セイコーエプソンは、主力のインクジェットプリンタの中核部品プリントヘッドの外販を本格化させるなど、インクジェットを起点としたビジネス拡大を加速させている。垂直統合型の傾向が強かったインクジェット事業の大きな方針転換となる。インクジェットの巨大市場を抱える中国では、プリンタを制御するボードメーカーやインクメーカー、完成品メーカーの分業化が進んでおり、こうした市場ニーズに応える方向へ舵を切った。今年4月1日、コロナ・ショックの混乱の最中、12年ぶりの社長交代となったセイコーエプソン。ヘッド外販をはじめとする新事業を先導する小川恭範社長に話を聞いた。
ヘッドの外販を本格スタート
――この4月、実に12年ぶりに社長交代となりましたが、まずは今のセイコーエプソンを簡単に総括してもらえますか。
前任社長の碓井さん(碓井稔・現会長)がトップに就いた2008年、週刊BCNのインタビューにどう答えているかバックナンバーを見ると、「法人市場もインクジェットで攻める」と大きな見出しが目に飛び込んできました。インクジェットプリンタについて、「碓井さんは12年間ずっと同じことを言ってきたんだな。ぶれない人だ」と、改めて思いましたよ。
当時は、インクジェットプリンタと言えば家庭用がメインで、法人向けの高速印刷用途ではまだマイナーな存在でした。今は当社独自のプリントヘッドの技術によって高速化を実現し、個人・法人問わず、当社のプリンタ事業はインクジェット方式が主軸となりました。とりわけ法人向けの新規顧客の獲得は、他社のレーザープリンタの置き換えとほぼイコールになり、当社の国内外の市場におけるシェア拡大の原動力になっています。
――小川さんの社長ご就任が発表されたのは1月末。実質2カ月の「助走期間」がありましたが、その間にもプリントヘッドの外販事業をはじめ、意欲的な施策を打ち出しています。
社長就任を早めに発表したほうが、経営の引き継ぎや私自身の準備もスムーズにいくだろうという配慮をいただきました。おかげさまで余裕をもって……と言いたいところですが、実際は助走期間とコロナ・ショックが丸かぶりとなってしまい、対処に奔走しているのが実情です。そうした中でも3月末、当社としては従来の方針を大きく転換するプリントヘッドの外販事業を本格的に拡大することを発表しました。
当社のインクジェットプリンタ事業は垂直統合型で、中核となるプリントヘッド部分から制御基板、インクに至るまで全て自分たちでつくったほうがよりよいものができると考えていました。特に最先端のプリントヘッド「PrecisionCore(プレシジョンコア)」は、当社の技術の粋を集めたもので、インクジェットの高精細な画質と高速印刷の性能を決定づけます。このプリントヘッドの外販事業を新しい収益の柱にしていくことにしました。
在宅用途のプリンタ販売が増加
――「門外不出」だったプリントヘッドを外販することにした背景はなんですか。
まず挙げられるのは、18年度に長野県塩尻市にあるプリントヘッドの新工場が稼働を始めたことです。これによってPrecisionCoreのチップ生産能力を約3倍に増やし、余力ができました。ヘッド外販は、国内の一部顧客向けに限定的に行っていたのですが、供給余力が出てきたことで中国や欧米市場での外販も可能になったのです。
また、プリントヘッドの需要が大きい中国ではプリンタを制御するボードメーカーやインクメーカー、完成品メーカーの分業化が進んでおり、こうした市場の変化に対応する必要性も高まっています。一部では、当社製プリンタからPrecisionCoreの部品だけを抜き取って、他のプリンタに組み込むケースも見られるほど需要が大きい。
プリントヘッドの外販市場の規模は直近で年間70万個と推定しています。当社の完成品インクジェットプリンタの販売台数が1600万台程度ですので、現時点では大きい市場とは言えません。商業プリンタの高級機はヘッドを複数個搭載しますので、外販ヘッドを使ったプリンタ台数で見ればもっと少ないでしょう。しかし、見方を変えれば、成長余地が大きいブルーオーシャン市場でもあります。ぜひここを攻めていきたい。
――プリントヘッド外販でどのくらいの売り上げ目標をイメージしておられますか。
25年度には世界市場におけるシェア70%、売り上げベースで900億円規模を見込んでいます。内訳はプリンタ分野で600億円、新規の応用分野で300億円をイメージしています。応用分野は、例えば段ボールや商品パッケージなどの印刷用途、プリントヘッドから細胞を吹き付けて人体組織をつくる再生医療の分野、金属を噴射することでさまざまな素材に電子回路を形成する分野などを想定しています。応用分野はそれぞれの専門技術を持つ企業と協業することが不可欠。プリントヘッドの外販によって協業がより行いやすくなります。
――コロナ・ショックの対処に追われているとのことですが、ビジネスにどのような影響が出ていますか。
本格的な影響が出始めたのは、2月上旬、中国の生産拠点が一時停止してからです。フィリピンやインドネシア、マレーシアなどASEANの生産拠点で補おうと試みたのですが、まもなくASEANにも新型コロナウイルスの感染が広がり始めて稼働率が落ちてしまった。中国での感染拡大が収まってきたことで、少なくとも中国での生産活動は平常に戻りつつありますが、販売面ではオフィスや商業・産業用のプリンタ需要の落ち込みが続くことが懸念材料です。一方、在宅勤務や在宅学習が進んでいる欧米中豪を中心に、自宅用途でのインクジェットの販売が増えるプラス要素もありました。
昨年度第4四半期(20年1-3月期)だけで見ると、生産面での制約や在宅ニーズ以外の市場の冷え込みが、140億円ほど売り上げを押し下げました。今期については依然として流動的な要素が多く、業績の見通しは公表できていません。
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