設備ならそこで処理してしまったほうが効率はいい。IoTも含め、これからのITインフラは多様性の世界で、一つが正解ということはないので、それらをミックスした環境で何を生み出すかが価値になると思います。
――先ほど、イーサネットで全てのリソースがつながるというお話がありましたが、その分ネットワークを制御するノウハウはより高度なものが求められるので、インフラのベンダーへの期待も高まるというわけですね。
今後はデータの経路をどうコントロールするのかが最大のポイントになると思います。アプリケーションの種類や、使う人によって求められるセキュリティーレベルは違ってきますから。どこまでをクローズにして、どこまでをオープンにするか、データをどこに持つか、どう分散させるかが重要になってきます。そこにはノウハウが必要なので、われわれみたいな者が貢献できるのかなと。ただ、やっている仕事は昔と変わらず、隣のモノをどうやってつなぎ、いかに効率的に使うかです。そこはこの先もほとんど変わらないと考えています。
Favorite Goods
同社では月に1度の「CS(顧客満足)向上Day」に、全員がピンク色のものを身に着けることになっている。最初、ピンクの靴下をはいて出社した荒井社長だが、社員からは不評。ピンクの扇子を持ち歩くことにした。男性が使っても意外に違和感のない色彩だ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
つなげば動くフラットな世界に魅入られた
素粒子を加速させてぶつける巨大実験装置「加速器」。そのオペレーターが、荒井社長のキャリアのスタートだった。実験には大勢の研究者が参加し、大量のデータを解析する必要があることから、さまざまな学術分野の中でも最も早くネットワークが導入されていた。そこでイーサネットやインターネットプロトコルと出会い、衝撃を受ける。
「誰かに統制されたヒエラルキーの下で手続きをしないと動かないのではなく、コンセントに挿すようにつなぐだけで、その先にある情報を共有できる。そのフラットな環境に魅入られた」。WIDEプロジェクト立ち上げ時にはアカデミアの世界にも誘われたが、それよりも実際のネットワーク構築をやりたいと、当時ほぼ唯一のネットワーク専業ベンダーだったネットワンシステムズに入社した。
“実験好き”の性格もあってか、2013年には全社員のPCをVDI化し、15年にはBYODに移行するなど、近年は社内の仕組みの刷新を強力に推進した。現場からは反発を招くこともあったが、今や同社は働き方改革の先駆者として名高い。「最近は無茶なことを言っても社員が怒らなくなった。『荒井さんが変なことをやっている。まただよ』と言われるくらいで」(笑)。
プロフィール
荒井 透
(あらい とおる)
1958年生まれ。菱電エレベータ施設、高エネルギー物理学研究所(KEK)データ処理センターを経て、88年に三菱商事へ入社し、アンガマン・バスの日本法人へ出向。90年、ネットワンシステムズへ入社。2006年に取締役、08年に米国法人社長兼CEO(現任)、11年に取締役執行役員、14年に取締役常務執行役員就任。18年6月より現職。共著者に名を連ねる「マスタリングTCP/IP」(94年初版)は、現在も読み継がれるネットワーク入門書のベストセラーになっている。
会社紹介
1988年、三菱商事とアンガマン・バスの合弁で設立。ネットワーク構築に強みをもつ独立系インテグレーターで、ITインフラ専業のベンダーとしては国内最大手。シスコシステムズ製品の販売などで有数の規模を誇る。2018年3月期の売上高は1611億円、営業利益は82億円。連結社員数は2295人(18年3月)。