サポート延長で
抜本的な変革のための時間を提供
――鈴木さんは15年にSAPに入社されていますが、エンタープライズ向けビジネスアプリケーション市場でのキャリアは長いですよね。SAPという会社をどうご覧になっていましたか。
ERPという非常に強い製品を持っていますから、過去は一本足打法で、いい製品をつくれば売れるという発想だったとは聞いています。でも、ERPカンパニーのままだったら私はSAPに入社していなかったです。当時既にHCMのサクセスファクターズや調達・購買のアリバなど、M&Aを通じてポートフォリオを広げていて、変革を遂げようとしていました。
――入社されてからの実態もやはりその印象どおりでしたか。
ERP一本足からは完全に変化しています。SAP自身が変化し続けてビジネスを成長させるという発想を非常に重視しています。そして、それがそのままお客様にとってのリファレンスになる。SAPジャパンも常にチャレンジしていて、足元の業績はもちろん大事なんですが、それ以上に自分たちがどう新しいことに挑戦していくかというマインドセットや、それを実行している社員を高く評価する文化になっています。
――2月の社長交代会見では定着支援も含めてカスタマーサクセスを重視していくというお話が印象的でしたが、これは従来課題が大きかった部分ということでしょうか。
まさにそのとおりで、営業組織はしっかりやってきていましたが、実際に製品を導入するところはほとんどパートナーに担ってもらっていて、お客様との付き合いは保守で製品に問題があったときに対応するだけという形になっていました。しかしクラウドの時代になって、IT導入のその先、活用してビジネスを変革していくことにより焦点が当たるようになってきました。SAPが全てやるということではなくて、最新の機能をしっかり活用してもらうガイダンスの役割も担っていくことで、パートナーの役割を補強して、お客様も含めて三位一体で取り組んでいくことが重要だと思っています。
――DXに向けた攻めのIT投資の需要がSAPの成長を支えているというお話もありましたが、コロナはそこにどう影響してくるでしょうか。
むしろこれから加速すると思っています。多くの経営者がこの新型コロナ禍で、デジタルの可能性を改めて体感したのではないでしょうか。
――直近では、先ほど話にも出たクアルトリクスのツールで顧客満足度や従業員満足度などの「Xデータ(エクスペリエンス・データ)」を抽出して、それを基幹系システムのデータと掛け合わせて分析して業務改善につなげていくという戦略も打ち出しています。経費精算のコンカーなども好調ですし、SAPのビジネスにおける非ERPのボリュームはより拡大すると見ておられますか。
グローバルでの非ERPの売り上げは既に数年前に半分を超えています。日本もそれに近い形にはなっていて、非ERPがERPを上回る勢いで成長を続けていくとは思いますが、クアルトリクスはこれからだと思っています。SAPジャパンとしては第1四半期でアジア史上最大のプロジェクトを受注しましたので、手応えはあります。
――旧ERP製品のサポート期限が25年から27年まで延長されました。
お客様からの要望が大きかったからというのはあるのですが、皆さん、何も手を付けずにただ先延ばしにしたいということではないんです。これを機に抜本的に自社のビジネスを見直し、DXに取り組む一環としてERPの在り方を考えていて、その時間を確保しようということです。
――S/4HANAへの移行については人的リソースのひっ迫が大きな課題として残っています。
この2年で5000人、新たな認定コンサルタントが生まれていますし、ここは再注力領域として引き続きやっていきます。昨年1年で新たなパートナーも60社増えました。今までお付き合いがなかったSIerにSAPに移ってきてもらうための働きかけも強めていきます。
――最後に、社長としての目標を。
SAPジャパンは過去5年で約1.5倍に成長しています。新型コロナの影響があっても成長基調を維持し、数年内に2桁成長を達成したいですね。
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Goods
ビジネスモデルを55の型に集約して解説した書籍「ビジネスモデル・ナビゲーター」(翔泳社刊)の“カード版”。顧客のビジネスイノベーションをファシリテートする際に有効なツールで、鈴木社長も顧客の経営層とのディスカッションなどでよく活用するという。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「三方よし」で
日本になくてはならない会社に
近江商人の経営哲学として知られる、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」を経営者としての座右の銘に据える。顧客のデジタルトランスフォーメーション(DX)を支援して自社のビジネスを成長させた先に、課題大国である日本の課題解決に貢献する。そうした視点をもってこそ、日本の社会にとって真になくてはならない存在になると考えている。
経営トップの意思は、就任前から既にSAPジャパン社内で共有されつつあったようだ。新型コロナウイルスがもたらした混乱に対して、ビジネスアプリケーション領域の世界的なトップベンダーとして何ができるかという観点で問題意識を持った社員が自発的に動いた。すったもんだが続いている特別定額給付金について、申請受付や審査・処理のステータスを住民が自ら確認できるWebサービスを「SAP Cloud Platform」上で社員自ら開発。加古川市で採用され、他の自治体にも無償で提供を始めた。「世の中のためになるものを提供していくという思いが最終的にビジネスをも強くしていく」
三方よしの実現には、何をおいても社員が生き生きと活躍できる環境を用意することが大事。まずはそれこそが社長としての優先事項だという。
プロフィール
鈴木洋史
(すずき ひろふみ)
1990年、創価大学経済学部卒。i2テクノロジーズ・ジャパンセールスディレクター、JDAソフトウェア・ジャパン代表取締役社長、JDAソフトウェア アジアパシフィック地域副社長、日本IBM スマーター・コマース事業担当理事などを経て、2015年、SAPジャパンにバイスプレジデント コンシューマー産業統括本部長として入社。18年1月に常務執行役員インダストリー事業統括に就任し全業種の大企業顧客を統括。今年4月から現職。
会社紹介
ERP市場のトッププレイヤーである独SAPの日本法人。1992年設立。社員数は1569人(20年1月現在)。近年では、インメモリーデータベース「SAP HANA」のビジネス拡大やSaaSベンダーの買収などにより、総合ITベンダーとして存在感を高めている。