米Scaled Agileが体系化しているアジャイル開発の枠組み「Scaled Agile Framework(SAFe)」を、NTTデータや富士通、TISといった国内大手SIer、ITベンダーが相次いで取り入れ、自社のビジネスに生かしている。ユーザー企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)のニーズとアジャイル開発の相性がよく、SAFeのビジネスパートナーとなることでDX需要を取り込める可能性が高まるからだ。SAFeには世界2万社の成功・失敗体験を反映しており、ビジネス変革への遅れが生じているユーザー企業であっても、「効率よく遅れを取り戻し、先進的な水準に追いつける」と、日本法人の古場達朗カントリーマネージャーは胸を張る。
組織全体をアジャイル化する
――NTTデータや富士通、TISなどSIer、ITベンダー6社がアジャイル開発の枠組みであるSAFeを採用し、国内でのビジネスが本格的に立ち上がっています。
国内ではSAFeの普及促進に向けてようやく軌道に乗り始めたところです。これからビジネスパートナーの皆さんと力を合わせて、企業向けアジャイル開発フレームワークの「デファクトスタンダード」と言われるよう広く根づかせていきたい。
SAFeの開発元の米国Scaled Agileが設立されたのは2011年ですが、私は日本法人の立ち上げのタイミングの19年にカントリーマネージャー(実質的な日本法人社長)の仕事を引き受けました。当時、SAFeコミュニティー活動の第1回目の会合を開いたときに集まってくださった有志の皆さんは26人。そこから回を重ねるごとに参加メンバーが増えて、直近では550人を超えています。
――ベンダーやユーザー企業から見て、SAFeのどのあたりが評価されているのでしょうか。
SAFeの特徴でもあるのですが、ソフトウェアの開発方法や技法だけではなく、企業組織の在り方や変革を推進するキーマンの存在に深く踏み込んでいる点が評価されています。アジャイル開発は、先進的なITを駆使して企業のDXを行う上で非常に有効な開発手法ですが、ビジネスそのものの変革を決断するのは経営者しかできない。SAFeは経営を判断する立場にある経営者と、新しいビジネスを興して実際にそのビジネスを担当するキーマンの研修を重視したつくりになっています。
新しいビジネスを立ち上げる、あるいは既存ビジネスを転換するような動きをする場合、まずはめぼしい事業をいくつか選び、小さく始めます。その後、市場動向や競合他社の動きを見ながら次の成長の柱を見定め、一気に投資を加速させる。これを短期間で繰り返せるよう、ITの仕組みも柔軟に素早く変えていく。DXを成功させ、利益を手にするには、経営者とビジネス変革の担当キーマンが一体となって動き、かつITがそれにぴったり追随しなければなりません。SAFeは経営者からビジネス担当キーマン、実際にソフト開発に当たるリーダーがどう動くべきなのかを体系化したものです。
「管理」ではなく「率先垂範」
――改めてうかがいますが、なぜDXとアジャイル開発は相性がよいのでしょう。DX支援を標榜してシステム開発を手がけるSIerやITベンダーは、アジャイル開発のスキルを習得することが必須とまで言われています。
18年9月に経済産業省の「DXレポート」が発表され、国内でDXの気運が一気に高まりました。DXの話を聞いてきた経営者が、ある日突然「ビジネスを変革しろ」と部下に言ったところで、言われた側の部下は困ってしまいますよね。新しいビジネスを始めたり、古いビジネスを転換したりするには、「こうしたらうまくいくんじゃないか」などと仮説を立てて、実際にやってみて、壁にぶつかったら改善し、またやってみるというふうに繰り返すのが一番の近道です。つまり、繰り返しの回数が多ければ多いほど成功する確率が高まります。
アジャイル開発は、この繰り返しと非常に相性がいい。やってみて、うまくいかなかったら修正し、また試して、具合が悪いところを手直しし、また挑戦する。ビジネス変革を担うキーマンやソフト開発のメンバーなどが一体となる。アジャイル開発の用語で言えばスクラムを組んで開発を進めていくことで、ビジネスの変化に合わせて柔軟に素早くITの仕組みを変えていけるようになります。新しいビジネスの失敗と改善のサイクルを高速に回せるようになり、成功する確率が高められるわけです。
――従来のソフト開発では、プロジェクトマネージャー(PM)が納期から逆算して作業の割り当てや進捗の管理を行います。アジャイル開発で言うところのスクラム方式では、そうしたPM的なリーダーの在り方も変わってくるのでしょうか。
スクラム方式におけるリーダー像は、ガントチャートを引いて、納期に間に合うように作業内容をプログラマーに指示する人材像ではなく、手助けや世話役を意味する「ファシリテート」役を担います。従来のPMのような「管理」主体でなく、チームのみんなが高いモチベーションを保って開発に専念できるよう率先垂範するイメージです。「さぁ、みんながんばって」ではなく、自ら範を示し、チームが一丸となって取り組めるよう手助けするのがアジャイル開発における理想的なリーダー像です。
また、これと同じことがビジネス変革の担当キーマン、企業トップの経営層にも当てはまるというのがSAFeの考え方です。SAFeの学習カリキュラムでは、まずビジネス変革の担当キーマン向けにリーダーの在り方をみっちり学んでいただき、その後、経営層を交えてビジネス変革とアジャイル開発の考え方を身につけてもらいます。ほかにもチームリーダーやチームメンバーなどに向けた学習コースを数多く揃えていますが、ビジネス変革を担うキーマンと経営者向けの研修が、最初の第一歩にして最も重要な部分だと言えます。
国内でのSAFe“伝道師”になる
――古場さんとアジャイル開発との出会いについても教えてください。
私は19年までの20年間、米ソフト開発ベンダーのCAテクノロジーズ(18年にブロードコムが買収)で日本国内向けビジネスを担当してきました。その後、CAテクノロジーズが買収した企業向けアジャイル開発の関連製品を開発するラリーソフトウェアの事業を担当することになり、SAFeと出会いました。16年のことです。当時は、Scaled Agileの日本法人はまだありませんでしたので、シンガポールまで出向いてSAFeの研修を受けたのをよく覚えています。
以来、企業のビジネスの変革にSAFeの方法論はとても役立つと感じるようになり、Scaled Agileの日本法人を立ち上げるタイミングでSAFeの“伝道師”になることを決めました。おかげさまで国内のSAFeのコミュニティーには、多くのエンジニアやビジネスマンが集まるようになり、「上司や経営層にアジャイル開発とは何かを分かってもらうには、どういうプレゼンが有用なのか」などと、技術分野だけでない、幅広いテーマについて意見交換が進んでいます。
――NTTデータのキャッシュレス決済基盤サービス「CAFIS」の一部でSAFeを活用したとの事例を発表されましたね。
国内で公表可能な最初のSAFe活用事例として、SAFeのビジネスパートナーでもあるNTTデータが公開に踏み切ってくれたことは、当社にとって大きな追い風になります。スマートフォン決済をはじめ新しい決済サービスが次々と登場する中、CAFISがこれらの新サービスに素早く対応するのにSAFeは極めて有効だと認めていただきました。ほかにも進行中の国内事例が数多くありますので、今後、順次公開できればと思っています。
――日本法人としての収益モデルやビジネス目標について教えてください。
収益モデルは、教材の販売や認定制度が主なものとなり、ビジネスの対象となるのは企業ITベンダーやSIer、ビジネス変革を推進するユーザー企業です。ようやくNTTデータをはじめ有力なビジネスパートナーが加わってくれた段階で、ビジネス的にはまだこれからというところ。今後は、ビジネスパートナーと一層密接に連携して、向こう3年で国内のSAFe認定資格者を1万人以上、SAFe採用企業数を50社以上、日本法人の売り上げ規模を今の5倍に増やしていく計画です。
Favorite
Goods
ウェブ会議用のカメラとマイク。SAFeコミュニティーの有志メンバーから「古場さん、これがいいよ」と、勧められたのがパナソニックのデジカメ「LUMIX」と、業務用マイクメーカーとして有名な「Blue」のマイクとのこと。
眼光紙背 ~取材を終えて~
変革の担い手は
アジャイル的リーダー
「アジャイル開発の現場で大切なのは、メンバー一人一人が能動的に行動を起こすという個人の主体性にある」と、古場達朗氏は話す。リーダーの役割は、その主体性を損なわないように、開発の中心となるメンバーの士気を高め、率先垂範しながらチームが走る方向をガイドすること。ガントチャートを引いて納期と進捗を管理するような、従来のシステム開発におけるプロジェクトマネージャー像とは大きく異なる。
古場氏がアジャイル開発にのめり込んでいった背景には、「ITの発達によって産業構造が様変わりし、かつてのように上から言われたことをただ実行していればうまくいった時代は終わりを告げた」という市場環境の変化がある。ITと表裏一体となって進行する企業のビジネス変革やデジタルトランスフォーメーション(DX)は、迅速で柔軟なソフト開発なしには成り立たない。
リーダーや経営者には、ソフト開発における「個の力」を最大限引き出すことが、アジャイル開発を十分に機能させ、DXの強い推進力を生むことにつながるという視点が必要になる。「その件は部下に指示しておいたから」と言う上司や経営者は失格。「自ら率先垂範して個の力を引き出す姿勢を見せる」のがアジャイル的なリーダー像だと話す。
プロフィール
古場達朗
(こば たつろう)
1970年、広島県生まれ。94年、横浜国立大学経済学部卒業。同年、電通国際情報サービス入社。コンパックコンピュータ、CAテクノロジーズの日本法人などを経て、2019年3月、Scaled Agile-Japanのカントリーマネージャーに就任。16年、カナダのマギル大学経営学修士号 (MBA)を取得。
会社紹介
米Scaled Agileが体系化する「SAFe」の認定者数は世界で70万人、導入企業数は2万社を超える。日本法人のビジネスパートナーはNTTデータ、富士通、TIS、TDCソフト、オージス総研、システム情報の6社。パートナーと密接に連携し、SAFeの研修や教材の販売、認定制度によってビジネスを伸ばす。