米セールスフォース・ドットコムの日本法人は、2月1日付で社名を変更し、セールスフォース・ジャパンとして再出発した。これまでにCRMやSFAなどを軸にサービスを拡大し、今では「エンタープライズソフトウェア会社として見られるようになっている」と引き続き経営のかじ取りをする小出伸一会長兼社長は自負する。新型コロナ禍によってデジタルトランスフォーメーション(DX)は「待ったなし」の状態にある中、パートナーや顧客にどのようにアプローチしていくのか。今後の戦略を聞いた。
(取材・文/齋藤秀平 写真/大星直輝)
業務全体をサポートできる会社に進化
――まずは直近のビジネスの状況を教えてください。
この1、2年で、お客様の間ではDXに向けた流れが非常に加速していると感じています。DXや第4次産業革命と、言い方はいろいろありますが、こういうものは、時間をかけて徐々に変化したり、進化したりするのが一般的です。しかし、今の動きは、徐々にという段階を超えて、いきなり本番を迎えたと言えるでしょう。多くのお客様は、今までと違う環境の中で、試行錯誤している場合ではなく、生産性の向上に向けた取り組みを実行に移さないといけなくなっています。
DXについて、待ったなしでやらざるを得ないお客様が増えていますが、当然、未経験の領域でもあります。世界のベストプラクティスはどうなのか、あるいは先進事例をいち早く導入するためにはどういうノウハウが必要なのかという部分で、われわれが全世界で蓄積した経験をお客様に役立ててもらうことは増えてきました。その結果、ビジネスの領域は広がり、スピードも上がることにつながっています。ただ、非常に厳しいお客様がいるのも事実なので、あまねく追い風かというと、そういうわけではありません。
――顧客の間の変化について、もう少し詳しく教えていただけますか。
大きいのは、お客様の考え方が変わったことがあります。今までのあうんの呼吸や、何となくではなく、リモートで生産性を向上させ、成果を上げるためには、データに基づいた経営をきちんとしていく必要があると多くのお客様が考えるようになっています。今までと同じやり方ではなく、われわれが提唱してきたデータドリブン経営に取り組まないといけないということをお客様が自ら体感し、データの収集や集約、活用について、本気で取り組む動きが出ています。
――先ほどビジネス領域が広がったとお話しされました。ここ数年は巨額の買収が注目されていますが、その辺りは影響していますか。
われわれの進化論の観点で言うと、プロダクトポートフォリオはこの数年で広がっています。直近のスラック・テクノロジーズの買収もそうですし、その前にはミュールソフトやタブローソフトウェアの買収もありました。提供するソリューションの幅と深さが広がったことで、単にCRMなどを提供するのではなく、お客様の業務全体をきちんと支援できる製品群とサポート体制が整いつつあります。お客様は、DXをサポートするエンタープライズソフトウェア会社として、われわれを見てくれるようになっています。
――スラックの買収に関連し、今後、製品間でどのような連携を想定されているのでしょうか。
新型コロナ禍のリモート環境下では、社内はもちろん、社外の人も含めてコミュニケーションをとり、生産性を上げていくことが求められるようになるとみています。スラックが提供していたビジネスチャットツール「Slack」を用いて、縦、横、斜めにコラボレーションを促し、われわれが提供する製品に蓄積されたデータを活用したクリエイティブな仕事を後押ししていきます。スラックと一緒になったことで、お客様の新しい働き方を支援する準備が整ったと言えます。
――これまで買収した企業はセールスフォースの一事業部門となっています。社内の意思統一や文化の浸透などの面で課題はありませんか。
たまたま三つの事例を出ましたが、今まで買収は積極的に行ってきたので、どのようにシナジーを生み出すかということについては、多くの経験があります。われわれのDNAは、異なる遺伝子が入ることで化学反応を起こし、新たなイノベーションを起こすところにあります。多様性を認め合い、尊重・尊敬する文化もあるので、新たに加わった会社が融合しやすい土壌は整っています。買収を行うと、土台が違う会社が一緒になるわけですから、知らない間に社内で給与やポジションに格差が出ることがありますが、これについては半年ごとに見直すようにしています。今までの経験や仕組みをうまく活用することで、そうした懸念は払しょくできると考えています。
日本の市場にさらにコミットしていく
――2月1日付で本社移転と社名を変更しましたが、どのような思いが込められていますか。
米国本社が創業したのは99年で、翌年には世界で最初のオフィスが東京に開設されました。以来、重要な戦略拠点として20年以上にわたって活動しています。米国本社のマーク・ベニオフ会長、共同CEO兼創業者も日本を非常に重要な市場として認識しています。私が社長に就任した14年4月からは、通常は本社が持つさまざまな権限を与えてもらい、日本独自の戦略を展開するなど、世界のオフィスの中でもユニークなオペレーションを展開してきました。これまでの集大成として世界で6番目、アジアでは初となる「Salesforce Tower」(東京・千代田区)にオフィスを移転し、新しい社名のセールスフォース・ジャパンとして日本の市場にさらにコミットしていく姿勢を示すことが背景にあります。
――国内のビジネスを伸ばしていく上で、課題についてはどのように認識されていますか。
お客様に近いところで仕事をするとなると、産業別のインダストリークラウドをもっと強化しないといけないことは課題で、ヘルスケアや製造業、政府関係など、業種業態ごとの製品群を揃えていくことが重要だと認識しています。もう一つは、全国にビジネスを拡大していくことがあります。現在は東名阪の大都市がビジネスの中心です。しかし、今回のDXは、業種や業態、規模を問わず、皆さんが実行していかなければなりません。さらに新型コロナ禍の対策に関しては、都市部だけでなく、地方も取り組まなければなりませんから、今までよりもカバーするエリアを広げていく必要があります。
――業種業態ごとの製品群の強化が課題とのことですが、開発についてはどのような方針なのでしょうか。
お客様からの要請に応えていくことを基本にしているので、既に発表している製品についても、これからリリースする製品についても、お客様の声を大切にして、ニーズに一番合致したものを出していくことは変わりません。1年間で3回のバージョンアップがあるので、機能の強化や改善が必要であれば、しっかりと対応していきます。新しい製品を出すかどうかについては、自社で開発するのか、あるいは買収するのかといろいろな選択肢がありますので、マーケットの状況を見ながら常に考えていきます。今の製品群だけで十分との認識は全くありませんので、お客様のニーズがあればすぐに対応していく方針です。
――地方のビジネスを拡大するためには、パートナーの存在も重要になると思いますが、どのような戦略を立てていますか。
パートナーにはいくつか種類があります。例えば、売り込みを一生懸命やるパートナーがいれば、ソリューションを持っているパートナーやSIをするパートナーもいます。われわれとしては、どれかに特化するというよりも、それぞれの領域で一緒にエコシステムを構築した方がいいことが分かれば、そこに対して投資をしていくやり方を想定しています。地方に関しては、まだパートナーとの関係は手薄なので、各業界の知見を持ったパートナーとの関係強化を含めて、いろいろな協業は増えていくと思っています。あと、地方は都市部よりもDX人材が枯渇している状況にあります。パートナーや、お客様のIT部門のDX人材を増やすことで、新しいものを生み出したり、文化を変えたりすることにつながっていくので、人材育成については引き続き優先的に進めていきます。
――最後に今後の目標を教えてください。
日本のDXは、これからチャレンジが続くと思っていますので、最初に相談したいと思ってもらえる会社にしていきたいです。各企業が次の世界に向かっていく際、市場の中で選べるドアは数多くありますが、そこでわれわれの取っ手を選んでもらえたら嬉しいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
小出会長兼社長はインタビュー中、日本法人は他国の法人に比べて幅広い権限があると説明してくれた。本社の承認を必要とせず、顧客に近いところでさまざまな経営判断ができることは、ビジネスのスピードを上げていく上で効果を発揮しているという。
日本法人が“特別”ともいえる扱いなのは、もちろんグローバルの中で日本の市場が重要視されていることがある。それに加え、米国本社のマーク・ベニオフ会長、共同CEO兼創業者と「長年のパートナーであり、友人であり、もちろん上司部下の関係でもある」との間柄であることも大きいだろう。
日本法人のトップを約8年務めるなど、経営者として長年の経験がある。しかし、不安がないわけではなく「7割の自信と3割の不安がいいバランス」と語る。新型コロナ禍でIT市場が大きく動き、顧客の間でDXに向けた取り組みが加速する中、「実践躬行」を座右の銘にさらなるビジネスの拡大を狙う。
プロフィール
小出伸一
(こいで しんいち)
1958年、福島県生まれ。大学卒業後、81年に日本IBMに入社。米国本社戦略部門への出向を経験したほか、社長室長や取締役などを務めた。その後、ソフトバンクテレコム(現ソフトバンク)副社長兼COOや日本ヒューレット・パッカード代表取締役社長を歴任し、2014年4月にセールスフォース・ドットコム(現セールスフォース・ジャパン)の代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者)に就任、16年11月から現職。18年6月から三菱UFJ銀行の社外取締役、19年3月から公益財団法人スペシャルオリンピックス日本の理事に就任した。
会社紹介
【セールスフォース・ジャパン】米セールスフォース・ドットコムの日本法人として2000年に設立。資本金は4億円。22年2月1日付でセールスフォース・ドットコムからセールスフォース・ジャパンに社名を変更した。米国本社は99年設立で、04年にニューヨーク証券取引所に上場した。昨年度(21年1月期)の売上高は212億5000万ドル。米経済誌「Fortune」が選ぶ「100 Best Companies to Work For」(最も働きがいのある企業100)で13年連続上位にランクイン。クラウド型のCRMで急成長し、データ分析やコミュニケーションツール、PaaSなどに進出、業容を一気に拡大している。