freeeは、今月で会社設立から10年目を迎えた。クラウド会計ソフトをはじめ、これまでに製品ラインアップを拡充し、顧客層の拡大も進めてきた。同社を創業した佐々木大輔CEOは「ユーザーにとって、本質的に価値があることを提供する『マジ価値』の考え方は、これからも変わらない」と語る。佐々木CEOに、これまでのビジネスの状況や今後の戦略などを聞いた。
コロナ禍で会計の重要性に気づいた
――前回、Key Personにご登場いただいたのが2020年2月でした。それからこれまでのビジネスの状況はいかがでしょうか。
直近は新しいプロダクトに挑戦してきました。具体的には、われわれが目指す統合型経営プラットフォームを実現していく上で、一つの柱になる統合型クラウドERPの強化に取り組みました。例えば、プロジェクト型ビジネス向けに、作業工数の入力が素早く簡単に行え、プロジェクトの収支管理ができるサービス「プロジェクト管理freee」を昨年リリースしました。これまでのバックオフィスの管理に加え、もう少しフロント寄りのところを含めて統合できるような世界を少しずつ作りつつあります。あとは、フリーランスなどの外注・業務委託を活用している企業向けに、発注作業や請求書の回収を効率化し、やりとりを一元化できるサービス「freeeスマート受発注」も昨年から提供し、ユーザー同士の取引の効率化と活性化につなげることもできています。
――昨年からのコロナ禍は、ユーザーの意識やビジネスにどのような影響を与えたとお考えですか。
コロナ禍で、あらためて会計の重要性に多くの方が気付いたと感じています。例えば、給付金を申請するために、前年同月との比較を出す必要が生じました。これまで「前年同月の数字は見たことがない」という方もいらっしゃいましたが、実際に見ると、意味のある数字だと理解されるようになりました。リモートワークでクラウドが進むという文脈もありますが、それとは別に、日本全国のスモールビジネスにかかわる方が、前年同月比の重要性を考え始める状況になったと感じています。ただ、コロナ禍がなかった場合、果たして日本の企業が変わらなかったかと言われると、それは分かりません。クラウドの重要性は年々上がっていたという感覚はありましたので。この1年で最初の頃はクラウドの利用が増えたという実感はありましたが、コロナ禍がなくても(会計の重要性に多くの人が気付く)この状況になったのではないかという思いもあります。
――21年6月期第3四半期の決算では、SaaSベンダーにとって重要な指標となるARR(年間経常収益、ストック型ビジネスで見込める年間の売上高)は前年同期比49.9%増の105億3300万円、売上高は同比48.2%増の26億9000万円となっていました。これらは右肩上がりの状況になっていますが、ビジネスが伸びている要因についてはどのように分析されていますか。
端的に言えば、統合型というコンセプトが市場に受け入れられていると思っています。個人事業主や小規模企業などにとっては、簡単で分かりやすいことが評価され、中堅企業や成長中の企業にとっては、コラボレーションがしやすいことに加え、リアルタイムに経理や高度な分析を行うことができる点が評価されています。各モジュールを提供しているベンダーと比べると、投資コストは高い状況ですが、効果や意味合いがユーザーに理解されやすいという部分はわれわれの強みだと考えています。
販売パートナーの意識に変化
――これまでに少しお話いただきましたが、6月に新しいビジョンとして統合型経営プラットフォームを発表されました。新しいビジョンを掲げた理由や狙いについて、あらためて教えてください。
われわれは、スモールビジネスにかかわる人たちが、強くてスマートに働いているという環境の実現を目指しています。それに向けて自分たちがやっていることを言語にすると、どうなるのかということをずっと考えてきましたので、それを具体化したのが統合型経営プラットフォームだと思っています。われわれが提供する会計ソフトは、請求書や支払管理など広い領域をカバーしています。守備範囲をもっと広げていこうとしたとき、統合型経営プラットフォームというビジョンがふさわしいと考えています。
――統合型経営プラットフォームの実現に向けて、今後の製品開発についてはどのような戦略を考えていますか。
まずはしっかりとそれぞれのプロダクトのユーザビリティを高めていくことですね。統合型経営プラットフォームでやっていきたいことは、「自動化」と「可視化」「スマートで適切なアクションを起こすことができる」の3点です。これらを実現し、われわれが提供するプラットフォームを使うことで、今までにできなかったことができるようになるということが重要だと思っていますので、それに向けて開発を進めていくつもりです。M&Aを通じてモジュールを増やしていきたいという考えもありますが、これはどちらかというとオープンプラットフォームの領域で実現できればいいと思っています。
――企業のクラウド化が進みつつある中、販売の面ではどのような変化がありますか。
会計事務所に加え、SaaSベンダーやIT商社、事務機関連の販売会社ともお付き合いするようになっています。ひと昔前は、クラウドによって従来のビジネスモデルが変わってしまったり、短期的に利ざやが下がるように見えたりすることで、クラウドに対する抵抗感がありましたが、少しずつ意識が変化していると感じています。世の中がクラウドに動いていくことが予想される中、代理店の皆さんには、クラウドを活用して、どのように価値を付加できるかという方向に考えてもらえるようになっています。
――パートナー戦略についてはどのような方針でしょうか。
パートナー戦略はどんどん強化していくつもりで、社内のチームもどんどん大きくなっています。昔は「freeeは販売パートナーになっても同行してくれない」ということをよく言われましたが、最近は積極的にサポートできる体制をつくることができています。また、7900の会計事務所が登録している「freee認定アドバイザー」の数も増えています。認定アドバイザーについては、顧問先としてかかわる企業と双方で同じプロダクトを使い、そこでやりとりをするという枠組みになっており、ある意味でコミュニケーションプラットフォームという見方ができます。ただ、これは今までの「レシートを全部送ってくれればウチ(=会計事務所側)で帳簿をつけるよ」というやり方とは全然違う話になります。やり方を変えれば、魅力的で効率的というのはお分かりいただけるのですが、実際に転換することに自信を持ってもらうことが課題になっているので、理解を促進して自信を持ってもらうために、以前より教育プログラムを強化しています。
――今月で会社設立10年目を迎えました。これまでのビジネスの振り返りと、今後の展望をお聞かせください。
これまでの10年を振り返っても、まだまだこれからかなという感じですね。日本全体でクラウド化が高まっているとか、中小企業のテクノロジー活用度が高まっているとか、オンラインバンキングの利用率が高まっていると言われています。確かに高まってはいますが、まだ世界の中ですごく誇れるような状況にはなっていませんし、むしろ差が縮まっているという感覚は作れていません。スモールビジネスにかかわる方が、強く、スマートに働いているよねという逆転現象を起こすには、まだ道のりは遠いなと思いますね。この部分は次の10年で目指していかないといけません。
Favorite Goods
リモートワークで利用するため、さまざまな製品を試す中で行きついた「AfterShokz(アフターショックス)」のワイヤレス骨伝導ヘッドセット。「周りの音を聞きながらWeb会議の音声を聞けることに加え、マイクの音もクリア」な点がお気に入り。つけっぱなしで業務に当たることもあるという。
眼光紙背 ~取材を終えて~
本質的な「解」を追い求める
「ダイスケさん」。取材当日、freeeの社内で誰かを呼ぶ声が聞こえた。応じたのは、同社の佐々木大輔CEOだ。同社では、それぞれの社員にニックネームがあり、お互いにそれで呼び合っているという。
佐々木CEOが同社を設立したのは2012年7月。創業の場所は自宅の居間だった。翌13年に「クラウド会計ソフトfreee」(21年6月にfreee会計に名称変更)をリリースし、以来、毎年製品ラインアップを拡充してきた。
21年6月期第3四半期の決算説明資料によると、SaaSベンダーにとって重要な指標となるARR(年間経常収益、ストック型ビジネスで見込める年間の売上高)と売上高は右肩上がりを続けており、有料課金ユーザー企業数は前年同期比34.2%増の28万1822件に。今春には、東証マザーズ上場企業による公募増資で過去最大の352億円を調達した。
ビジネスは順調に拡大しているが、創業直後はクレジットカードがなかなか取得できず、5年前には住宅ローンの審査に通らなかった。「スモールビジネス=与信がない」という状況を経験したからこそ「スモールビジネスを展開している会社が、自信を持ち、負い目を感じないようにしたい」と語る。
市場では、競合ベンダーもクラウド化に注力しているが、「新しい体験を浸透させていくかということにフォーカスしている」ことを理由に、「他のベンダーは意識していない」と話す。
今後も成長を目指す中で、「課題に対して、その時点で解決に必要な解を考えるだけではなく、5年、10年かかってもいいから、本質的な解は何かを考える姿勢をすごく大事にしている」。ニックネームで呼び合う仲間とともに、これからもユーザーの価値につながる本質的な「解」を追い求める考えだ。
プロフィール
佐々木大輔
(ささき だいすけ)
東京都生まれ。2004年3月一橋大学商学部卒。在学中はデータサイエンスを専攻し、インターネットリサーチ会社でリサーチ集計システムや新しいマーケティングリサーチ手法を開発。一橋大学派遣留学生としてストックホルム経済大学(スウェーデン)に在籍。大学卒業後は博報堂やグーグルなどで勤務し、12年7月にfreeeを設立した。
会社紹介
「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げ、クラウド会計ソフト「freee会計」や人事労務ソフト「freee人事労務」などを中心に、統合型経営プラットフォームの実現を目指している。19年12月に東証マザーズ市場に上場。20年6月時点の従業員数(正社員数)は481人。資本金は161億603万円(資本準備金等含む)。